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第二話 「仮」

 

 スマホを拾ってから、しばらく経った。


 俺は今日も、スマホをいじっていた。


「……ふーん」


 指を滑らせる。


 動画が変わる。


「へぇ」


 また滑らせる。


「……ほぉ」


 また変わる。


 料理。


 ゲーム。


 旅行。


 ペット。


 人間は、本当にいろんなものを動画にしている。


 そんな中で、俺の指が止まった。


「……心霊系か」


 暗い廃墟。


 夜のトンネル。


 誰も住んでいない古い家。


 動画の中では、人間が恐る恐る辺りを見回している。


『この場所、昔から幽霊が出るって噂なんですよ』


「へぇ」


 そのまま見ていると、男が突然声を上げた。


『うわっ! 今、何かいましたよね!?』


「……いるな」


 画面の端に、幽霊が立っている。


 男は気づいていない。


「人間って、見えないんだったな」


 俺は動画を眺めた。


 怖がって。


 驚いて。


 それを見ている人間たちが、また笑っている。


「……こういうこと、してみたいな」


 ぽつりと呟いた。


 特別な理由があるわけじゃない。


 ただ、なんとなく。


 面白そうだと思った。


「よし」


 俺は立ち上がった。


「もっかい撮ってみるか」


 スマホを構える。


 画面には、自分の顔。


「……」


 角度を変える。


 自分の顔。


 少し離す。


 やっぱり自分の顔。


「……これ、インカメしか使えねぇのか?」


 スマホをいじる。


 カメラを切り替える。


 ……切り替わらない。


「んー……」


 何度か試してみる。


 結果は変わらない。


 画面の中には、俺の顔。


「…………」


 しばらく自分の顔を見つめる。


「撮影しにく〜……」


 まあ、仕方ない。


 使えるものでやるしかない。


 何か撮れるものはないか。


 そう考えて、ふと思い出す。


「……そういや」


 俺には、普段から見ている場所がある。


 守護している人間の家だ。


 そこなら、わざわざ遠くまで行く必要もない。


 それに――


「あそこ、霊道が近く通ってたよな」


 霊道。


 幽霊が行き来するための道。


 家のすぐそばを通っているからといって、家そのものに悪い影響があるわけじゃない。


 ただ、幽霊が通りかかることはある。


「……ここなら、なんか撮れそうだな」


 俺はスマホをポケットにしまった。


     *


 家に戻る。


 人間はいつものように生活している。


 特に問題はない。


 俺は家の中を一通り確認した。


「よし。今日も大丈夫そうだな」


 守護霊として、ここはちゃんとやる。


 しばらく様子を見ていると、家の外を何かが横切った。


「……お」


 幽霊だ。


 霊道を通ってきたらしい。


 そのまま家の方へ向かってくる。


 俺は通り過ぎていく幽霊を目で追った。


「……これだな」


 ちょうどいい。


 問題は、どうやって撮るかだ。


 インカメしか使えない。


 自分で幽霊を追い払いながら撮影するのは難しい。


「……誰かいねぇかな」


 辺りを見回す。


 すると、少し離れたところにフリーの幽霊がいた。


「おーい」


「……はい?」


 振り返ったのは、少し頼りなさそうな幽霊だった。


「君〜、ちょっとモデルになってみない?」


「……僕が?」


「そうそう」


「モデル……?」


「YouTube撮るんだよ」


「YouTube……」


 フリーはスマホを見る。


「あのー、僕、そういうのよく分からないんですけど……」


「大丈夫大丈夫。そんな難しくねぇよ」


「そうなんですか?」


「こういう幽霊が出てきて、それを守護霊が対処する、みたいなやつ」


「……僕が守護霊役を?」


「そうそう」


「でも僕、フリーですよ?」


「知ってる」


「守護霊じゃないですよ?」


「それも知ってる」


「……なんで僕なんですか?」


「なんか暇そうだから」


「えぇ……」


 フリーは困った顔をする。


「僕、こういうの向いてないと思うんですけど……」


