終幕 そして彼女は——、灯火を見る
物語は——、……少しだけ時が戻る。
あの時——、ミラディアの胸を、【魔種因子】を、仮面の聖騎士の剣が刺し貫いた瞬間、その彼女の能力によってミラディアは最後の対話の機会を得ていた。
——何もない空間——、その中心に悲しげな表情のミラディアと、真剣な表情の仮面の聖騎士が立っている。
静かに自分を見つめるミラディアに、仮面の聖騎士は話しかけた。
「ミラディア……さん。全て思い出しましたか?」
その言葉に、ミラディアは穏やかな表情で頷いた。
「ええ……全部……」
「そう……ですか……」
「……」
そう言って黙り込む仮面の聖騎士に、ミラディアは小さく笑って言った。
「……わたくしは、リリィの言うとおり【旅の魔法使い】を嫌っていた。男だからと言うこともあるけど……、そもそもが彼に弄ばれた形だったリリィに同情して……、憤っていた」
「ミラディアさん……」
「でも……おかしな話よね? あの時の……、わたくしの過去を話した時のリリィから聞いた単純な問……。それを聞いて以降はすべてのリリィへの想いがなかったことになった……」
仮面の聖騎士はそのミラディアの言葉に眉を歪め——、ミラディアは静かに頷いた。
「……おそらくそれこそが【魔種因子】の本質だったのでしょうね……」
「……」
ミラディアは苦しげに目を瞑って、そして言葉を続ける。
「そして……、あの時も……」
ミラディアはかつてあったその事を思い出す。
リリィが【エルデンの魔窟】に封印されたその数年後——、グラーベン王国における【魔種因子】保有者による災厄が最終段階になった頃の話を——。
その頃——、ミラディアもまた【月星教会聖騎士団】に追い詰められつつあった。
そして——、その逃走劇の時に彼と再会したのだ。
——その彼とは、夫を殺して去った後に残された自分と夫の子ども——、
——アルフィン。
アルフィンは、おそらく母親を——、ミラディアを自ら追うためだったのだろう。
【月星教会聖騎士団】に入団して、その兵である【従騎士】の一人として働いていた。
そうしてミラディアを見つけた彼は——、怒りと悲しみの混ざった表情で、涙を流しながらミラディアに手にする剣を向けていた。
苦しげに——それでも嘲笑を消さない母親——ミラディアに、アルフィンは心のままに叫ぶ。
「……なぜ父さんの話を聞かなかった?!」
その言葉に嘲笑を深くしながらミラディアは言葉を返す。
「はあ? 何を……。話を聞く? そんな無駄なこと……」
その言葉を遮ってさらにアルフィン叫ぶ。
「なぜ!! 父さんを信じなかった!!」
その涙ながらの言葉を、心底蔑んだ目で聞くミラディア。
その心のなかに宿る夫への怒りとともに、息子であるアルフィンに向かって怨嗟の声を吐き出す。
「信じる? 馬鹿なの? あのクズを……あの浮気男をどう信じろと……」
その言葉の悪意に苦しげな表情を浮かべながらも——、アルフィンは悲しげな目で言った。
「アンタがあの時見たあの女の人……」
「あ?」
「……父さんの浮気相手じゃなかったんだよ……」
その言葉にミラディアの思考が一瞬停止した。
「……………………なに?」
「アンタが何処かに行って……、僕は必死に探したけどアンタはいなくて……、家に帰ったかと思って戻ったら……」
——そこに、父さんとその女の人が居た。
その言葉を聞いて、ミラディアは湧き上がってくる不安を抑え込みながら悪態をつく。
「…………は? それが浮気だって……」
しかし、無慈悲にも現実がその最後のあがきを終わらせる。
「父さんは僕に——、母さんの誕生日プレゼントにドレスを送るって……、その採寸をするために……、職人さんに、忙しい中でも頼んで来てもらったって……」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」
ミラディアは言葉を失う。アルフィンは哀しみのままに母親に訴える。
「……なんで……、アンタは……」
……なんで……、
……なんで!!
……するべき確認もぜずに——父さんを殺したんだ!!
ミラディアは首を横に振って後退る。
「……は、何を……嘘……」
でもアルフィンは逃すまいと、怒りのままにミラディアを言葉で打ち据える。
「嘘だと思いたいなら思えばいい……」
……僕は
……僕は!!
……アンタを、許さない!!
