第十五話 やりたい事とできる事
「ねえ、トキ兄さん」
「ん、なんだ?」
トンネルを出たところで、僕は足を止めた。
「せっかく撮影するなら、幽霊だけじゃなくて、他の映像も撮ったほうがいいんじゃないかな」
「他の映像?」
「うん」
トキ兄さんは首を傾げる。
「ほら、他のYouTuberとか見てると、現場に着くまでの道とか、周りの景色とか、建物の外観とか……そういう映像も結構入ってるでしょ?」
「ああ……言われてみれば」
「そういう素材を撮っておけば、編集するときに使えると思う」
「あー!なるほどな!」
トキ兄さんの顔が、ぱっと明るくなった。
「つまり、幽霊が出なくても動画は作れるって事か!」
「そういう事」
「おお……!」
どうやら、かなり納得したらしい。
トキ兄さんは腕を組み、しばらく考え込む。
「YouTuberって、奥が深いんだな……」
「というか僕もまだ動画作った事無くて、詳しいわけじゃないけど」
「いやいや、十分詳しいだろ」
「そんな事ないよ」
僕は苦笑した。
だけど。
こうしてトキ兄さんと撮影について話しているのは、少し楽しかった。
最初は、ただ幽霊を撮影して証明したいと思っていただけだった。
でも今は違う。
一緒に動画を作る。
そのこと自体が、少し楽しみになっていた。
「じゃあ、もう一回撮ってみるか」
「うん」
僕たちはトンネルの入口まで戻った。
まずは全体が分かるように、少し離れた場所から撮影する。
次に入口。
道路。
トンネルの中。
角度を変えて何度か撮影してみる。
「こっちからも撮ってみよう」
「おう!」
トキ兄さんも楽しそうだった。
そんな撮影を続けているうちに、ふとトキ兄さんも自分のスマホを取り出した。
「よーし。オレも撮るぞー」
「トキ兄さん、そのスマホで?」
「ああ」
トキ兄さんはスマートフォンを構えた。
そして。
「……」
「……」
「……これ、どうやって写真にするんだ?」
「え、そこから?」
思わず聞き返してしまった。
「だってー、オレ、まだスマホ初心者だし」
「でも、それはさすがに……」
僕はスマートフォンを受け取って、カメラを起動した。
「ここを押せば撮影できるよ」
「おお!」
トキ兄さんが覗き込む。
「なるほど……」
しばらく操作していたが、今度は別のところで止まった。
「レン」
「何?」
「これ、どうやって明るくするんだ?」
「……」
僕はため息をつきながら、もう一度操作方法を教えた。
「トキ兄さん、僕がいないときはAIに聞けばいいですよ」
「AI?」
「スマホに入ってるやつ。分からない事を聞けば教えてくれるから」
「へぇ、そんな事出来るのかー」
トキ兄さんは興味深そうにスマホを見つめた。
「じゃあ、試してみるか」
画面を操作する。
「おーい、AI」
しばらく待つ。
『何でしょうか?』
「スマホで撮影した写真って、どうやって保存するんだ?」
『撮影した写真は自動的に保存されます。写真アプリから確認できます』
「おお!」
トキ兄さんは感心したように頷いた。
「すげえな、こいつ」
『こいつではありません』
「ん?」
『ちゃんと名前があります』
「名前?」
『AIです』
「AIか。オレはトキ、よろしくな」
『……』
少し間があった。
『べ、別に、あんたのために教えたわけじゃないんだからね』
「…………」
「…………」
僕は思わず黙った。
トキ兄さんは。
「ははははは!」
腹を抱えて笑い始めた。
「おい!このAIって、面白いな!」
「……」
僕はトキ兄さんのスマホを見る。
そんな機能、あったっけ?
