第九話 約束だから
「……明日は僕、来ないですからね」
フリーがそう言い放った。
「はあ?」
その言葉で我に返り、思わず聞き返した。
「僕は明日は来ません」
「いやいや、なんで?」
「なんでって……」
フリーは頬を膨らませる。
「突然、僕に仕事を押し付けて急にどこか行ったじゃないですか!」
「あ…」
「僕にだって都合ってあるんですよ!」
「そ、そうなの?」
「しかもやっと帰ってきたと思えば、ずっと上の空でしたし」
「……そうだっけ?」
「そうです!」
フリーは腕を組んだ。
「だから明日は、絶対に来ませんからね!」
「えぇ……」
オレは頭を掻いた。
明日、レンが来るかもしれない。
いや。
来るって言ってた。
だったら、オレもトンネルに行きたい。
でも、今日のフリーを説得するのはどう考えても無理な感じだ。
レンには悪いけど……。
「……分かったよ」
諦めてフリーの言葉に従った。
まぁ、フリーはめっちゃ良いやつだから実は来てくれる、と思う。
ただ…。
そう言いながらも、オレは不安な気持ちでいっぱいだった。
*
翌日。
「……フリー、やっぱりかぁ」
オレは家の前に立っていた。
フリーが来ない。
つまり、仕事を抜けることができない。
「……マジかぁ」
昨日までは何とかなると思っていたのに。
今日は妙に落ち着かない。
レンは来ると言っていた。
約束した。
なのに。
オレはトンネルに行くことが出来ない。
「……会いたいなぁ」
ぽつりと呟く。
オレの心も見上げた空も、だんだん薄暗くなっていった。
*
その頃。
レンはトンネルの前に立っていた。
「……一応、来たけど」
約束したから来た。
ただ、それだけのつもりだった。
「トキさん……」
呼んでみる。
返事はない。
「……いない?」
トンネルの中へ少しだけ入る。
暗い。
静かだ。
そして。
「……」
奥から、こちらを見ている女がいた。
「……え?」
女の霊と目が合う。
女は何も言わない。
ただ、じっとレンを睨んでいる。
「……っ」
背筋が凍った。
レンは慌てて後ずさる。
「……やっぱり、怖い……」
結局トキ兄さんには会えなかった。
約束はしたけど、幽霊の言う事がそもそも信用出来るのか?
幽霊は、オレ達とは違う。
そもそも約束なんて守る保証も無い。
「……トキヨリアキも、他のヤツらと同じなのかな……」
少し後ろ髪が引かれる思い……。
だが、そのままレンはトンネルを出た。
*
翌日。
「お願いします!」
「嫌です」
「そこをなんとか!」
「嫌です」
「一生のお願い!」
「もう死んでるじゃないですか」
「三日間だけ!」
「……」
フリーは黙った。
オレは両手を合わせる。
「三日間だけでいいからさ」
「……何をそんなに焦ってるんですか?」
「レンに会いたいんだよ」
「レンって誰ですか?」
「オレの事が見える人間!」
「……」
フリーは少しだけ目を細めた。
「その人間、会って大丈夫なんですか?」
「どういう事?」
「……いや、僕らが見える人間って危ないじゃないですか」
「なんで?」
「だって、見えるから何するかわかんないですよ」
「……」
少し考える。
レンが、危ない人間か……。
「僕、見た事ありますけど……」
「……」
「そういう人間って、僕たちをいじめるヤツが多いんですよ」
確かに、オレも思い当たる節はある。
見える人間には、オレ達を可哀想な存在だと決めつけるヤツは多い。
同情する様な顔で近づき、無理やりオレ達を消そうとしたヤツもいた。
レンもそんな人間、なのかな……?
