本に囲まれて
管狐の姿は、結局見つからなかった。町のどこかにいるのかもしれないし、森へ戻ったのかもしれない。名前を呼べば現れることがあると分かっていても、いつでも応じてくれるわけではない。あの小さな狐は、俺の相棒と呼ぶには自由すぎる気がする。
今は探し回るより、生活の基盤を整える方が先だ。そう自分に言い聞かせ、俺は紹介された宿舎に荷物を置いた。
翌朝、初めての依頼を受けることにした。ギルドにある掲示板に様々な依頼書が張り出されている。Fランクの依頼は、掲示板の下の方にまとまっていた。その中から自分にできそうな依頼を探す。
薬草の採取、荷物の運搬、家事手伝い、ドブ攫いなど、イメージしていた冒険者らしくない仕事ばかりだ。それでも、今の自分にできる仕事はこういったものしかないのでありがたい。
その中から、一つ気になる依頼を見つけた。依頼内容が「本の整理」とだけ書かれたものだ。依頼主は本屋の店主。報酬は安価だが、もしかしたら本が読めるかもしれない。読めないにしても、この世界の本に触れることができる。
依頼書を受付に提出し、期待に胸を膨らませ本屋を目指した。
町の片隅、通りから少し外れた場所に本屋はあった。店内には本棚がぎっしり並び、古い紙とインクの匂いがする。店主に話を聞くと、足を悪くしてから本棚の片付けが出来なくなり、定期的に本の整理を手伝ってくれるよう依頼を出しているという。
「本の整理なら、任せてください!」
仕事は、分類ごとに本を並べ直し、傷んだ本を分けること。難しい仕事ではない。俺は夢中で棚を整理した。
作業が終わる頃には、窓の外が夕方の色に変わっていた。店主は報酬とは別に、店の本を読んでもいいと言ってくれた。
「本当にいいんですか?」
「仕事を丁寧にやってくれたお礼だよ。読むなら、痛めないようにな」
俺はまず地理や歴史の本を手に取った。この世界には複数の大陸があり、国ごとに文化も政治の仕組みも違うらしい。人間が多く暮らすアストリア大陸。獣人をはじめ多様な種族が暮らすルガル大陸。そして、魔法に長けた種族の国があるネヴァリア大陸。
アストリア大陸には複数の国がある。大きな王国であるグランヴェル王国、魔法研究で知られるアルケイア魔法国家。海運と交易が盛んなマリセール連邦、そして西側に広い自然地帯を抱えるローディス国。ベルン村やアルデンも、ローディス国に属する地域だ。
本には魔法や魔物についても書かれているものもある。魔法は誰もが使えるわけではなく、才能や訓練によって得意不得意がある。魔物にも生息地や習性があり、人間の生活圏に近づくものもいれば、深い森や山にしか現れないものもいる。
神々についての本では、土地や自然と結びついた存在が各地で信仰されていると説明されていた。ただし、神々が人前に姿を現すことはほとんどないという。人々は祠や祭り、昔から伝わる物語を通じて、その存在を語り継いできたらしい。
気づけば、俺は本のページをめくる手を止められなくなっていた。特に気になったのは、土地ごとに伝わる伝承の記録だ。昔話や祭りの由来、森や山にまつわる言い伝え。日本の妖怪伝承と同じように、暮らしの中から生まれ、語り継がれてきたものがある。
けれど、森の異変について直接関係のありそうな記述は見つからなかった。
そもそも、あの森で何が起きているのか、まだ誰も正確には知らないのだろう。
本を閉じ、俺は窓の外を見た。知らない国、知らない文化、知らない神々。調べたいことは山ほどある。森の異変も気になるが、ギルドが上位の冒険者に調査を依頼したのなら、今の俺が無理に首を突っ込む必要はない。
まずは町で仕事をこなし、人と話し、この世界のことを知っていこう。そして、次に管狐に会えたらあのときの力についても確かめたい。
俺は本を棚へ戻し、店主に礼を言って本屋を出た。アルデンでの生活は、まだ始まったばかりだ。
この世界の地理が大体わかりましたね。
いつか、他の大陸に行くことになるのかな?




