第二十二話 ひとりでできるもん
最近、レンが忙しい。
大学。
バイト。
そして、動画編集。
撮影した動画の本数が増えるにつれて、編集する量も増えていった。
「今日も撮影、無理そうだなぁ」
トキはスマホの画面を眺めながら呟いた。
『仕方ないでしょ』
画面の中からアイちゃんの声が返ってくる。
『レン、今週だけでも大学とバイトの合間に、何本も編集してるのよ?』
「そんなこと、知ってるし」
『知ってるんなら……』
「だってオレ、編集しないし」
『威張ることじゃないわよ』
「ほら、餅は餅屋のが美味いって言うだろ?」
『あなたの場合、餅屋に全部丸投げしてるじゃない』
「そりゃあ……」
反論できなかった。
最近の動画は、少しずつだけど伸びている。
以前なら投稿しても、しばらく反応がないことも珍しくなかった。
それが今では、投稿すればちゃんと見てくれる人がいる。
再生数も少しずつ増えている。
その理由の一つが、レンの編集だった。
不要な部分を切って。
見やすいように整えて。
音を調整して。
タイトルを考えて。
サムネイルまで作る。
トキには、とても真似できそうにない。
「レン、すげぇよなぁ……」
思わず口から出た。
『何よ、急に』
「いや、だってさ」
トキはスマホを見つめた。
「動画、ちゃんと伸びてるだろ?」
『そうね』
「レンが編集してくれてるからだよな」
『まあ、編集だけが理由じゃないと思うけど』
「でも、レンには撮影の知識もあるし」
『そうね』
「編集もできるし」
『そうね』
「動画のこと、いろいろ考えてるし」
『そうね』
「…………」
トキは黙った。
『何よ』
「……いや」
少しだけ視線を逸らす。
「オレって、何してんのかなと思って」
『……』
アイちゃんも、すぐには答えなかった。
トキは慌てて笑った。
「いや、別に落ち込んでるとかじゃないぞ?」
『分かってるわよ』
「たださー」
トキは自分のスマホを軽く持ち上げた。
「オレ、撮るだけじゃん?」
『……』
「レンが編集してくれて、レンがタイトル考えて、レンが投稿して」
「オレは幽霊見つけて、カメラ向けてるだけ」
『それが一番大事なところじゃない』
「そうなんだけどさぁ……」
トキは頭を掻いた。
「……オレだって、なんかできるだろ」
その言葉は、自分でも驚くほど小さかった。
*
その日の夜。
レンから連絡が来た。
『トキ兄さん、すみません。明日も撮影、ちょっと難しそうです』
「おう。気にすんな!」
『今、編集しないといけない動画が溜まってて』
「だよなぁ」
『撮影自体はまた時間ができたら』
「おう!」
通話を終える。
トキはスマホを見つめた。
「……」
そして、
「よし」
立ち上がった。
「だったら、オレ一人で撮るか」
『本気?』
「本気だよ」
『何を撮るの?』
「それは今から考える!」
『順番が逆じゃない?』
「いいんだよ!」
トキは腕を組んだ。
幽霊でも撮れる。
アイちゃんもいる。
だったら、レンがいなくても動画くらい撮れるはずだ。
「レンが見たら、絶対びっくりするようなやつ撮ってやる」
そう呟いたところで、遠くに見える山に目が止まる。
「……ん?」
何かが頭をよぎった。
「そういや昔……」
この近くの山。
何十年か前に、この辺りで騒ぎになったことがあった。
トキは記憶を辿った。
そして、たどり着いた。
「ツチノコ……」
『ツチノコ?』
「そう!ツチノコだよ!」
昔から日本各地で目撃情報がある、謎の生き物。
「ほら、蛇みたいなんだけど妙にずんぐりむっくりなやつ!」
昔、この辺りでも「いるらしい」と話題になったことがある。
「これだ!」
『何が?』
「ツチノコ探し!」
