↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
23/25

第二十一話 守るモノたち

第21話 守るモノたち


 なんとなく二人で話しながら歩いているうちに、トキ兄さんの住んでいる家から、少し離れた場所まで来ていた。


 並んで歩いていたトキ兄さんは、ふと足を止めた。


「ん?」


「どうしました?」


「……そういえばここ、霊道だな」


「霊道?」


 僕は辺りを見回す。


 住宅街の一角。

 特に変わったところはない。


 車が走り、近所の家からテレビの音が聞こえる。

 

 どこにでもある、ごく普通の道だ。


「霊道って、幽霊が通る道ですか?」


「まあ、そんな感じ。あっちから来て、こっちに抜けてく」


 トキ兄さんが指を差す。


「あ、ここで撮影してみるか!」


「ここで?」


「ああ。わざわざ遠くの心霊スポットまで行かなくても、幽霊がいるなら撮影できるだろ?」


「まあ……理屈としては」


 僕は少し考えた。


 確かに、動画を撮るという目的だけなら問題はない。


「……片っ端から突撃するつもりじゃないですよね?」


「失礼だな!オレはいつだって平和主義だぞ!」


「前に幽霊に突撃してましたけど」


「それは平和的な撮影だ!」


「同じじゃないですか」


「違ーう!」


 そんなやり取りをしていると、トキ兄さんはふと何か思いついた顔をした。


「あ」


「?」


「そういや、レンに紹介したい奴がいるじゃん」


 トキ兄さんは自分の家の周囲を見回す。


「えーっと……」


 少し離れたところに視線を向ける。


「お、いたいた」


 トキ兄さんが手を振った。


「おーい、フリー。ちょっと表に出てこいよー」


「……?」


 僕は首を傾げた。


 すると。


 何もなかったはずの場所に、すっと人影が現れた。


「トキさん、どうしたんですか?」


「うおっ!」


 僕は思わず後退りした。


「あー、君ってトキさんが言ってた!」


 さっきまで、そこには誰もいなかった。


 いや。


 正確には、見えていなかっただけなのだ。


「レンさんですね、初めまして」


 フリーは丁寧に頭を下げた。


「ぼ、僕を知ってるんですか……?」


「はい」


 僕は目を丸くした。


「トキさんのフリーしてます。よろしくお願いします」


「あ、はい。レンです。よろしくお願いします」


 僕たちは挨拶を交わす。


 その様子を見ていたトキ兄さんが、満足そうに頷いた。


「オレのフリと、フリーをかけてんのか!お茶目な奴め」


「……何言ってるんですかトキさん?」


「まぁこれがフリー。オレの知り合いで、守護霊の見習いみたいなもんだ」


「見習い、ですか?」


「はい。まだまだ勉強中なんです」


 フリーは少し照れたように笑った。


 幽霊。


 それも、ただそこにいるだけの霊とは少し違う。


 誰かを守るために存在している。


 そう考えると、不思議な感じがした。


 ふと、フリーが僕の顔をまじまじと眺めていたのに気付く。


「レンさんって、なんだか不思議な感じがするんですね」


「……そうなんですか。自分ではよくわからないんですが」


「僕も、うまく説明はできないんですけれど……なんとなく」


「へえ……」


 なんとなく、その言葉が引っかかった。


「あのー、レンさん」


 フリーが、ふと思いついたように尋ねてきた。


「トキさんと一緒って、大変じゃないですか?」


「そりゃあ、もう」


「ですよねー」


「おい!」


 トキ兄さんが割って入る。


「挨拶は終わっただろ!んじゃ、撮影するぞー!」


「早いよ!」


「早いです!」


 僕とフリーの声が重なった。


 二人は顔を見合わせる。


 そして、同時に笑った。


「なんだ、お前ら息ぴったりだな!」


 トキ兄さんが嬉しそうに笑う。


「はぁ……」


 フリーは小さく息を吐いた。


「レンさん、トキさんて結構考えているようで何にも考えてないとこあるんで、その……これからもよろしくお願いしますね」


「それはもちろんですよ」


「お前らはオレの母ちゃんか!」


 二人がまた笑った。


 しばらくして、フリーは周囲を確認する。


「それじゃあ、僕は仕事に戻りますね」


「ああ」


「レンさん、会えて良かったです」


「こちらこそ」


 僕は手を振った。


 フリーも小さく手を振り返すと、そのまま家の方へ歩いていった。


「……」


「……」


 僕とトキ兄さんが、その背中を見送る。


「……ねー」


 トキ兄さんが少しふてくされている。


「まだー」


「はいはい」


 僕は苦笑した。


「それじゃあフリーさん」


「はい」


 もう一度だけ手を振る。


 フリーは笑顔で頭を下げると、その姿をゆっくりと消していった。


「よし!」


 トキ兄さんが手を叩いた。


「撮影開始!」


「はいはい」


 僕はカメラを構えた。


