第二十一話 守るモノたち
第21話 守るモノたち
なんとなく二人で話しながら歩いているうちに、トキ兄さんの住んでいる家から、少し離れた場所まで来ていた。
並んで歩いていたトキ兄さんは、ふと足を止めた。
「ん?」
「どうしました?」
「……そういえばここ、霊道だな」
「霊道?」
僕は辺りを見回す。
住宅街の一角。
特に変わったところはない。
車が走り、近所の家からテレビの音が聞こえる。
どこにでもある、ごく普通の道だ。
「霊道って、幽霊が通る道ですか?」
「まあ、そんな感じ。あっちから来て、こっちに抜けてく」
トキ兄さんが指を差す。
「あ、ここで撮影してみるか!」
「ここで?」
「ああ。わざわざ遠くの心霊スポットまで行かなくても、幽霊がいるなら撮影できるだろ?」
「まあ……理屈としては」
僕は少し考えた。
確かに、動画を撮るという目的だけなら問題はない。
「……片っ端から突撃するつもりじゃないですよね?」
「失礼だな!オレはいつだって平和主義だぞ!」
「前に幽霊に突撃してましたけど」
「それは平和的な撮影だ!」
「同じじゃないですか」
「違ーう!」
そんなやり取りをしていると、トキ兄さんはふと何か思いついた顔をした。
「あ」
「?」
「そういや、レンに紹介したい奴がいるじゃん」
トキ兄さんは自分の家の周囲を見回す。
「えーっと……」
少し離れたところに視線を向ける。
「お、いたいた」
トキ兄さんが手を振った。
「おーい、フリー。ちょっと表に出てこいよー」
「……?」
僕は首を傾げた。
すると。
何もなかったはずの場所に、すっと人影が現れた。
「トキさん、どうしたんですか?」
「うおっ!」
僕は思わず後退りした。
「あー、君ってトキさんが言ってた!」
さっきまで、そこには誰もいなかった。
いや。
正確には、見えていなかっただけなのだ。
「レンさんですね、初めまして」
フリーは丁寧に頭を下げた。
「ぼ、僕を知ってるんですか……?」
「はい」
僕は目を丸くした。
「トキさんのフリーしてます。よろしくお願いします」
「あ、はい。レンです。よろしくお願いします」
僕たちは挨拶を交わす。
その様子を見ていたトキ兄さんが、満足そうに頷いた。
「オレのフリと、フリーをかけてんのか!お茶目な奴め」
「……何言ってるんですかトキさん?」
「まぁこれがフリー。オレの知り合いで、守護霊の見習いみたいなもんだ」
「見習い、ですか?」
「はい。まだまだ勉強中なんです」
フリーは少し照れたように笑った。
幽霊。
それも、ただそこにいるだけの霊とは少し違う。
誰かを守るために存在している。
そう考えると、不思議な感じがした。
ふと、フリーが僕の顔をまじまじと眺めていたのに気付く。
「レンさんって、なんだか不思議な感じがするんですね」
「……そうなんですか。自分ではよくわからないんですが」
「僕も、うまく説明はできないんですけれど……なんとなく」
「へえ……」
なんとなく、その言葉が引っかかった。
「あのー、レンさん」
フリーが、ふと思いついたように尋ねてきた。
「トキさんと一緒って、大変じゃないですか?」
「そりゃあ、もう」
「ですよねー」
「おい!」
トキ兄さんが割って入る。
「挨拶は終わっただろ!んじゃ、撮影するぞー!」
「早いよ!」
「早いです!」
僕とフリーの声が重なった。
二人は顔を見合わせる。
そして、同時に笑った。
「なんだ、お前ら息ぴったりだな!」
トキ兄さんが嬉しそうに笑う。
「はぁ……」
フリーは小さく息を吐いた。
「レンさん、トキさんて結構考えているようで何にも考えてないとこあるんで、その……これからもよろしくお願いしますね」
「それはもちろんですよ」
「お前らはオレの母ちゃんか!」
二人がまた笑った。
しばらくして、フリーは周囲を確認する。
「それじゃあ、僕は仕事に戻りますね」
「ああ」
「レンさん、会えて良かったです」
「こちらこそ」
僕は手を振った。
フリーも小さく手を振り返すと、そのまま家の方へ歩いていった。
「……」
「……」
僕とトキ兄さんが、その背中を見送る。
「……ねー」
トキ兄さんが少しふてくされている。
「まだー」
「はいはい」
僕は苦笑した。
「それじゃあフリーさん」
「はい」
もう一度だけ手を振る。
フリーは笑顔で頭を下げると、その姿をゆっくりと消していった。
「よし!」
トキ兄さんが手を叩いた。
「撮影開始!」
