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第十八話 ちっちゃな一歩


 翌日。


 僕はパソコンの画面を眺めながら、昨日撮影した映像を編集していた。


「……ここ、もう少し切ったほうがいいかな」


「いやいや、そこは残そうぜ!」


 横からトキ兄さんが口を挟んでくる。


「でも、ここは同じような映像が続いてますよ」


「いいじゃん。雰囲気あるだろ?」


「雰囲気と冗長は違いますよ」


「お前、最近ちょっと厳しくない?」


「動画を作るなら、ちゃんと見てもらえるものにしたいので」


 僕がそう言うと、トキ兄さんは少しだけ黙った。


「……まあ、それもそうか」


 意外にも素直だった。


 昨日までなら、もっと適当に流していたかもしれない。


 でも今は違う。


 せっかく撮った映像だ。


 どうせなら、最後までちゃんとしたものを作りたい。


「ただ……」


 僕は編集画面を見ながら言った。


「このままだと、ちょっと単調かもしれません」


「単調?」


「はい。現地の映像を流して、怪異の説明をして、それで終わりだと、動画としては少し弱いと思います」


「なるほど」


「もう少し、何かメリハリがあったほうがいいですね」


「メリハリねぇ……」


 トキ兄さんは腕を組んで考え込む。


 そして突然、顔を上げた。


「決め台詞だ!」


「……はい?」


「ほら、ヒーローとかってあるだろ? 変身したあとに言うやつ!」


「心霊系YouTuberに必要ですか、それ」


「必要だろー!」


 どうやら本人の中では、すでに必要不可欠なものらしい。


「じゃあ、考えてみますか」


「おう!」


 それから僕たちは、しばらく決め台詞を考えた。


 いくつか候補を出したものの、どれもしっくりこない。


 そして最後にトキ兄さんが、妙に真剣な顔で言った。


「……これだ」


「何です?」


 トキ兄さんは、ゆっくりと立ち上がった。


 そして、右手を前に突き出す。


「迷える想いは――」


 一拍。


「オレが解き放つ」


「…………」


 僕は黙った。


「どうだ?」


「……ちょっと微妙です」


「なーんでだよー!」


「いや、なんというか……」


「めっちゃカッコいいだろ!」


「本人が言うと余計に……」


「カッコいいだろ!!」


 どうやら僕に選択権はないらしい。


「……まあ、トキ兄さんが気に入ってるなら」


「おぅよ!」


「……それ、オープニングに入れるのはどうです?」


「オープニング?」


「最初に番組のタイトルを言って、そのあと決め台詞。そうすれば動画にもメリハリが出ると思います」


「なるほど!さっすがレンくーん!」


 トキ兄さんが嬉しそうに頷いた。


「じゃあ、これでいこう!」


 そのときだった。


「……くだらない」


 テーブルの上から声がした。


 僕は思わずそちらを見る。


 そこに置かれているのは、トキ兄さんのスマホ。


 昨日までとは違う。


 今では、このスマホには明確な意思がある。


「アイちゃん、聞いてたの?」


「聞こえてるだけよ」


「てかさ、どう思う?」


 トキ兄さんがスマホに顔を近づける。


「何が?」


「オレの決め台詞!」


「……別に」


「別にってなんだよ!」


「好きにすれば?」


「えー、つまりダサいってことか?」


「そ、そんなこと言ってないでしょ!」


「じゃあカッコいい?」


「……」


 沈黙。


「……まあ」


「まあ?」


「……悪くはないんじゃない?」


 トキ兄さんの顔がぱっと明るくなった。


「だろー!」


「別に褒めてないから!」


 どうやらアイちゃんも、まだ素直にはなれないらしい。


 でも。


 ほんの少しだけ、声が嬉しそうに聞こえたのは気のせいだろうか。


 そんなことを考えていると、トキ兄さんが僕を見る。


「よし! じゃあ、オープニングだけ撮り直そうぜ!」


「え、今からですか?」


「今から!」


「……はぁ、分かりました」


 僕はカメラを準備した。


 そして、トキ兄さんがカメラの前に立つ。


「いきますよ」


「おう!」


 録画ボタンを押す。


「はい三、二、一……」


 トキ兄さんが満面の笑みを浮かべた。


