↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/24

第一話 スマホ、拾いました



 幽霊にも、朝は来る。


 正確に言えば、朝が来るだけで、眠る必要はない。


「……暇だなぁ」


 トキは、河原の土手に寝転がったまま、空を見上げていた。


 雲ひとつない。


 風もない。


 人間の世界では、たぶん気持ちのいい朝なのだろう。


 けれど、幽霊のトキにとっては、ただの暇な朝だった。


「今日、休みだしなぁ……」


 守護霊の仕事は嫌いじゃない。


 担当している人間の周りに漂う「陰」と「陽」のバランスを見ながら、危険があれば少しだけ手を貸す。


 やりすぎてもいけない。


 助けすぎてもいけない。


 人間には、人間の人生がある。


 幽霊は、その人生を少しだけ見守る。


 それが仕事だ。


 そして今日は、久しぶりの休み。


 だからといって、幽霊にできることは案外少ない。


 食事をする必要もない。


 眠る必要もない。


 仕事がなければ、ただ時間だけが過ぎていく。


「……映画でも見るか」


 そう呟いてから、トキはため息をついた。


「いや、映画館まで行くの面倒だな」


 幽霊なのに面倒くさがりだった。


 普通の幽霊なら、休日は英気を養う為にマイナスイオンの充填に向かう。


 近くの水辺は、確かここからそう遠くない。


「のんびり歩いて向かうとするか…」


 そのときだった。


 河原の草むらに、何かが光った。


「ん?」


 トキは目を凝らした。


 少し離れた場所。


 草の間から、四角い黒いものが覗いている。


「……なんだ、あれ」


 近づいてみる。


 スマートフォンだった。


 画面には、ひびが入っている。


 けれど、まだ電源は入っていた。


「スマホじゃん」


 トキはしゃがみ込む。


 もちろん、幽霊が人間の物に触れるには少しコツがいる。


 生きている人間の物には、基本的に「陽」の気がまとわりついている。


 幽霊の身体は、その逆。


 「陰」でできている。


 だから普通なら、触れようとしてもすり抜ける。


 だが。


「……これ、いけるな」


 トキが指を伸ばす。


 すっと。


 指先がスマホに触れた。


「おお」


 持ち上げる。


「持てた」


 なぜか少し嬉しかった。


 画面を確認する。


 ロック画面には、見知らぬ男の写真が表示されている。


「男……か」


 通知は、いくつか来ていた。


 メッセージ。


 動画アプリ。


 ニュース。


 そして。


「YouTube……」


 トキの目が止まった。


「……YouTubeか」


 しばらく画面を眺める。


 そして、ゆっくり口角が上がった。


「これ……俺でも使えるんじゃね?」


 幽霊になってから、長い事過ごしてきた。


 人間の世界が変わっていくのも、ずっと見てきた。


 昔はテレビ。


 その前はラジオ。


 もっと昔なら、噂話。


 人間はいつだって、自分たちの知らないものを誰かに伝えたがる。


 だったら。


「幽霊が幽霊の話をしたら……」


 トキはスマホを見つめる。


「……結構、面白くね?」


 その瞬間。


 スマホの画面が消えた。


「え?」


 トキは画面をタップする。


 反応しない。


「……」


 もう一度。


 反応しない。


「……バッテリー切れ?」


 トキは空を見上げた。


「早すぎだろ」


 当然だった。


 人間なら充電すればいい。


 しかし、幽霊のトキには、そんなことを知る術がない。


 そもそも、充電器を持っていない。


「……まあ、いいか」


 トキはスマホを懐に入れた。


 幽霊には、懐がある。


 理屈はない。


 幽霊だから。


 そのまま河原を歩き始める。


 しばらくして。


「……あ」


 トキが足を止めた。


 スマホの画面が、突然点いた。


「なんで?」


 画面には、カメラのアプリ。


 しかも、表示されているのは自分の顔だった。


「うわ」


 そこに映っていたのは、少し長めの髪をした男。


 生きている人間なら、確実にそこにはいないはずの男。


 トキ自身だった。


「……ちゃんと映るんだな」


 幽霊は普通、鏡には映らない。


 けれど、スマホのカメラには映った。


 トキはしばらく自分の顔を眺める。


「……俺、こんな顔だったっけ?」


 死んでから、鏡を見ることなんてほとんどなかった。


 スマホの小さな画面に映る自分。


 少し懐かしい。


 そして。


「これ、動画撮れるよな」


 トキは再び笑った。


「……やってみるか」


 その日の午後。


 一本の動画が投稿された。


 投稿方法は、なんとなく分かった。

人間の世界に長くいると、こういうものには意外と詳しくなる。


 タイトルは。


『心霊スポットにてガチ幽霊が映った』


 撮影者。


 トキヨリアキ。


 登録者数。


 当然、ゼロ。


 再生回数。


 当然、ゼロ。


「……まあ、最初はこんなもんだよな」


 トキはスマホを眺めながら呟いた。


 そのとき。


「……珍しいことをしているな」


 背後から声がした。


「うわっ!」


 トキが飛び上がる。


 振り返る。


 そこには、一人の女が立っていた。


 スーツを着た人間の女性に見える。


 長い髪。


 整った顔。


 そして、人間とは少し違う、妙な気配。


「……なんだ、ぬらりひょんか」


 トキが呟く。


 女は静かにトキを見つめた。


「それを、どこで拾った?」


「これ?」


 トキがスマホを掲げる。


「あっちの河原」


「そこの…そうか」


 ぬらりひょんは、それ以上何も言わなかった。


 ただ、スマホを見ている。


 まるで。


 ずっと前から、それを知っていたかのように。


「……何?」


 トキが聞く。


「いや、別に」


 ぬらりひょんは、ほんの少しだけ笑った。


「面白そうだと思っただけだ」


「何が?」


「お前が、何を見つけるのか」


「……?」


 トキには、その言葉の意味が分からなかった。


 ぬらりひょんは踵を返す。


「ヨリアキ」


「ん?」


「そのスマホ、大事に使え」


「なんで?」


 ぬらりひょんは答えなかった。


 ただ一言。


「そのうち分かる」


 そう言って、歩いていった。


「…はあ…なんなんだよ」


 トキはスマホを見る。


 画面には、一本の動画。


 再生回数。


 まだゼロ。


「……まあ、いいか」


 トキは笑った。


「…あれ」


 なんだか久しぶりに笑った気がする。


「ま、落とした人には申し訳ないが…」


 幽霊の暇つぶしから始まった、何気ない活動。


 オレの世界が、少しずつ変わっていく。


そんな気がした。


「……また明日、撮ってみるか」


その頃のオレは、まだ知らなかった。


しばらくして、妙にリアルな心霊YouTuberがいると、少しずつ話題になっていくことを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。