その時、ミラディアはあのリリィの言葉を思い出す。
——リリィが口に出した単純な問。
「……………………………………………………………………嘘」
『ん? よく分からないけど……』
「…………………………………………………………………………………………違う」
『ミラディアさあ……』
「……………………………………………………………………………………………………………………そんな話」
『……それが浮気だって……しっかり確認した?』
それは実のところ頭が冷えた頃に自分自身思ったことだった。
しかし——、そうした不安に苛まれていた頃、不意に考えなくなった事だった。
——何故か……不意に……。
でもそれは——、リリィのその単純な問によって一時的に思い出し……、
——それが心のなかに巣食うナニカを激怒させた。
そして今——、それが現実となっていた。
——最悪な予想が現実になっていた。
「うそ……違う……ちがう……噓……間違って……違う……ちがう……うそ……私は……」
……私は……
私……は……
……なんで確認しなかった?
そしてミラディアは思い出す。
——夫がその最後にミラディアへ向けて言った謝罪の言葉。
今までは「浮気したことへの謝罪」と解釈していたが——、その言葉の最後に続くものは何だったのか?
『ああ……、ミラディア……すまない……。僕が……君の——』
——気持ちをもっと考えて行動していれば……。
そう——、あのいつも優しい笑顔の夫であれば——、……絶対にそう言っただろう……。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
そうしてミラディアは全てを理解した。
——全ては自分の愚かな勘違いだった。
それでこともあろうに愛する夫を殺害して——、さらにはいらぬ災厄を王国全土に振りまいた。
勘違いが——、自分の愚かな思考が——、多く命を奪っていた。
——なぜ、あの時それに気が付かなかったのか?
夫が忙しく、不安が募っていた事も——ここまで来ると言い訳にはならない。
アルフィンが手にする刃が振り上げられる。それは自分への断罪の刃。
——愛する両親……、その母親が、愚かな勘違いから父親を殺害して……、多くの災厄すら引き起こした事への断罪と——
——止められなかった自分へ課した——、肉親としての決意の刃。
涙を流しながら——、怒りに顔を歪めながら——、
——それでも悲しそうな目でミラディアを見つめながら。
その刃は振り上げられる。
(……ああ……)
ミラディアは黙ってそれが振り下ろされるのを待つ。
自分には【無敵】がある——、おそらくアルフィンの刃は、その自動的な発動で回避されてしまう。
——それなら、あえて刃を受け入れる事が出来るようにしよう。
(……ごめんねアルフィン……。貴方にこんな事……)
そしてミラディアは終わりを待つ——、
——が……、
【誰が勝手に死んでいいと言った?】
「え?」
不意に誰かの声が頭に響く。そのミラディアの身体が勝手に動く。
「……え?!」
そして——、その手にした細身の両刃長剣が……、
……アルフィンの胸を貫いた。
「……あ、ああああああああああああああああああああああああ……」
【我の道具が……、勝手に死ぬな……。その邪魔なゴミカスを殺せ……】
その無慈悲な言葉を心で感じながら——、ミラディアは絶叫した。
「……いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
ミラディアのその身体が勝手に動く。その刃が——アルフィンが確実に死ぬように、とどめを刺そうと振るわれる——、……切り刻まれる。
「やめてええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
「かあ……さん……」
ミラディアが絶叫するその前で、アルフィンは涙を流しながら——そう呟いて事切れた。
その瞬間——、ミラディアの心に、その魂にヒビが入った。
「アルフィン……、アル……フィン……」
その魂の機能が崩壊を初めて——、その心の中の声は舌打ちする。
【……ち、脆いゴミカスが……、この程度で壊れたのか?】
心の中のその声の主——、【焦魔帝グラムザグ】は、その道具に負荷をかけすぎた事実をやっと理解した。
そしてミラディアは完全に動きを止めた。
そんな状況で——彼が現れた。
「……これは困ったことになったな……」
そう言って現れたのは【旅の魔法使い】。
小さくため息を付いて——そして言葉を続ける。
「ミラディア……、お前という優れた【魔種因子】適合者を手に入れるために……、どれだけ手間を掛けたと思っているのだ? ……勝手に壊れないでほしいのだが……」
その言葉にミラディアは反応しない。
「ふう……仕方がない……」
そうして【旅の魔法使い】は——、心と魂が壊れて動かないミラディアの、その耳元でささやく。
<お前は間違っていない……>
……?
<お前の夫は浮気をしていた……>
……。
<お前はその断罪をして……、そして今も正しい事を……、自分を苦しめた世界への復讐をしている……>
……。
<それとも……>
——お前は、その絶望を受け入れたいのか?
…………………………………………………………………………………………。
その言葉はミラディアの壊れた心と魂に浸透して——、それがそれ以上壊れないように世界に固定した。
——そうしてミラディアは【旅の魔法使い】の操り人形になった。
彼に対する言動——、ある意味媚びているそれは……、
——本当は恐怖……、
……おそらく、彼によって封じられた絶望の記憶……。
それを自由にできるのが彼——、【旅の魔法使い】だったからだろう。
◆◇◆
「わたくしは……、そうして……、【旅の魔法使い】の噓に縋った……」
あの時——、リリィとの再会の時に放った言葉がリフレインする。
——男なんてものは、必ず裏切るものです……。
「……夫は……本当にわたくしを愛していた……」
——男どもが語る愛なんて、欠片も信用できませんわ。
「……彼の愛を信じなかったのは……わたくし自身……」
——そう、男なんて……最悪で下劣な存在なのですわ!