「はいはい」
僕はカメラを構えた。
こうして、撮影が始まった。
霊道には、確かに幽霊がいた。
一人。
二人。
また一人。
まるで駅のホームを通り過ぎる人のように、幽霊たちは一定の方向へ歩いていく。
ただ、たまに見かける幽霊とは違って嫌な感じは全くしなかった。
「おーい!」
トキ兄さんが声をかける。
「ちょっとインタビューいい?」
無視。
「今、どこから来たんですか?」
無視。
「好きな食べ物とかあります?」
無視。
「……」
トキ兄さんが肩を落とす。
「みんな忙しいのかなー」
「なんかみんな虚ろな感じがしますね」
「そっかぁ」
僕はカメラ越しに幽霊たちを見ていた。
画面には、確かにその姿が映っている。
普通の人には見えないもの。
それだけでも動画としては十分珍しい。
だが。
「トキ兄さん」
「ん?」
「この動画、どうしましょう?」
「……」
トキ兄さんが黙る。
「なんかこう……」
腕を組む。
「もっと、こう……」
「何か起きてほしかった?」
「そう!」
トキが指を鳴らす。
「せっかく幽霊を見つけたんだから、もっとこう、ドーン!ってさー!」
「そんな都合よく何かは起きませんよ」
「YouTubeなんだぞ!」
「知りませんよ」
僕はカメラを止めた。
「でも、幽霊が映ってるのは本当ですし」
「まあなー」
「なら編集で面白くすれば良いんですよ」
「……」
トキ兄さんは少し考える。
「なるほど、そうだな!」
妙に納得した顔だった。
「よし!今日はここまで!」
「え、もう終わりですか?」
「終わり!」
「早っ」
こうして。
特に何も起こらないまま、撮影は終了した。
帰り道。
僕は、先ほどのフリーのことを考えていた。
守護霊。
誰かを守るために存在する霊。
自分にも、そんな存在がいるのだろうか。
「……ねえ、トキ兄さん」
「ん?」
「僕にも守護霊っているんですか?」
トキ兄さんの足が止まった。
「……いるよ」
「いるんですか?」
「ああ」
トキ兄さんは答えた。
その声は、いつもより少しだけ静かだった。
「どんな人、なんですか?」
僕は尋ねてみたが、トキ兄さんは答えなかった。
少し離れた場所。
そこに、一人の霊が立っていた。
僕は気付いていない。
その霊はトキ兄さんを見つめると、優しく微笑む。
そして。
小さく首を横に振る。
トキ兄さんは、その意味を察する。
「……」
トキ兄さんを見る。
僕は何も知らない顔で、答えを待っていた。
「まあ、そのうち分かるって」
「そのうち?」
「そう。そのうち」
トキ兄さんは笑った。
「でもな」
少しだけ間を置いて。
「お前を大事に想ってくれてる幽霊は、ちゃんといるよ」
「……」
僕は黙ってトキ兄さんを見た。
その言葉が、妙に胸に残った。
「そう、なんですね」
「ああ」
「……なんか、不思議ですね」
「幽霊なんて、そんなもんだろ」
トキ兄さんは笑う。
そして。
「ま、オレもいるけどな!」
「トキ兄さんは僕の守護霊じゃないでしょ」
「なんだよ!オレだって仕事は守護霊なんだぞ」
「だって、自分から守護する気があるようには見えないので」
「お前失礼だな!」
僕は笑った。
トキ兄さんも笑う。
二人の声が、夕方の道に響いた。
* * *
家に戻った僕は、パソコンの前に座った。
「さて……」
今日撮った映像を確認する。
霊道を歩く幽霊たち。
どこかぼんやりした姿。
トキ兄さんが話しかけても、誰も振り向かない。
「……これ、どうするかな」
僕は苦笑しながら、編集ソフトを起動した。
その時だった。
ふと、机の横に置いてある写真が目に入った。
古い写真。
そこには、まだ幼い頃の自分とおじいちゃんが写っている。
「……」
僕は写真を手に取った。
今日、トキ兄さんから聞いた言葉を思い出す。
自分にも守護霊がいる。
自分を大事に想ってくれている幽霊がいる。
「……」
もしかしたら。
おじいちゃんが、そうなのだろうか。
そんな考えが、一瞬だけ頭をよぎった。
もちろん、証拠なんてない。
ただ。
写真の中のおじいちゃんを見ていると、なんとなく胸が温かくなった。
「……おじいちゃん」
小さく笑う。
「ありがとう」
そう言って写真を元の場所に戻す。
そして、パソコンの画面へ向き直った。
今日もまた。
僕の日常は、少しだけ不思議だった。
カタカタと、キーボードを打つ音が部屋に響く。
その背後で。
古い写真が、静かにレンを見守っていた。