 こうして、撮影が始まった。


 霊道には、確かに幽霊がいた。


 一人。


 二人。


 また一人。


 まるで駅のホームを通り過ぎる人のように、幽霊たちは一定の方向へ歩いていく。


 ただ、たまに見かける幽霊とは違って嫌な感じは全くしなかった。


「おーい!」


 トキ兄さんが声をかける。


「ちょっとインタビューいい?」


 無視。


「今、どこから来たんですか?」


 無視。


「好きな食べ物とかあります?」


 無視。


「……」


 トキ兄さんが肩を落とす。


「みんな忙しいのかなー」


「なんかみんな虚ろな感じがしますね」


「そっかぁ」


 僕はカメラ越しに幽霊たちを見ていた。


 画面には、確かにその姿が映っている。


 普通の人には見えないもの。


 それだけでも動画としては十分珍しい。


 だが。


「トキ兄さん」


「ん?」


「この動画、どうしましょう?」


「……」


 トキ兄さんが黙る。


「なんかこう……」


 腕を組む。


「もっと、こう……」


「何か起きてほしかった?」


「そう!」


 トキが指を鳴らす。


「せっかく幽霊を見つけたんだから、もっとこう、ドーン!ってさー!」


「そんな都合よく何かは起きませんよ」


「YouTubeなんだぞ!」


「知りませんよ」


 僕はカメラを止めた。


「でも、幽霊が映ってるのは本当ですし」


「まあなー」


「なら編集で面白くすれば良いんですよ」


「……」


 トキ兄さんは少し考える。


「なるほど、そうだな!」


 妙に納得した顔だった。


「よし!今日はここまで!」


「え、もう終わりですか?」


「終わり!」


「早っ」


 こうして。


 特に何も起こらないまま、撮影は終了した。


 帰り道。


 僕は、先ほどのフリーのことを考えていた。


 守護霊。


 誰かを守るために存在する霊。


 自分にも、そんな存在がいるのだろうか。


「……ねえ、トキ兄さん」


「ん?」


「僕にも守護霊っているんですか?」


 トキ兄さんの足が止まった。


「……いるよ」


「いるんですか?」


「ああ」


 トキ兄さんは答えた。


 その声は、いつもより少しだけ静かだった。


「どんな人、なんですか?」


 僕は尋ねてみたが、トキ兄さんは答えなかった。


 少し離れた場所。


 そこに、一人の霊が立っていた。


 僕は気付いていない。


 その霊はトキ兄さんを見つめると、優しく微笑む。


 そして。


 小さく首を横に振る。


 トキ兄さんは、その意味を察する。


「……」


 トキ兄さんを見る。


 僕は何も知らない顔で、答えを待っていた。


「まあ、そのうち分かるって」


「そのうち?」


「そう。そのうち」


 トキ兄さんは笑った。


「でもな」


 少しだけ間を置いて。


「お前を大事に想ってくれてる幽霊は、ちゃんといるよ」


「……」


 僕は黙ってトキ兄さんを見た。


 その言葉が、妙に胸に残った。


「そう、なんですね」


「ああ」


「……なんか、不思議ですね」


「幽霊なんて、そんなもんだろ」


 トキ兄さんは笑う。


 そして。


「ま、オレもいるけどな!」


「トキ兄さんは僕の守護霊じゃないでしょ」


「なんだよ!オレだって仕事は守護霊なんだぞ」


「だって、自分から守護する気があるようには見えないので」


「お前失礼だな!」


 僕は笑った。


 トキ兄さんも笑う。


 二人の声が、夕方の道に響いた。


 * * *


 家に戻った僕は、パソコンの前に座った。


「さて……」


 今日撮った映像を確認する。


 霊道を歩く幽霊たち。


 どこかぼんやりした姿。


 トキ兄さんが話しかけても、誰も振り向かない。


「……これ、どうするかな」


 僕は苦笑しながら、編集ソフトを起動した。


 その時だった。


 ふと、机の横に置いてある写真が目に入った。


 古い写真。


 そこには、まだ幼い頃の自分とおじいちゃんが写っている。


「……」


 僕は写真を手に取った。


 今日、トキ兄さんから聞いた言葉を思い出す。


 自分にも守護霊がいる。


 自分を大事に想ってくれている幽霊がいる。


「……」


 もしかしたら。


 おじいちゃんが、そうなのだろうか。


 そんな考えが、一瞬だけ頭をよぎった。


 もちろん、証拠なんてない。


 ただ。


 写真の中のおじいちゃんを見ていると、なんとなく胸が温かくなった。


「……おじいちゃん」


 小さく笑う。


「ありがとう」


 そう言って写真を元の場所に戻す。


 そして、パソコンの画面へ向き直った。


 今日もまた。


 僕の日常は、少しだけ不思議だった。


 カタカタと、キーボードを打つ音が部屋に響く。


 その背後で。


 古い写真が、静かにレンを見守っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。