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第五話 見たぞ

 

 まずは動画を何度も見返した。


 画面に映っているのは、どこにでもありそうな道路だった。


 古びたガードレール。

 その向こうに見える山。

 道路脇に立つ、少し変わった形の電柱。


 そして、画面の端に一瞬だけ映り込んだ看板。


「……ここだ」


 レンは動画を一時停止した。


 動画の投稿者。

 トキヨリアキ。


 撮影しているのが、本物の幽霊だということはオレには分かる。


 だから、あの動画を見てからずっと気になっていた。


 幽霊なのにスマートフォンで撮影している。

 しかも、他のYouTuberと同じように幽霊について解説している。


 もしかしたら、この人なら。


 自分が知りたい何かを知っているかもしれない。


 そんな期待を抱いて、レンは動画に映っていた場所を一つずつ調べ始めた。


 幸いなことに、動画の中には場所を特定できそうなものがいくつかあった。


 そして調べてみると、その場所は思っていたよりずっと近かった。


「……こんな近くにいたのか」


 少しだけ、心臓が高鳴る。


 もっと遠くの、何か特別な場所で撮影していると思っていた。


 けれど実際には、電車を乗り継ぐほど遠くはない。


 これなら、直接会いに行けるかもしれない。


 そう思った時には、もう家を飛び出して、早歩きになっていた。


 一時間ほど歩くと、最初の場所に着いた。


 動画と見比べる。


 間違いない。


 映っていた景色と同じだった。


 けれど。


「……いない」


 当然と言えば当然だった。


 動画が撮影された時間も分からない。


 そもそもトキヨリアキが、いつも同じ場所にいる保証なんてない。


 それでもレンは、少しだけ周囲を見回した。


「トキヨリアキさーん……」


 返事はない。


 しかたない……


 次の場所へ向かった。


 そこにもトキヨリアキらしき人影はいなかった。


 さらに次。


 そこにも。


 動画に映っていた場所を、いくつか実際に訪れてみた。


 けれど、どこにもそれらしい人影はなかった。


 時間だけが過ぎていく。


 気がつけば、空は少しずつ赤くなっていた。


「……はぁ……もう夕方か」


 スマートフォンで時間を見た。


 今日一日で、かなり歩いた。


 足も重い。


 何より、何も収穫がなかった。


「……何やってるんだろ、オレ」


 自分でも少し笑ってしまう。


 幽霊を探して、知らない場所を歩き回っている。


 他人から見れば、かなり変なことをしているだろう。


 でも。


 レンには、どうしても気になっていた。


 あの動画。


 あの幽霊。


 そして、人間と同じように振る舞うあの感じ。


 もう一度だけ。


 最後に、動画の中で見覚えのある場所へ向かってみることにした。


 そこへ着いた頃には、辺りはかなり暗くなっていた。


 街灯の明かりだけが、道路をぼんやり照らしている。


 レンは周囲を見回した。


「……ここにもいないか」


 諦めて帰ろうとした、その時だった。


「……ん?」


 道路の向こう。


 少し離れた場所に、人影があった。


 ぼんやりとしている。


 普通の人間とは、どこか違う。


 レンは反射的に立ち止まった。


「……幽霊、か?」


 目を凝らす。


 その人影は、こちらには気づいていないようだった。


 レンは、少しだけ安心した。


 幽霊を見ること自体は、珍しいことではない。


 子供の頃から、何度も見てきた。


 けれど。


 その時。


 人影がこちらを向いた。


「……っ」


 レンの背筋が冷たくなった。


 目が合った。


 その顔には、生きている人間にはない何かがあった。


 怒っている。


 いや。


 苦しんでいる。


 レンには、そんなふうに見えた。


「……まずい」


 直感だった。


 レンは踵を返した。


 そして、とにかく走った。


 後ろを振り返らない。


 足音は聞こえない。


 追ってきている気配もない。


 それでも走った。


 少し離れたところまで来て、ようやく足を止める。


「……はぁ……はぁ……」


 息を整えながら、レンは後ろを見る。


 誰もいない。


「……追って、こなかった?」


 助かった。


 そう思った。


 けれど。


 その時、ふと昔のことを思い出した。


 レンは、昔から幽霊を見ることができた。


 子供の頃は、それが特別なことだとは思っていなかった。


 見えるものは見える。


 ただ、それだけだった。


 ある日。


 家の廊下に、知らない男が立っていた。


 ずっとこちらを見ていた。


 顔色は悪く、目だけが妙にぎらついていた。


 怖かった。


 けれど、その男はレンに近づいてこなかった。


 別の日には、学校の階段に女の幽霊がいた。


 こちらを睨んでいた。


 今にも飛びかかってきそうな雰囲気だった。


 レンは動けなかった。


 ただ、じっと耐えた。


 けれど。


 その女も、結局は何もしてこなかった。


 他にもあった。


 夜道で見かけた霊。


 公園にいた霊。


 誰もいないはずの場所で、こちらを見てニヤニヤしていた霊。


 怖いことは何度もあった。


 襲われるかもしれない。


 そう思ったことも、一度や二度ではない。


 なのに。


 なぜか、本当に襲われたことはなかった。


「……また、大丈夫だった…か…」


 レンは小さく呟いた。


 子供の頃は、それが当たり前だと思っていた。


 幽霊は怖い。


 でも、オレには何もしない。


 そういうものだと思っていた。


 大学生になった今なら分かる。


 そんなわけがない。


 霊の中には、人間に害を与えるものもいる。


 今日だってそうだった。


 あの幽霊は、明らかに普通ではなかった。


 それなのに。


「……今回も、何もされなかった」


 レンは自分の手を見る。


 震えている。


 怖かった。


 でも、助かった。


「……また、運が良かっただけ…かな」


 そう自分に言い聞かせる。


 きっと、そうなのだろう。


 これまで何度も助かったのも、今日も逃げ切れたのも。


 ただ運が良かった。


 それ以外に理由なんてない。


「……もう……帰ろう」


 レンは歩き出した。


 結局、今日も何も見つけられなかった。


 せっかく場所まで特定したのに。


 何か所も回ったのに。


 トキヨリアキには会えなかった。


 肩を落としながら、レンは帰り道を歩いていく。


 家まで随分と離れた場所まで来てしまった。


「……しょうがない。近道、するか」


 この辺には確か、ちょっと有名な怖いトンネルがある。


 あえて避けては来たけど。


 このままじゃ、家に着く頃には日を跨いでしまう。


 回り道は諦めて、真っ直ぐ家を目指した。


 しばらくして、道路脇に小さなトンネルが見えた。


 昼間なら何とも思わなかっただろう。


 けれど、今はすっかり日が暮れている。


 ……まったく。


 ただでさえこんな体質で、本当に気が滅入る。


 トンネルの中は暗く、街灯の明かりも奥までは届いていない。


 レンは何気なく、その入り口へ視線を向けた。


「……ん?」


 いる。


 人影。


 ぼんやりとした姿。


 そして、その手にはスマートフォン。


「……スマホ?」


 レンは足を止めた。


 その人影は、スマートフォンをトンネルに向けている。


 まるで、何かを撮影しているようだった。


 レンの心臓が跳ねる。


 あの雰囲気。


 あの撮影方法。


 そして、あの姿。


「……まさか」


 レンは目を凝らした。


 人影が、何かに気付き、ゆっくりと振り返った。


「……トキ……ヨリアキ…さん…?」


 その声が、暗いトンネルの入り口に小さく響いた。

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