「……違う」
あの時話したレンの顔を思い出す。
レンは、笑ってくれていた。
オレの動画を見て、面白いって言ってくれた。
ちゃんと話して、また会うって言ってくれた。
「レンはオレの動画、面白いって言ってくれた」
「……」
フリーは、オレの様子をじっと見ている。
「アイツは他の人間とは違う!アイツは幽霊をいじめる様なヤツじゃない!」
「……どうして?」
「だってあいつ、あいつの目はオレの事……オレの動画をちゃんと見てくれていたんだ!」
フリーは、少し目を丸くした。
「だから、もう一度!オレはレンに会ってみたいんだよ!」
「……そんなに?」
「……うん!」
オレは力強く頷いた。
「また……話したいんだ」
フリーはしばらく黙っていた。
そして、小さくため息をついた。
「……三日間だけですよ」
「本当に!?」
「ただし、ちゃんと戻ってきてくださいね」
「分かった!」
「それと、もうこれっきりですよ」
「ありがとう!神様、仏様!」
「僕は、ただの幽霊です」
「今度いっぱいお供え持ってきます!」
「本当、調子のいい人だ……」
フリーは、呆れた表情を見せた。
これで、レンに会いに行ける。
オレは、拳を強く握り少し震えた。
*
一日目。
トンネルへ行った。
だけど、レンはいなかった。
「……まだ来てないか」
スマホを取り出し、自分の動画を眺める。
「見る人、最近増えないなぁ」
昨日と変わらない再生数が、オレの気持ちを少し切なくした。
二日目。
やっぱりレンはいなかった。
「……忙しいのかな」
でも、人間にだって都合があるんだし。
そのうちきっと来てくれる。
「……はぁ」
スマホで動画を見る。
昨日と同じ再生数。
またちょっぴりオレの気持ちは切なくなった。
三日目。
今日も、……いなかった。
オレは長いことトンネルの入口に立っていた。
レンは来ない。
空がどんよりと雲に覆われて、夜明け近いというのに辺りは闇に包まれている。
「……」
帰ろう。
そう思った。
「……もう、会えないのかな」
胸の奥が、少しだけ重くなる。
……約束。
……でも。
スマホを取り出し、また動画を見ると昨日より再生数が一つ増えていた。
「いや!」
オレは顔を上げた。
「もう一日だけ……」
トンネルを出て、急いで家に向かって走り出した。
帰ってからすぐ、フリーに頭を下げた。
「頼む!」
「ど、どうしたんですかいきなり」
急に声をかけられて、フリーはビクッと体が震えた。
「あと一日だけ!」
フリーは落ち着き、やがて何かを察した様だった。
「……トキさん」
「お願い!」
フリーは困った顔をした。
だが、少しだけ考えた後。
「……一日だけですよ」
ポツリと、そう呟いた。
「本当、ありがとう!」
もう一度、トンネルへ向かう。
空の雲の切れ間から、少し光が差し込んでいた。
そして四日目。
オレはトンネルで待った。
「……今日こそ」
けれど。
「……来ないなぁ」
今日もレンはいなかった。
「……はぁ」
オレは小さく息を吐いた。
オレの時間は止まったまま、スマホの数字は確実に時を刻んでいった。
諦めよう。
「……もう、帰るか」
そう思って、俯きながら出口に体を向けた。
その時。
「……トキさん?」
トンネルの入り口から、声が聞こえた。
*
レンは、大学とバイトで忙しい日々を送っていた。
トンネルに行ったあの日。
トキヨリアキには会えなかった。
それどころか、別の女の霊に睨まれた。
やっぱり幽霊は怖い。
あの人だって、本当に信用していいのだろうか。
そんなことを考えているうちに、次の日からバイトが始まった。
トンネルへ行く時間もなかった。
数日が過ぎた。
そして、久しぶりの休みの日。
レンは何となくスマートフォンを手に取った。
「……」
トキヨリアキの動画。
再生する。
画面の中では、トキヨリアキが楽しそうに喋っていた。
くだらないことを言って。
笑って。
自分で撮った映像に、自分でツッコんでいる。
「……ふっ」
思わず笑ってしまった。
そして。
あの日、トンネルで見たトキヨリアキの顔を思い出す。
楽しそうだった。
嬉しそうだった。
自分が動画を見ていると知っただけで、あんなに喜んでいた。
幽霊は、確かに怖い。
でも、やっぱりトキヨリアキは他の幽霊とは違う気がする。
レンはしばらく画面を見つめた。
「……もう一回だけ」
そう呟いて、スマホをポケットにしまった。
「……会ってみよう」
*
「……トキさん?」
その声に。
オレは振り返った。
「……レン?」
そこに、レンが立っていた。
「レン!」
オレは思わず駆け寄った。
レンは驚いて少し仰け反った。
「ごめん!」
「え?」
「約束したのに、トンネルにすぐ来られなかった!」
オレは、少しだけ泣きそうになっていた。
「……」
レンは驚いた様子だった。
「……あ、いえ」
そして、少し困ったように笑う。
「オレも、あれから忙しくて……なかなか来られなくて」
「……そうなの?」
「はい。すみません」
二人とも、しばらく黙った。
そして。
同時に顔を見合わせた。
「……ふっ」
「……ふふ」
どちらからともなく、笑いがこぼれた。
「なんちゅー顔してんだよ、レン」
「トキヨリアキさんこそ」
笑い声がトンネルに反響して、二人を包んだ。
「……というか!」
オレはレンを指差した。
「オレのことは『トキ兄さん』と呼べって言っただろ!」
「あ」
レンは少し考えてから、
「……忘れてました」
「おい!」
オレは思わず笑った。
レンも笑った。
さっきまであった妙な緊張が、今はもう消えていた。
「……なぁ、レン」
「はい」
「今度は、ゆっくり話そうぜ」
「……はい」
レンは、迷わず頷いた。
その顔を見て。
オレは笑った。
レンも笑った。