「……最悪な誤解をして最悪な状況を招いたのは……わたくし……」
——だから……くだらぬ男どもなど、この世から消えるべきなのです!!
「……多くの犠牲者を出した……消えるべき存在は……わたくし……」
「そう……全部……、全部、言い訳……、彼を信じなかった自分の心を守るための……最低の……欺瞞……」
そしてあの制約も——、
真実を理解し——アルフィンによる断罪を受け入れようとしたミラディア。
しかしその断罪はグラムザグによって阻止され——、その悪意によってアルフィンをも手にかけてしまった。
——そう……、
その制約とはアルフィンのためのものであり——、
——心の奥に残った「もはやどうにもならない後悔と、贖罪の思い」の具現そのものだった。
◆◇◆
「貴方は……、多分……、わたくしを解放しに来てくれたのね?」
「……はい……、私の任務は……、魔種因子に捕縛されてただ利用されるだけの貴方を……、息子さんに成り代わって解放すること……。解放後に暴走を始めるであろう、魔種因子そのものは……ユウトさんたちが……」
「そう……」
「……」
「そんな顔しないで……。あの時、夫の真実を理解し……、自分の意志ではないとは言えアルフィンを手にかけてしまった時点で、わたくしの精神とその魂は崩壊を初めていた……。【焦魔帝グラムザグ】と【旅の魔法使い】は、そのすでに死んだわたくしを強引な形で保存して……、わたくしを……魂を集めるための器として、無理やり残した……」
「ミラディア……さん」
「……今の【焦魔帝グラムザグ】は……、魔種因子は……、その保有者という形でしか働かない……。何かしらの犠牲者を核としてしか機能しない……」
——わたくしはそのためだけに維持された……【魂の残骸】。
そのミラディアの言葉を聞いて——聖騎士の少女は静かに怒りを示す。
それをミラディアは一瞬驚いたような表情で見てから、笑顔になって言った。
「ふふふ……、ありがとう……。こんなどうしようもない……愚かな女のために……怒ってくれるのね?」
「ミラディア……さん!」
「……最後に一つだけ……お願い……」
「なんでしょうか……」
「貴方の……名前を聞きたいの……」
仮面の聖騎士は——一瞬ためらうが、しかし決意の表情でミラディアの言葉に答える。
「……はい、貴方には特別にお話します……」
「……」
「私の名前は……ディアナ……。父と母が……一所懸命考えてくれた……大切な名前です……」
「そう……、そう……」
そしてディアナはミラディアの前で仮面を外す。彼らの前では外せない仮面を……。
そのディアナの顔を——頬を優しく撫でながら、心の底から嬉しそうにミラディアは見つめた。
「ああ……、あの娘……未来に生きているのね? しっかりと……生きて貴方を生んだのね?」
「はい……!」
ヒビが入り崩壊を初めたミラディアの、その目から涙が溢れてくる。
それは後悔の冷たい涙ではなく——、温かなものを感じて……。
——ディアナもまた、それを見て涙を流す。
「……とても……お母さんにそっくりだわ……。これでは……仮面を付ける以外にはないわけね……」
「はい……」
いたずらっぽく笑うミラディアにディアナも泣きながら笑顔を向ける。
そして——、ミラディアは笑いながら続ける。
「もちろん……、お父さんの面影も見える……。ああ……、あの娘は……二人は……」
——幸せに——生きているのね?
