遠い町の昔話
冒険者ギルドに戻り、受付で報告をした。
受付の職員は記録を確認すると、俺に向かって微笑んだ。
「ヤマトさんは、これでFランクの依頼を五件達成ですね。規定を満たしていますので、Eランクに昇格できます」
「よろしくお願いします!」
「かしこまりました。では、昇格の手続きを進めますね。」
職員が書類を取り出し、手際よく処理を進めていく。しばらくして、新しい冒険者証が差し出された。そこには、以前とは違いEランクの文字が記されている。
「ありがとうございます!」
「おめでとうございます。ただし、次のランクへの昇格からは試験があります。依頼の達成数だけではなく、冒険者として必要な実力や判断力なども確認されますので、覚えておいてくださいね」
「試験ですか…」
戦闘経験がほとんどない自分にとっては、少し気になる話だった。とはいえ、今すぐ心配しても仕方がない。まずは出来ることを増やしていくしかないだろう。
冒険者証をしまい、ギルドの中を見回す。
依頼を探している冒険者、仲間と話し込んでいる冒険者、受付で報告をしている冒険者。今日もいつも通りの光景が広がっていた。
そこで、ふと思い出す。
ーーエルセア出身の冒険者が、この町にもいるらしい。
昨日、荷運びの依頼先で聞いた話だ。名前までは分からなかったが、ギルドか酒場で見かけたことがあるという。
時間に余裕はある。少し探してみてもいいだろう。
俺は受付へと戻り、職員へ尋ねた。
「すみません、エルセア出身の冒険者がこの町にいるって聞いたんですけど、心当たりありませんか?」
職場は少し考えたあと、ギルドの奥にあるテーブルを指した。
「あちらにいる方が、以前エルセアから来たと話していたと思いますよ」
礼を言って、そちらへ向かう。
テーブルには、軽装の女性がひとりで座っていた。年齢は三十歳前後だろうか。飲み物を手片手に、依頼書らしき紙を眺めている。
「あの、すみません」
「ん?私に何か用?」
「エルセアの出身だと聞いたんですけど、そうですか?」
「ええ、そうだけど」
女性は少し不思議そうに俺を見た。
「何か用事でもあるのかしら?」
「いえ、ちょっと聞きたいことがあって。エルセアには、鹿の姿をした神様の昔話が残ってるって聞いたんです」
その言葉に、女性は目を細めた。
「ああ、森の守り神の話ね」
「知ってるんですか?」
「知ってるも何も、子供の頃はよく聞かされたわ。森には鹿の神様がいて、土地やそこに暮らす生き物を守っている、ってね」
女性は懐かしそうに笑った。
「悪さをした子どもは森で迷うぞ、なんて脅かされたこともあったわ。まあ、子どもを怖がらせるための話だったのかもしれないけど」
「その神様は、鹿の姿なんですか?」
「鹿の姿だった、ってことしか聞いたことがないわね。立派な角を持っていたとか、森の奥に住んでいたとか…細かいところは、話す人によって違っていた気がするわ」
「じゃあ、どうしていなくなったのかは…?」
女性は首を横に振った。
「そこまでは知らないわ。私が聞いた話じゃ、昔は森を守っていたけど、いつの間にか姿を見せなくなったらしいの。それで、今じゃ昔話の中の存在ってわけ」
「なるほど…」
期待したほど詳しい話ではなかった。しかし、町で聞いた話と今の女性の話、どちらも同じ神様を指しているようだが、細かな部分は少しずつ違っている。
「その話って、どこかに記録が残ってたりしませんか?たとえば、古い本に書いてあるとか」
「さあね。私はそういうものを調べたことがないから。詳しく知りたいなら、エルセアで調べてみるのが一番じゃない?」
「そうですよね…」
この先、エルセア方面へ行く機会があれば調べてみよう。今はアルデンで生活の基盤を整えるのが先だ。
「話を聞かせてくれて、ありがとうございました」
「いいのよ。そゆな昔話に興味を持つ人も珍しいけどね」
女性は軽く笑い、再び手元の紙へ目を落とした。
俺はその場を離れ、ギルドの入り口へむかった。
外に出ると、町は夕方の賑わいに包まれ始めていた。通りを行き交う人々の声や、店先から漂う食べ物の匂い。すっかり見慣れたアルデンの風景が広がっている。
鹿の姿をした守り神。
森の生き物たちを守り、やがて姿を消した存在。
まだ断片的な話しか知らない。伝承が生まれた理由も、語り継がらてきた過程も分からない。
それでも、いつか自分の足でエルセアを訪れ、確かめてみたい。
そう心に決め、俺は宿舎へ向かって歩き出した。
守り神の伝承がある?エルセア。
本当にかつて存在した存在なのか?