『……』
「絶対面白いだろ!」
『今さらツチノコ?』
「今だからだよ!」
トキは目を輝かせた。
「レンが見たら、絶対『何やってるんですか』って言うぞ!」
『それ、褒め言葉じゃないと思うけど』
「いいんだよ!」
トキはすでに行く気満々だった。
「よし、明日は山行くぞ!」
*
翌日。
トキは山の入り口に立っていた。
アイちゃんを手に持ち、準備は万端。
「さあ、行くか!」
『待って』
「ん?」
『本当にツチノコを探すだけ?』
「そうだけど」
『一応、この辺りの過去の記録を調べてみたんだけど』
アイちゃんの画面に、いくつかの情報が表示される。
『ツチノコの目撃情報はある。でも、見つかったという確かな記録はないわ』
「まあ、そうだろうな」
『それと……』
「それと?」
『この山、ツチノコより別のことで有名みたい』
「別のこと?」
『行方不明者』
「……」
トキが黙った。
『昔から、山に入った人が戻ってこないって話があるみたい』
「……神隠し、的な?」
『そう呼ばれてるみたいね』
トキは山を見上げた。
木々が風に揺れている。
どこにでもありそうな山。
なのに。
その言葉を聞いた途端、山の空気が少しだけ変わったように感じた。
「……神隠しか」
『ツチノコより、そっちを調べたほうがいいんじゃない?』
「いや」
トキはニヤッと笑った。
「それ、絶対なんかある!」
『でしょうね』
「ツチノコも見つかってない。人も消える」
『……』
「つまり!」
トキは人差し指を立てた。
「この山には、まだ誰も見つけてない何かがいる!」
『どうしてそうなるのよ』
「だって面白そうじゃん!」
『結局それなのね』
「もちろん!」
『なんか、危なくない?』
「なんとかなるだろー!」
トキは山へ足を踏み入れた。
*
「……とは言ったものの」
しばらく歩いて、トキは立ち止まった。
「広すぎね?」
『今さら?』
「いや、山ってこんな広いのかよ」
『山だからね』
「ツチノコ、どこだよー」
当然、返事はない。
トキはスマホを構えた。
「こういうの、どうやって探すんだ?」
『過去の目撃情報から絞るしかないわね』
「頼む、アイちゃん!」
『全く、ちょっと待ってなさい』
画面に地図が表示される。
過去に目撃された場所。
山道。
沢。
開けた場所。
いくつか候補が出てくる。
「おお!」
トキのテンションが上がった。
「なんか探検っぽくなってきたな!」
『でも、信憑性はほとんどないわよ』
「大丈夫だって、とりあえずまずは……この沢だな!」
トキは歩き出した。
途中、妙な穴を見つけた。
「お?」
『何?』
「これ、ツチノコの巣じゃね?」
『ただの動物の巣穴じゃない?』
「ロマンがないなぁ、アイちゃんは」
『現実的なのよ』
さらに進む。
木の根元に何かの抜け殻を見つける。
「おおっ!」
『蛇の抜け殻ね』
「ツチノコか!?」
『蛇』
「即答すんなよ!」
そんなことをしながら沢に到着した。
水の流れる音。
岩。
木々。
何もいない。
「……なんもいないなー」
『そうね』
「じゃあ次!」
トキはまた歩き出した。
斜面を登る。
木々の間を抜ける。
そして、少し開けた場所に出た。
「ここは?」
『過去の目撃情報が一番多い場所』
「マジか!」
トキはカメラを構えた。
「ここで待ち伏せしてみるか」
『ツチノコが出てくる保証なんてないわよ』
「いいんだよ。こういうのは雰囲気が大事なんだ」
しばらく待つ。
風が吹く。
鳥の声がする。
何も起きない。
「……」
『……』
「……暇だな」
『だから言ったでしょ』
「……ちょっと別の場所に移るかぁ」
トキが立ち上がった。
その時だった。
――ガサッ。
