異世界の伝承
アルデンでの生活にも少しずつ慣れてきた。
冒険者ギルドで受けられる依頼は、魔物の討伐だけではない。薬草の採取や荷物の運搬、店の手伝いといった、戦闘経験のないヤマトでもこなせる仕事がいくつもあった。
本屋での仕事を始め、これまでに達成した依頼は三件。Eランクへの昇格まで、残り二件だ。
「今日はこれにするか」
ヤマトが選んだのは、町の外れにある農家な収穫を手伝う依頼だった。
畑では、年配の男性が収穫した野菜を木箱に詰めていた。ヤマトもその隣に腰を下ろし、言われた通りに野菜を分けていく。
「若いのに、こんな依頼を受けてくれるなんて珍しいな」
「まあ、まだなりたてなんで」
「そうかい。魔物退治なんかは気をつけなよ。最近は町の外も物騒だからな」
「……そうなんですか?」
森で遭遇した魔物たちのことが、一瞬頭をよぎった。
ギルドには報告したし、高ランクの冒険者たちが調査に向かうことにもなっている。今の自分にできることはない。そう考えて、ヤマトは話題を変えた。
「そういえば、この辺りに昔から伝わっている話ってありませんか?伝説とか、昔話とか」
「昔話?」
男性は手を止め、少し考え込んだ。
「そうだなあ。アルデンの北にある農村で毎年開かれる収穫祭は、ずいぶん昔から続いてるらしいぞ。昔は豊作を願って、土地の神様に収穫物を捧げていたとか」
「土地の神様…!」
ヤマトの目が輝いた。
「その神様って、どんな姿をしてたんですか?何か名前とか残ってないんですか?どうして収穫物を捧げるようになったのとか…!」
「お、おう。ずいぶん食いつくな」
「あっ、すみません!」
ヤマトは慌てて頭を下げた。
男性は苦笑しながら、知っていることを話してくれた。とはいえ、詳しい由来までは知らないらしい。祭りの起源も、祖父母から聞いた話をそのまま覚えているだけだという。
それでも、ヤマトにとっては十分に興味深かった。
自分のいた日本にも、土地ごとに神様や祭りの由来が伝わっている。形は違っても、人々が自然の恵みに感謝し、目に見えない存在に祈るという営みは共通しているのかもしれない。
「ありがとうございます!すごくおもしろい話でした!」
「そ、そうかい。野菜を詰める手も止めないでくれると助かるんだがな」
「あ、はい!」
ヤマトは慌てて作業に戻った。
結局、収穫の手伝いは昼過ぎまで続いた。
依頼を終えて報酬を受け取ると、達成した依頼は四件になった。
残り一件。
もう少しでEランクに上がれる。けれど、今のヤマトにとってはランクよりも、さっき聞いた話のほうが気になっていた。
この国には、まだ知らない伝承がいくつも眠っている。
そう思うだけで、胸が躍った。
◇
翌日。
Fランク最後の一件として選んだのは、町の古い倉庫から商店まで荷物を運ぶ仕事だった。
荷物自体はそれほど重くない。指定された場所へ何度か往復するだけで、依頼は無事に終わった。
荷物を受け取った商店の主人は、報酬を渡しながらヤマトに礼を言った。
「助かったよ。ところで、何か聞きたいことでもあるのかい?」
「はい。この辺りに昔から伝わっている話や、土地の神様にまつわる伝承ってありませんか?」
主人は少し考えたあと、思い出したように口を開いた。
「この辺りの昔話は詳しくないが、西のエルセアってまちには、妙な伝承が残っていてね」
「エルセアですか?どんな話ですか?」
ヤマトの反応は早かった。
主人は少し笑った。
「そんな顔をするほどの話ではないさ。昔、エルセアの近くの森には、とちを守る神様がいたんだと。鹿の姿をした神様で、森に暮らすものたちを守っていたらしい。」
鹿の姿をした神様。
ヤマトは頭の中で、その言葉を繰り返した。
「その神様は、今もいるんですか?」
「さあな。俺が子供の頃に聞いた話じゃ、もういなくなったってことだったが。今じゃ、昔話の中にしか出てこない存在だよ」
「いなくなった理由は?」
「そこまでは知らんね。ずいぶん昔の話らしいから」
主人はそれ以上、詳しいことを知らないようだった。それでもヤマトは、すぐには話を切り上げられなかった。
土地を守る神様。鹿の姿。森に暮らすものをたちを守っていた存在。
日本にも、土地や山、森に結びついた神や伝承は数多くある。もちろん、この国の神々が日本の神々と同じとは限らない。それでも、どんな背景からそんな伝承が生まれたのか、しりたくて仕方がなかった。
「……エルセア、か」
思わず呟く。
今すぐ向かうつもりはない。アルデンでの生活も始まったばかりだし、そもそもエルセアまでの道のりもよくわかっていない。それでも、いつか訪れてみたい場所がひとつ増えた。
「そういば、エルセア出身の冒険者が、この町にもいた気がするな」
主人の何気ない一言に、ヤマトは勢いよく顔を上げた。
「本当ですか!?」
「お、おう。名前までは知らんが、酒場かギルドで見かけたことがあるぞ」
「ありがとうございます!」
礼を言い、店を出る。達成した依頼はこれで五件。冒険者ギルドに戻れば、昇格の手続きを進められるはずだ。
けれど、ヤマトの頭の中は、すでに別のことでいっぱいになっていた。
エルセアに伝わる、鹿の姿をした守護神。
そして、その町の出身だという冒険者。
子どもの頃から、昔話や伝承の奥に隠された意味を考えるのが好きだった。語り継がれるうちに形を変えた話もあれば、ほんのわずかな言葉だけが残った話もある。
この国の伝承にも、きっと何かがある。
「……話、聞いてみたいな」
ヤマトは自然と笑みを浮かべた。
まずはギルドで昇格の手続き。それから、エルセア出身の冒険者を探してみよう。
今はまだ、ただの昔話だ。けれど、その昔話を知ることが出来れば、この国のことをもう少し理解できるかもしれない。
ヤマトはギルドへ向かって歩き出した。
新しく知りたいこともまた、また一つ増えていた。
異世界の伝承が出てきました!
鹿の神様。日本にも鹿の姿をした神様いますね!