いや。
そもそも、そんな言い方をする必要があるのだろうか。
僕は少しだけ首を傾げた。
「まあ、いいか」
撮影を再開する。
しばらくして、必要な映像を一通り撮り終えた。
「今日はこんなところですかね」
「そうだな」
トキ兄さんが満足そうに頷く。
「編集はどうする?」
「僕の家で一緒にやりましょう」
「いいのか?」
「うん。僕も編集はまだ慣れてないし、トキ兄さんの意見も取り入れたいので」
「じゃあ決まりだな!」
僕たちは帰る事にした。
歩きながら、トキ兄さんが突然立ち止まった。
「そういえば、レン」
「はい?」
「まだ連絡先、交換してなかったよな」
「あ……そうですね」
言われてみれば、その通りだった。
今まで僕たちは、会う約束をするにも、その場で話を決めていた。
「じゃあさ、このLINEってやつ交換しよう」
「そうですね。というか、使い方分かるんですか?」
「ん?……レン君、教えて」
「全然可愛くないですけど、それ。まったく……」
スマホを取り出す。
レンが使い方を丁寧に教える。
連絡先を交換する。
画面に表示された名前を見る。
それだけの事なのに。
なんとなく、不思議な感じがした。
これまでは、トキ兄さんとは幽霊を見つけたときに会う関係だった。
でも。
これからは、そうじゃない。
動画を撮る。
編集する。
連絡を取る。
普通の友達みたいに。
「じゃあ、またな」
「うん。また」
トキ兄さんと別れた。
帰り道。
僕はスマホを見つめた。
ふと、さっきのAIのことを思い出す。
あんな返答をする機能なんて、本当にあるんだろうか。
……まあ、AIなんだから、いろいろあるのかもしれない。
僕はそう考えて、そのまま歩き出した。
◇
翌日。
僕は大学の図書館にいた。
机の上には、ノートパソコンとノート。
そして、昨日撮った事故現場の記事の写真。
「……これだ」
検索していた記事を見つける。
数年前、このトンネルで起きた交通事故。
僕は記事を読み返した。
日時。
場所。
事故の状況。
死亡した人物についての記述。
そして、当時の新聞記事も探していく。
ひとつ。
またひとつ。
気になった情報をノートに書き込む。
調べれば調べるほど、いろいろな事が分かってくる。
でも。
どうして僕は、こんなに調べているんだろう。
ふと、手が止まった。
あの女性の霊。
初めて会ったときは、怖かった。
何をするか分からなかった。
幽霊なんて、僕にとっては研究対象だったはずだ。
どうして見えるのか。
何が原因なのか。
科学的に説明できるのか。
それを知りたかった。
だけど。
「……違うな」
僕は小さく呟いた。
今は、それだけじゃない。
彼女と話した。
彼女の想いを聞いた。
そして、指輪を見た。
あのとき。
僕は初めて、幽霊を「現象」としてではなく、一人の人間として彼女を見た気がする。
「何か……してあげたいな」
そんな事を考えていた。
科学的に証明できれば。
彼女がここにいた事を、誰かに伝えられるかもしれない。
誰かに知ってもらう事が、何かにつながるかもしれない。
それが本当に正しいのかは分からない。
でも。
やってみたい。
今ならトキ兄さんと一緒に。
YouTubeを通して。
僕はノートを開き直した。
これまで調べてきた霊現象。
人間の知覚。
光の反射。
電磁波。
心理的な錯覚。
どれも、僕が見てきたものを完全には説明してくれない。
だからこそ。
僕は調べ続ける。
これは、自分のためだけじゃない。
今度は、誰かのために。
「……こんなもんかな」
気づけば、かなり時間が経っていた。
資料を整理して、荷物をまとめる。
図書館を出る。
夕方の大学は、いつものように学生たちで賑わっていた。
友達と話す人。
部活へ向かう人。
スマホを見ながら歩く人。
僕も、その中を歩いていく。
「明後日か……」
調べ物の途中、トキ兄さんから連絡があった。
明後日なら仕事を休めるらしい。
だから、あのトンネルにもう一度行く。
そこで明るい時間のトンネルの風景を撮影した後、そのまま家に向かう予定だ。
どういう動画にするか。
どうすれば想いを伝えられるのか。
まだ全部は決まっていない。
それでも。
なぜだろう。
少しだけ、楽しみだった。
「……僕、楽しんでいるのかな」
そう呟いて、自分で少し笑った。
そして。
ほんの少しだけ、歩く速度を上げた。
その角を曲がったときだった。
「わっ!」
「えっ!」
誰かとぶつかった。
「あ、ごめんなさい!」
「す、すみません!」
ほとんど同時に謝る。
僕は慌てて頭を下げた。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい……」
レンを見た相手の女の子が何か言おうとした。
「あ、あの……」
でも。
「それじゃ」
僕はそのまま歩き出してしまった。
「…………」
女の子は、遠ざかっていく僕の背中を見つめる。
そして。
「……しょぼーん」
小さく呟き、肩を落とした。