「……?」
トキが振り返る。
木々の向こう。
何かが動いた。
「アイちゃん」
『何?』
「今、何かいた」
『どこ?』
「あそこ」
トキは指を向けた。
もう一度、
ガサッ。
草が揺れる。
「いる……」
トキは息を潜めた。
ゆっくり。
ゆっくりとカメラを向ける。
草むらの奥から、それが出てきた。
「…………」
トキは固まった。
蛇。
そう見えた。
けれど、普通の蛇とは明らかに違う。
大きい。
あまりにも大きい。
太い胴体が地面を這う。
そして、その先にある頭部。
「……目が、ない」
鼻もない。
ただ。
巨大な口だけがあった。
『トキ……なんか今、ここ磁場がおかしいわ』
「……いやそんなことより、これ」
トキの手が震えた。
「ツチノコなんてもんじゃねぇ」
巨大な口が、ゆっくりと開く。
「……野槌だ」
その瞬間。
トキの恐怖心を上回るものがあった。
興奮だ。
「……すげぇ、初めて見た」
カメラを構える。
「これ、絶対レンに見せてやる」
野槌は、まだこちらに気づいていない。
「……ふぅー」
一度深呼吸をして息を整える。
一歩。
また一歩。
ゆっくりと距離を取る。
そして、
録画開始。
「よし……」
小さく呟いた。
「撮れてる……」
野槌が動く。
トキは必死にスマホを固定する。
だが、興奮で手が震える。
「……大丈夫、大丈夫」
その時。
スマホから音がした。
ピリリリー。
「……っ!!」
レンからの着信。
トキの顔が引きつった。
野槌が止まる。
ゆっくり。
本当にゆっくりと。
巨大な身体がこちらを向いた。
「…………」
「…………」
『トキ』
「……やっべぇ」
『逃げて』
「言われなくても――」
野槌が動いた。
「逃ーげるんだよぉぉぉ!!!!」
*
「うわぁぁぁぁぁ!!!!」
走る。
とにかく走る。
『トキ!そこ右!』
「右ぃぃぃ!!」
『違う!今の右はあなたから見て左!』
「それ左だろぉぉぉ!?」
『だから右よ!』
「わけ分かんねぇぇぇ!!」
木を避ける。
根を飛び越える。
斜面を滑る。
「うわっ!」
転ぶ。
それでも立ち上がる。
背後から、ズズズズズ……と地面を擦る音。
「来てる来てるぅぅぅ!!」
『トキ、前!』
「前ぇ!?」
『木!』
「うおおおおお!!」
ギリギリで避ける。
スマホが大きく揺れる。
木。
空。
地面。
草。
何か黒いもの。
「アイちゃん!ちゃんと撮れてるか!?」
『撮れてるけど、何も分からないわよ!』
「後で編集すればいいだろぉぉぉ!!」
『私にどうしろっていうのよ!』
「そこを何とかぁぁぁ!!」
トキは全力で走った。
そしてようやく。
野槌の気配が遠ざかっていく。
「……」
トキは木の陰に隠れた。
「……」
しばらく動けなかった。
「……助かった」
『たぶんね』
「たぶんは、やめろって」
荒い息を吐きながら、スマホを見る。
録画は続いていた。
「……へへ」
トキは笑った。
「撮ったぞ!」
恐怖。
興奮。
達成感。
全部が入り混じっていた。
「レン、驚くだろうなぁ」
その顔には、いつもの少年のような笑顔が戻っていた。
ふと、レンから着信があったことを思い出す。
「そういやぁ、なんだったんだレンのやつ」
折り返し電話をかけてみる。
「あ、トキ兄さん」
「あ、じゃねーよ!何だったんだよさっきの電話!オレ、マジで死ぬかと思ったぞ!」
「え?トキ兄さん、幽霊じゃないですか」
「それはそうなんだけどさー!」
「いえね、この前撮った動画のタイトルなんですけど」
「タイトル?」
「頭に『恐怖』って付けようか、『最恐』って付けようか迷ってて」
「……」
「トキ兄さん、どっちがいいですか?」
「…………」