満足そうに呟くミラディアに、ディアナもまた笑いながら答える。
「……ええ、仲が良すぎて……、子供のこっちが……嫉妬するくらいですから……」
「ふふふ……、あの娘達らしいわ……。でも……」
——本当に良かった……、これを見せてくれただけでも……わたくしは……幸福……よ……。
そうして——、死にきれないまま固定された魂の残骸は崩壊してゆく。——塵へと変わってゆく。
おそらくは——、現実世界で、【焦魔帝グラムザグ】の残存思念による、悪あがき的な魔種因子の暴走が始まるだろう。
——それを止めるのは——、彼らの……当事者の役割。
ディアナは、ミラディアを見送って……、そして思う。
(ならば私は——、その行く末を見届けて——、両親のところに帰ろう……)
——そして、その最後を話そう。
それは——、両親があの後、ある程度の経緯を知り——、ミラディアという女性が至った状況を理解した時に——、
——望んだことだから……。
◆◇◆
ミラディアの人生は後悔ばかりしかなかった。
愛しても——それに騙されて——、
愛しても——過去の痛みが真実の愛すら自ら終わらせる結果になった。
愛するものを——、勘違いで手にかけ。
愛するものとの愛子を——、失って。
自らも——、その全てを邪悪に利用され尽くして——。
——その魂の最後まで……。
最悪の人生——、後悔しかない人生——、
——希望の無い人生。
でも——、
それでも——、
その最後——、その魂が崩れる瞬間——、
——ミラディアは、もはや無いはずの胸に——温かいものを感じながら崩壊していった。
なぜなら彼女は見たのだ——、
その果てに——、
未来の果てに——、
確かに輝く希望の灯火を——。
——ディアナ……、
——……、
——……、
——……リリィ……。
それがミラディアがその最後の瞬間に出会った——、……幸福だった。
◆◇◆
そして——ディアナの意識は現実に帰ってくる。
剣をミラディアの胸に突き立てながら涙を流すディアナ——、その姿を光のない瞳で見つめるミラディアの身体は——、その顔には——、なお優しげな表情が残っていた。
——しかし——、
ドン!!
いきなりミラディアのその全身から禍々しい魔力の奔流が吹き出し始める。
ディアナはそのまま飛び退って——、そしてその全身が異形になりつつあるミラディアを睨んだ。
ミラディアの全身が、砕けながらも膨張を始める。
無理やりな強化で異形のモンスターと化しつつ——その身が崩壊してゆく。
それは、放っておいても終わるが——、それまでの間に多くの犠牲者を生むつもりのようだった。
——そのミラディアであったものは叫ぶ。
【おのれええええええええええええええええええええええええええ!! きさまあああああああああああああああああああああああああああああ!!】
「……お前は!!」
【よくもおおお……、あのゴミカスの魂を解放してくれたなああああああああ!!】
それは余りにも身勝手な怨嗟の声——。
すでに死んだ魂——、ミラディアを自身の核として、犠牲にして生き足掻きながら……。
そして、無理やりその最後まで利用し尽くしながら……。
——それを解放した……、犠牲者を解放した者に憎悪を向ける。
もはやディアナは——その心から湧き上がる怒りのままに絶叫した。
「グラムザグぅううううううううううううう!!」
——全てを台無しにした……、一人の哀れな死者を犠牲に生きながらえようとした……、その邪悪を睨んで。
——そして、後ろに控えているユウトたちに叫ぶ。
「……人の命を弄ぶ……あの外道に……、最後の悪あがきに……、引導を!!」
その涙ながらのディアナの訴えに——、
——ユウトとリリィは真剣な表情で答えた。
「……ああ、わかった!」
「任せておくがよい!」
——そうして、決着は起こった……。
◆◇◆
すべてが終わって、砦の前に静寂がもどった。
ユウトらはその場に静かに佇む仮面の聖騎士を見つめていた。
——その姿は、元の人間のものに戻っている。
しかし——、彼女は確かに一度【玄鱗龍姫】の姿を取っていた。
だからシルヴィンが彼女に向かって言葉をかける。
「助かった……、が、結局君は一体……」
「……」
仮面の聖騎士は、黙って皆の方に振り返る。
そしてシルヴィンを——、その後にユウトとリリィを見てから笑顔を作った。
「それは秘密です……」
「え?!」
絶句するシルヴィンに笑顔を向けて続ける。
「大丈夫ですよ……、多分、すぐにでも、そのうちに分かりますから……」
「え? それは?」
困惑の表情を作るシルヴィンを放おって仮面の聖騎士はユウトとリリィを見る。
「ユウトさん……リリィさん……、お元気で……。もうこれ以上の助力は出来ませんが……」
「君は……」「お主……」
「……絶対に未来を諦めないで下さいね」
そう言って笑う彼女に、二人は温かいものを感じて笑って頷いた。
「よし!」
満足そうに頷いた仮面の聖騎士は、その手にした剣を振るう。
空中に輝く十字傷がついて——そして人一人が通れる輝く穴になった。
「それじゃあお元気で!」
そういって仮面の聖騎士はその穴へと身を躍らせる。
次の瞬間にはそれは閉じて——、その場に何もなくなった。
ユウトはその胸に温もりの残り香を感じながら呟く。
「……あの子……本当に誰だったんだろうな?」
その言葉にリリィは黙って頷いた。
◆◇◆
輝く光の道を飛翔しながら仮面の聖騎士はその仮面を取る。
そして笑顔でその果てを見つめながら呟く。
その心に——確かに受け取った想いを宿しながら。
「……父さん……、母さん……、今から帰るね……」
そうして彼女は——、その果てに見える輝きを目指して飛翔したのである。




