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第十三話 どこにいるの

 


 真夜中のトンネルは、昼間とはまるで別の場所に見えた。


「……この辺りですか?」


 レンがスマホのライトを向ける。


「たぶんな」


 隣に立つトキは、トンネルの奥をじっと見つめていた。


「この辺りに、女の幽霊が出るんだろ?」


「そうですね。昔から目撃情報があるみたいです」


「よし。今日はそいつを撮影するぞ!」


「……本当に撮るんですか?」


「何言ってんだよ。オレたち、何しに来たんだ?」


「いや、まぁ幽霊を撮影しに来たんですが」


 レンは小さくため息をついた。


「だったら堂々と撮ろうぜ」


 トキはそう言って、トンネルの奥へ歩き始めた。


 しばらく進む。


 車の音も、人の声も聞こえない。


 聞こえるのは、二人の足音だけだった。


「……なあ」


「はい?」


「いたぞ」


 トキ兄さんが立ち止まった。


 レンも前を見る。


 トンネルの暗がりに、女が立っていた。


 長い髪。


 白い肌。


 こちらを向いている。


 遠目でも分かるほど、美しい女だった。


「……見えた」


 レンの声が少し震えた。


「よし。じゃあ撮るぞ!」


 トキがスマホを構える。


「ちょ、ちょっと待って。いきなり撮影して大丈夫なんですか?」


「大丈夫だろ。幽霊なんだから」


「どういう理屈なんですか、それ」


 レンが呆れたように言った、その時だった。


 女の顔が、こちらを向いた。


 目が合う。


 そして――


 女は、トキたちを睨みつけた。


「……?」


 画面が暗くなった。


「ん?」


 トキがスマートフォンを振る。


「トキ兄さん?どうしたんですか?」


「スマホの電源、落ちたわ」


 レンが覗き込む。


「……本当ですね」


「さっきまで普通に動いてたよな?」


「はい」


 二人が女を見る。


 しかし、女は何も言わない。


 ただ、じっとこちらを見ている。


「……怒ってるんでしょうか」


「たぶんな」


「あの、いきなり撮影したからじゃないんですか?」


「あー!なるほどな!」


 トキ兄さんは腕を組んだ。


「じゃあ、出演交渉だな」


「……出演交渉?」


「そうだ。勝手に撮るから怒るんだ。だったら、ちゃんとお願いすればいい」


 トキ兄さんは女の前まで歩いていった。


「なあ、アンタ」


 女は黙っている。


「オレたち、別に怪しい者じゃないんだ」


 レンが小声で言った。


「十分怪しいと思うけど」


「そこは言うなって」


 トキ兄さんは咳払いをした。


「実はな、オレたちは幽霊を撮影して、動画を作ってるんだ」


 女は何も答えない。


「だから、よかったらアンタにも出演してもらいたいんだ」


 沈黙。


「……ギャラとかは出せないけど」


 レンが頭を抱えた。


「そういう問題じゃないと思う」


「えー?じゃあ、どうすりゃいいんだよ」


 トキ兄さんが困った顔をする。


 女は俯いたまま、何も言わなかった。


 その様子を見ていたレンが、一歩前へ出た。


「……試しに、僕から話してみてもいいですか?」


「おう!レン頼む」


 レンは女の前に立った。


 そして、できるだけ優しい声で話しかけた。


「突然撮影して、ごめんなさい」


 女は動かない。


「あの、驚かせるつもりはなかったんです」


 しばらく沈黙が続いた。


「……何か、困ってるんですか?」


 女の髪が、風もないのにわずかに揺れた。


「もし何か困った事があって、僕たちにできることがあるなら……」


 レンが言葉を止める。


 女の唇が、ほんの少し動いた。


「……探して」


「え?」


 レンが聞き返す。


 女は顔を上げ、レンの顔を見た。


「……私の……大事なもの」


 それだけ言うと、女の姿はゆっくりと薄れていった。


「あ!待って!」


 レンが手を伸ばす。


 しかし、もうそこには誰もいなかった。


「……消えたな」


 トキ兄さんが呟く。


「うん」


「大事なものって、何だ?」


「よく、分かりません」


 二人は顔を見合わせた。


「まぁ、探すしかないな」


 トキ兄さんが言った。


「……そうですね」


 二人はトンネルの中を探し始めた。


 しかし、しばらく探しても、それらしいものは見つからなかった。


「ゴミばっかりだなー」