「あれ?トキ兄さん?」
「そんな事かぁーーーい!!!!」
*
そして、その日の夜。
「レンいるかー!」
「おかえりなさい、トキ兄さん」
レンがPCの前に座っていた。
「レン!ちょっとこれ見てくれよ!」
「何ですか?」
「今日、オレ一人で撮ってきたんだ!」
「一人で?」
「ああ!」
トキは胸を張った。
「すげぇの見つけたぞ!」
「何を?」
「野槌!」
「……野槌?」
「そう!」
トキは得意げに頷いた。
「山で見つけたんだよ。しかもめちゃくちゃデカいやつ!」
レンは少し驚いた顔をした。
「本当に?」
「本当だって!」
トキは期待に満ちた目でレンを見る。
「ほら、早く見てみろよ!」
「分かりました」
レンが動画ファイルを開く。
再生。
最初の数秒。
山道。
画面が少し揺れている。
「……」
「どうだ?」
レンは黙って見ている。
野槌が映る。
遠い。
かなーーり遠い。
しかも画面が細かく揺れている。
「……」
「ここ!ここだよ!」
トキが指差す。
「野槌!」
「……」
レンが一時停止する。
「これ……」
「おう!」
「何ですか?」
「野槌だよ!」
「……」
レンは首を傾げた。
「ちょっと分かりにくいですね」
「え?」
再生。
野槌が振り向く。
そこで画面が大きく揺れた。
「ここだぁぁぁ!!」
トキの声。
そして画面が地面を映す。
「……」
レンは無言で再生を続ける。
木。
空。
地面。
草。
何か黒いもの。
「アイちゃん!左ぃぃぃ!!」
「違う!右よ!」
「うわぁぁぁ!!」
映像が激しく揺れる。
そして真っ暗。
数秒後。
また地面。
そして、終了。
「…………」
レンがマウスを止めた。
トキは満面の笑みでレンを見ている。
「どうだった?」
「…………」
「すごかっただろ?」
「…………」
「野槌、ちゃんと撮れてただろ?」
レンが静かに口を開いた。
「ボツですね」
「…………」
トキの笑顔が消えた。
「……え?」
「ボツです」
「…………」
トキは固まった。
「なんで?」
「手ブレが酷すぎます」
「……」
「野槌も遠すぎて、何なのかよく分かりません」
「……」
「それに逃げてるところは、ほとんど何が映ってるのか分からないです」
「…………」
トキは画面を見た。
もう一度、自分の撮った映像を見る。
確かに。
何も見えない。
「……マジ?」
「マジです」
「……」
トキはその場にしゃがみ込んだ。
「オレ……」
小さく呟く。
「めちゃくちゃ頑張ったのに……」
レンが少し困ったようにトキを見る。
「でも」
「ん?」
「野槌を見つけたのは、本当にすごいと思います」
「……」
「だから、次はちゃんと撮れるようにしましょう」
「……次?」
「はい」
レンはPCの横に置いてあった箱を持ち上げた。
「これ」
「……何?」
「電動ジンバルです」
「……」
トキが箱を見る。
「ジンバル?」
「手ブレを抑えてくれる機材です」
レンが箱を開ける。
「これなら、歩きながら撮影しても、今よりずっと安定します」
「……」
トキはジンバルを見つめた。
「オレに?」
「はい」
「……いいの?」
「これからトキ兄さん一人で撮影することも増えるでしょうから」
トキは黙った。
そして。
「……へへっ」
少しだけ口元が緩む。
「よし」
ジンバルを手に取る。
「次は絶対、ちゃんと撮るぞ!」
『その前に撮影の練習をしたほうがいいんじゃない?』
アイちゃんが言った。
「分かってるって!」
『前回もそう言ってたけど』
「今度は大丈夫だ!」
トキはジンバルを掲げた。
「これでオレも立派なYouTuberだ!」
レンが苦笑する。
アイちゃんは呆れてため息をついた。