「まあまあ。ちょっとやってみようぜ」


「でも……」


「頼むって」


「…………」


 フリーはしばらく考えた。


「…じゃあ…僕でよければ」


「よし。じゃ、頼むわ」


「大丈夫かなぁ……」


 フリーは不安そうに霊道の方を見た。


     *


「じゃ、あの辺から幽霊が来るから」


「はい」


「そしたら、こう……守護霊っぽく止めて」


「守護霊っぽく……」


「うん」


「どうやるんですか?」


「…んー、…まぁ、手をこうしてー」


「知らないんですか!?」


「こーゆーのは雰囲気雰囲気!」


「雰囲気……」


 フリーはますます不安そうな顔になった。


 しばらくすると、霊道の方から幽霊が一体やってきた。


「あ、来た」


「えっ、もうですか?」


「ほら、行け行け」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 フリーが慌てて幽霊の前に出る。


「えーっと……」


 幽霊がフリーを見る。


 フリーも幽霊を見る。


「…………」


「…………」


「……あの、すみません」


 フリーがおずおずと口を開く。


「こっちは人間の家なので……その……」


 幽霊が少し近づく。


「できれば、向こうから……」


 フリーが手を伸ばす。


 幽霊は素直に方向を変えた。


「……行ってくれた」


 フリーがほっと息を吐く。


「おー」


 俺はスマホを構えたまま、その様子を撮影する。


「いいじゃん」


「こんな感じですか?」


「うんうん」


 もう一体、幽霊が通りかかる。


 今度はフリーも少し慣れたのか、すぐに前へ出た。


「すみません。こっちは人間の家なので……」


 やっぱり少し申し訳なさそうに幽霊を誘導する。


「……あっちからお願いします」


 幽霊はフリーに促されるまま、霊道へ戻っていく。


「おー!」


 俺は思わず声を上げた。


「撮れた撮れた!」


「ほ、本当ですか?」


「いーじゃん!」


 スマホの画面を確認する。


 ちゃんと撮れている。


 少しブレているが、まあいい。


「お前、守護霊の才能あるよ!」


「え、そ、そうですか?」


「いやマジマジ!」


 俺は頷いた。


「お前になら、守護霊任せてもいいな!」


「……え?」


「んじゃ、よろしくな!」


「え、え、ちょっと待ってください!」


 俺はそのまま歩き出す。


「ちょ、お兄さん!?」


 後ろから声が聞こえる。


「僕、フリーなんですけどー!」


「知ってるってー!」


「いや、そういう意味じゃなくてー!」


 俺は手を振った。


「じゃあ、またな!」


「ちょっと待ってくださいよー!」


 声が遠ざかっていく。


 俺はスマホを見ながら歩く。


「……結構いいの撮れたな」


 初めての動画にしては、悪くない。


 これなら、もう少しやってみてもいいかもしれない。


 そう思ったところで――


「……あ」


 忘れていた。


 フリーに礼をしていない。


「……まあ、いいか」


 俺は少し考えてから、懐を探る。


 そして、楽しみに取っておいたものを取り出した。


 まんじゅう、一個。


 俺はフリーのところへ戻った。


「ほら」


「……なんですか、これ?」


「今日の礼」


「まんじゅう……」


「一個だけだけど」


「…………ありがとうございます」


 フリーは受け取った。


 少し嬉しそうだった。


「じゃ、今度こそよろしくな!」


「えっ、今度こそって何が!?」


 俺はまた歩き出した。


「ちょっと〜!」


 背中から声が飛んでくる。


「僕、ほんとにフリーなんですけどー!」


 その声を聞きながら、俺は笑った。


 ――その様子を、少し離れた場所から見ている者がいた。


「…………」


 ぬらりひょんだった。


 しばらく二人のやり取りを眺めたあと、ぽつりと呟く。


「……また、何か始めたか」


 そして、ほんの少しだけ目を細める。


「……今度は、続けられると良いがな。」


 その視線の先には、スマホを手に上機嫌で歩いていくトキ兄さんの姿があった。

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