「そうですね」


「そういえば女性の大事なものってなんだろな」


「……さぁ」


「指輪とか?」


「分かりません」


「ネックレス?」


「分かりません」


「財布?」


「だから分かりませんって」


「じゃあ何なんだよ……」


 結局、その日は何も見つけられなかった。


「今日は帰りましょう」


 レンが言った。


「明日、また探しましょう」


「……そうだな」


 二人はトンネルを後にした。


     *


 帰宅したトキ兄さんは、一人で今日の出来事を考えていた。


「……大事なもの、か」


 女の表情を思い出す。


 怒っていたようにも見えた。


 悲しんでいたようにも見えた。


 そして何より――


 何かを待っているように見えた。


「……何を探してるんだ?」


 トキ兄さんには、それが分からなかった。


 おもむろに筆を手に取った。


「死んでも見つけたい何か、ねえ」


 しばらく筆を眺めていた。


「あ、もしかしたら……」


 何かを思いついたように、目を細める。


「……このやり方なら、いけるかもな」


 トキは少し笑って、筆を手の中でくるくると回した。


     *


 レンは大学の図書館にいた。


 古い新聞記事や地域資料を調べる。


 トンネル。


 事故。


 女性。


 検索を続けていると、ひとつの記事が目に留まった。


 ――数十年前、このトンネルで若い女性が交通事故に遭い死亡。


「……これか」


 レンは記事を読み進める。


 詳しい身元や事故の状況は、簡単にしか書かれていなかった。


 ただ、若い女性だったということだけは分かった。


「大事なもの……」


 レンは考え込んだ。


 若い女性。


 トンネル。


 事故。


 そして、何かを探している。


「やっぱりアクセサリー……とか?」


 レンはそう呟いた。


「ただ、それだけじゃなさそうなんだよなぁ」


 記事からは、それ以上調べる事ができなかった。


 あの時の幽霊の表情を思い出した。


 初めは怒っているかの様な、怖い感じだった。


 ただ。


 怒りだけじゃない、別の感情にも思えた。


 自分達を見て、確認してそれで。


「……違うと、そう思った」


 あれは、待ち合わせをしている人がする様子にも感じた。


「もしかしたら、探しているのは」


 レンはメモに調べた内容を走り書きしていく。


 そして書き終えた時、一つの仮定を最後に書き足した。


「探しているのは……人かもしれない」


 レンはメモを見ながら、手の中でペンをくるくると回した。


     *


 翌日。


 二人は再びトンネルで落ち合った。


「昨日の女、まだいるかな」


「そりゃあ、いると思います」


「根拠は?」


「……なんとなく」


 レンは苦笑した。


「じゃあ、探そう」


「そうですね」


 二人はトンネルへ入った。


 しばらく歩いたところで、トキ兄さんが立ち止まる。


「レン」


「何ですか?」


「普通に探すんじゃなくて、ちょっと残留思念を辿ってみる」


「残留思念?」


「ああ。昨日の女が、ここで何をしていたのか。何か痕跡が残ってるかもしれない」


「そういうの、分かるんですか?」


「まあ、見てなって」


 トキ兄さんは目を細めた。


 ゆっくりと周囲を見渡す。


 そして――


「……あった」


「何が?」


「こっちだ」


 トキ兄さんが道路脇へ向かう。


 そこには、古びた側溝があった。


「この辺りだ」


「本当に?」


「微かだけど、何かが残ってる感じがする」


 レンはしゃがみ込んだ。


 側溝の中。


 泥と小石に埋もれた何かが見える。


「……ん?」


 指先で土を払う。


「トキ兄さん」


「どうした?」


「これ……」


 レンが拾い上げた。


 汚れて、傷だらけになった小さな指輪。


 二人は黙って、それを見つめた。


「……もしかして」


 レンが呟く。


「これが、あの人が探していた――」


 トキ兄さんも、指輪を見つめた。


「……大事なもの、かもな」


 トキはニコッと笑った。


 トンネルの奥から、冷たい風が吹き抜けた。


 二人は顔を見合わせる。


 そして、指輪を握りしめた。


「それじゃあ、答え合わせだ」


 闇に包まれたトンネルに向かって、二人は歩き出した。

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