「さあ始まりました! 突撃!となりのお化けさん!」


 僕は思わず手を止めそうになった。


 ……番組名まで決まっていたのか。


「こんばんは! トキです!」


 トキ兄さんはノリノリだった。


「今日は女の幽霊が出るトンネルに行ってきます!」


 そしてカメラに向かって指を突き出す。


「はたして、その幽霊と会う事が出来るのでしょうか!」


 少し間をおく。


「それでは今回も、迷える想いは――」


 一瞬だけ真剣な表情になる。


「オレが解き放つ!」


「……はーい、OKでーす」


 撮影を止める。


「どうだった?」


「……まあ、いいんじゃないですか」


「よし!」


 こうして、僕たちは追加の撮影を終えた。


 そこから編集を続けて、何度も映像を確認して。


 そして。


「……できました」


 僕がそう言うと、トキ兄さんが画面を覗き込んだ。


「マジか!」


「はい」


 画面には、僕たちが撮影した映像が流れている。


 まだまだ素人っぽい。


 編集だって完璧じゃない。


 それでも。


「……はぁー。なんか、いいな」


 トキ兄さんが呟いた。


「僕たちで作った動画ですからね」


「そうだな……」


 トキ兄さんは、少しだけ嬉しそうに笑った。


 僕も、なんとなく嬉しかった。


 そして僕たちの最初の動画は、こうして完成した。


「なあ!再生数伸びるかな?」


「そんなすぐには伸びませんよ」


「なんでだよー!こんなに面白い動画なのに」


「こんな一本だけじゃ、視聴者も見つけられないです。注目されるには、まだ何本も投稿しないと……」


「なるほど。急がば踊れ、だな」


「踊ってどうするんですか」


「踊れば注目されるだろー!」


「また、先人の知恵とかいうやつですか?」


「その通りだ!」


 トキ兄さんはどんな時でもポジティブなんだなぁと、改めて僕は思った。


 そのとき。


「ねえ」


 アイちゃんの声がした。


「ん?」


「次の動画なんだけど」


 僕とトキ兄さんが同時にスマホを見る。


「もう次の話?」


「何本も作るんでしょ?」


「そりゃそうだけど……」


「なら、次の場所を探しておいたわ」


 僕は少し驚いた。


「探したって、どうやって?」


「インターネット」


 アイちゃんは当然のように答えた。


「少し離れたところに、涙橋っていう橋があるの」


「涙橋?」


「昔から怪異の目撃情報があるみたい」


 僕は興味を持って、パソコンを開いた。


「ちょっと待って。僕も調べてみます」


 検索結果を追っていく。


 涙橋。


 その周辺では、昔から自殺が多かったという記述もある。


 戦争の際には激しい戦闘が行われ、多くの死者が出たという記録も目についた。


 そして、涙橋という名前の由来。


 かつてこの先に処刑場があり、処刑される者と、その家族がこの橋の上で涙の別れをしたことから、その名が付いたと書かれている。


「……随分、いろんな話が残ってるなー」


 僕は画面を見つめた。


「この場所には、いろんな人の想いが残ってるのかもしれませんね」


「だろ?」


 トキ兄さんが楽しそうに笑う。


「なら、次はそこだな!」


「決めるの早くないですか?」


「だって幽霊が出るんだろ?」


「いや、そうですけど……」


「行ってみようぜ!」


 トキ兄さんは、もう完全にその気だった。


「どんな幽霊がいるのか、直接聞いてみよう!」


「……また突撃インタビューする気ですか?」


「当たり前だろ!」


 僕はため息をついた。


「……まあ、いいですけど」


 そのとき、アイちゃんが小さく呟いた。


「……泣いている幽霊も出るらしいわよ」


「何!?」


 トキ兄さんが食いついた。


「泣く幽霊!?」


「目撃情報では、そういう話もあるみたい」


「よし!」


 トキ兄さんが立ち上がる。


「次は涙橋だ!」


 こうして僕たちの二本目の動画は、まだ撮影すら始まっていないのに。


 次の行き先だけは、あっさり決まった。


 ――涙橋。


 そこには、一体どんな「想い」が残っているのだろう。


 僕はパソコンの画面に表示された橋の写真を、しばらく眺めていた。

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