第十話 同じ事だろ
「今度は、ゆっくり話そうぜ」
「……はい」
そう返事をしたレンは、少しだけ俯いた。
トキは、そんなレンを見ながら頭を掻く。
……さて。
ゆっくり話そうとは言ったものの。
「…………」
「…………」
二人の間に、妙な沈黙が流れた。
「……何から話そっか?」
先に口を開いたのはトキだった。
「僕に聞かれても……」
「いや、だってよ。オレが『ゆっくり話そうぜ』って言ったんだから、オレから何か話さないと格好つかねぇだろ」
「……そうですね」
「そこは『そんなことないですよ』とか言ってくれてもいいんだぞ?」
「すみません」
「謝るなよ!」
思わずトキは笑った。
なんだか、少しだけ安心した。
こうやって話していると、他人の様な気がしない。
会いたかった。
ただ、それだけだった。
なのに、いざ会ってみると、何を話せばいいのか分からない。
とりあえず、レンがどんなヤツか聞いてみるか……。
「……そういやさ」
「はい」
「レンって大学生なんだよな?」
「はい」
「勉強とかすんの?」
「そりゃあ……一応」
「何の勉強してんの?」
一瞬だけ、レンが何か考えた様に俯いてまた顔を上げた。
「自然科学です」
「……自然科学?」
「はい」
全く聞いた事ない言葉に、トキは口をへの字に歪ませる。
「なんだそれ?」
「……そこからですか」
レンが少しだけ困ったように笑った。
「自然の中で起きていることを、観察したり、実験したりして調べる学問です」
「へぇ……」
トキは腕を組んだ。
「じゃあ、あれか」
「?」
「幽霊も実験するのか?」
「……そういうことではありません」
「違うの?」
「幽霊が実験できるなら、僕も苦労してません」
「そりゃそうか」
トキは笑う。
レンも、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「でも……」
レンが続ける。
「僕は、そういうものを調べるのが好きなんです」
「そういうもの?」
「自分では見えているのに、他の人には見えていないものとか」
トキは黙ってレンを見る。
「僕には、幽霊が見えます」
「うん」
「でも、見えると言っても、信じてもらえません」
「……まぁ、普通はそうだろうな」
「はい」
レンは苦笑した。
「だから、確かめたいんです」
「何を?」
「本当に存在しているのか」
「……幽霊が?」
「はい」
レンは少し考えてから、静かに言った。
「僕が見ているものが、本当に存在しているのか」
トキは、その言葉を聞いて黙った。
レンは幽霊を信じたいわけじゃない。
自分が見ているものを、ただ信じてほしいわけでもない。
自分の目で見て、自分で証明したい。
そういう人間なんだ。
「……変なやつだな」
「よく……言われます」
「褒めてねぇぞ?」
「知ってます」
「なんだよ、それ」
トキはまた笑った。
そして、ふと思う。
「じゃあさ」
「はい」
「なんで、そこまでして幽霊を調べたいんだ?」
「…………」
レンは少し黙った。
「……僕が見ている世界を」
「うん」
「他の人にも、知ってほしいんです」
トキは目を細めた。
「……そっか」
それ以上は、聞かなかった。
代わりに、今度はレンが口を開く。
「トキ兄さんは?」
「ん?」
「どうして、動画を撮っているんですか?」
「そりゃ決まってんだろ」
トキは胸を張る。
「再生数だ!」
「…………」
「……なんだよ、その顔」
「いえ」
「バズっても欲しいけどな!」
「やっぱり承認欲求の塊なんですね」
「そうじゃねぇ!」
トキは頭を抱えた。
「違ぇよ。いや、たいして違ってもないけどよー!」
「はい」
「オレが動画を撮ってるのはな……」
トキはスマホを見る。
拾ったスマホ。
それを使って撮り始めた動画。
まだ再生数だって、大したことはない。
編集だってできない。
それでも。
「……すげぇって思われる作品を作りたいんだよ」
「作品……」
「そう」
トキは少しだけ笑った。
「オレが見つけたものとか、オレが感じたものとかさ」
スマホを軽く振る。
「そういうのを、誰かに見てもらってよ」
「…………」
「『すげぇ』って言ってもらえたら、嬉しいだろ?」
レンは黙ってトキを見る。
「……はい」
「だろ?」
「僕も……少し分かります」
「お?」
「僕も、自分が見ているものを、知ってほしいので」
「…………」
トキもレンを見る。
「…………」
「…………」
しばらく、二人とも何も言わなかった。
けれど。
なんとなく。
二人の間にあったものが、少しだけ繋がった気がした。
「……なんか、似てんな」
トキが呟く。
「そう……かもしれません」
「オレは自分で作ったもんを見てほしい」
「僕は、自分が見ているものを知ってほしい」
「なんか違うけど……」
「はい」
「でも、なんか同じだな」
「……はい」
レンが頷いた。
トキは腕を組んで考える。
「…………」
「どうしました?」
「……あれ?」
「?」
「それってさ」
トキはレンを見る。
「一緒にYouTubeでやればよくね?」
「……え?」
「オレが動画作って」
トキは指を一本立てる。
「レンが説明して」
もう一本。
「それを動画にして、みんなに見せる」
「…………」
「ほら」
「…………」
「両方いけるじゃん」
レンは黙ったまま考えていた。
「……確かに」
「だろ?」
「でも……」
「ん?」
「今のトキ兄さんの動画だと、少し分かりにくいです」
「…………」
「映像も暗いですし」
「…………」
「説明も少ないです」
「…………」
「あと、タイトルも……」
「お前、結構言うな⁉」
思わず声を上げるトキ。
レンは少し驚いた顔をした。
「すみません」
「いや、謝るなって!」
トキは笑った。
「でも……そうか」
今まで、そんなことを考えたことはなかった。
ただ撮って。
ただ投稿して。
ただ再生数を見ていた。
でも。
「レンなら、どう撮ればいいか分かるのか?」
「……僕も動画編集は詳しくありません」
「なんだよ!」
「でも、観察したものをどう表現すれば分かりやすいか、ということなら……」
「ほう」
トキはニヤリと笑った。
「じゃあ、結構使えるじゃん」
「人を道具みたいに言わないでください」
「褒めてんだよ!」
「……そうは聞こえません」
「細けぇなぁ」
トキは笑いながら、スマホを眺めた。
「じゃあさ」
「はい」
「次から、レンにも手伝ってもらうか」
「……僕が?」
「おう」
「僕で……いいんですか?」
「何言ってんだよ」
トキはレンを見る。
「お前じゃなきゃオレが困るだろ」
「…………」
レンが少し目を見開いた。
そして。
「……わかりました」
小さく頷いた。
「じゃあ……次は、動画の事も含めてちゃんと話しましょう」
「ああ」
トキは笑った。
「今度は、撮影一緒にしてみるか」
「……はい」
幽霊も人間も。
なんか違って、なんか良い。
この瞬間はきっと。
ずっと忘れない。




