中編 ミラディア——、痛みの根源
わたくしは——、ごく普通の家の出身でした。
ただ、父母の仲が悪く、その喧嘩を毎日のように悲しく見ていました。
その父は遊び人で、浮気をしては母を泣かせていました。
ある意味で——、それこそがわたくしの——思想の源泉なのかもしれません。
そうした家庭で育ち、そしてある程度大人になったわたくしも、恋をしました。
初めてお付き合いしたのは、とてもかっこいい私が通っていた王立学校の先輩でしたわ。
——とても、モテるお方でした。
そして、女性をアクセサリーとしてしかみていなかった方でした。
その事に気がついたのはもちろん「好きな人が出来たから……」とフラレてしばらく後のことです。
——そしてそれがある意味で、わたくしのその後の恋愛の行く末を示しておりました。
——それから、幾度も男性とお付き合いして……、その度に裏切られました。
まあ、わたくし自身が恋愛下手だったのかもしれません。
男性から見ていいように扱える、そういった雰囲気を醸し出していたのかもしれません。
——わたくしは……恋愛に不器用だったのです。
そうしてわたくしは一人ぼっちになりました。
男性を寄せ付けないように振る舞うようになりました。
ある意味で——悪あがきのようなものでした。
でも——、
——でも……、
本当は——、
わたくしには、おせっかいな昔なじみがいました。
子供の頃は——、一二度遊んだ程度で、幼馴染などとは言えない程度の、そんな関係の男の子。
でも大人になって再会して——、わたくしの姿を見た彼は、親身になってわたくしの生活の支援をするようになりました。
——まあ、生活のために関わるべき男性すら寄せ付けなかったあの頃のわたくし——、心配するのは当然でしょうね。
わたくしも——、生きるためには仕方ないと、いいように利用するつもりで彼に接していました。
——しかし、
……——。
ある日、彼にプロポーズされました。
「……僕は決して君を裏切らない……」と。
ええ、もちろん答えはNOですわ。
男性の言葉など——、信じられるはずが……、
……いいえ、本当は無理やり信じないようにしていたのでしょう。
男性に騙されて——、傷つくのが何よりも怖かった。
——だから、その後もわたくしの支援を一所懸命する彼を……、その後も拒絶しませんでした。
——そして……、それが原因で致命傷を受けることになりました。
幾度目の願いを受けて——、わたくしは彼を信じることにしました。
もう一度男性を信じることにしました。
無論、不安だらけでした。かつて手ひどく裏切られたその光景が、事あるごとにフラッシュバックする、——そういった状況でしたから。
でも、勇気を出しました。
「……僕は決して君を裏切らない……」という彼の言葉を信じました。
——そうしてわたくしと彼は……夫婦になりました。
……それは幸せな日々でした。
かつてが噓のようにとても幸せな日々でした。
いつも彼はわたくしのことを考えてくれて——、その脆い心を支えてくれました。
わたくしはかつてのトラウマを忘れて——、そして自然と彼を信じるようになりました。
そして——、お腹に彼との子供が出来た時……、生まれて一番の幸せを噛み締めました。
そうしてわたくしは彼と夫婦生活を続けました。
彼は——いつもわたくしにやさしい声をかけて……、息子であるアルフィンが嫉妬するほどでした。
——とても幸せでした。
あの時までは——、
そのアルフィンが子供学校を卒業して、王立学校に通えるようになる……、そんな時期の事。
その頃、彼は、仕事が忙しいと言って家を空ける期間が増えていました。
——色々あって、忘れていた過去を思い出したわたくしは、言いようのない不安を抱えていました。
そして——、その不安は現実になりました。
わたくしが、アルフィンの制服を取りに行こうと服飾のお店に向かっていた道中。
アルフィンとともに歩く……、その目前を男女が通りました。
——一人は見知らぬ美しい女性です。
しかし——、もう一人は……、仕事がある……と出ていって、まだ家に帰ってきていない夫でした。
——仕事であるはずの彼が……、心から楽しげに……、美しい女性と歩いていました。
わたくしは言葉を失い……、声をかけることも出来ませんでした。
それに気が付かずに……彼は女性と幸福そうな笑顔で——歩いていきました。
——何も聞こえなくなりました。
おそらくアルフィンが何かを訴えていたのでしょうが……、わたくしの耳には聞こえませんでした。
そのまま……、アルフィンをその場に置いて、わたくしは逃げ出しました。
全てから……逃げ出しました。
——辛く苦しい現実から……。
わたくしは裏切られました。
かつての男たちの嘲笑がフラッシュバックして吐きました。
そして気がつくと、街の路地裏で静かに泣いていました。
そんな時に——、わたくしにニヤけた笑顔を向ける、あの男——、
——【旅の魔法使い】が現れたのですわ。
「君は……、怒りと悲しみに苦しんでいるのかい? ならば……、それを晴らせる力と……、苦しまなくてすむ心をあげよう……」
——そうして、わたくしは……、その【魔種因子】を受け入れました。
そして、その【魔種因子】の能力を正しく受け入れた、ちょうど日の落ちた直後に——、すべてを終わらせるべく帰宅しました。
——ええ、彼はいつものように——表面上心配そうにわたくしを出迎えました。
だからわたくしは——、息子であるアルフィンが泣き叫ぶ前で……、あの裏切り者を縊り殺してやりました。
——ふふふ……本当にケッサクでしたわ……。
あの男……、最後に何を言ったと思いますか?
——謝罪ですわ……。
『ああ……、ミラディア……すまない……。僕が……君の——』
……ふふふふふふ……、わたくしに「……僕は決して君を裏切らない……」などと言っておきながら……、ああも裏切ってくれたクズ男。
その最後が……、浮気をした事の謝罪でしたの……。
……本当に笑えるお話です。
◆◇◆
そうして——、リリィはかつてミラディアから聞いた全てを話した。
「このような過去……、本来は話すべきではないじゃろうが……、あやつの攻略法を考えるうえで重要な内容だからな……」
「……」
リリィの話の内容に……、少し眉を寄せて考え込むユウト。リリィはそれを首を傾げて見つめる。
「どうしたのじゃ? ユウト……」
「え? あ……いや……、なんでも……」
ユウトはリリィに問われて、笑いながら首を横に振った。
すべての話を聞いたシルヴィンは眉を歪めて言葉を発する。
「……なるほど……、あれほど男性嫌悪を示しているのは、そういうことなのですね?」
「……あの、新しい無敵能力にたいする制約とやらも……、その男性嫌悪から来るものなのじゃろうな……」
「……」
シルヴィンは黙って目をつむる。それを見たリリィはさらに続ける。
「……ただ、腑に落ちんことが……幾つかある……」
「腑に落ちないこと?」
リリィの言葉にシルヴィンが首を傾げて問う。
——リリィは頷いて答えた。
「ミラディアは……、【旅の魔法使い】を男として嫌悪しておった。だからこそ同じく嫌悪しておる妾と気が合うと当時考えた……」
「え?」
「それが今は……我が愛しの【旅の魔法使い】様……などと……」
そのリリィの言葉にユウトとシルヴィンが顔を見合わせる。
——リリィは更に続ける。
「それに先程言った無敵能力にたいする制約……」
——【深い愛情を互いに向けている男女の、その子どもの攻撃に対しては機能しない】。
「いくらなんでも具体的すぎるとは思わんか?」
「「——!!」」
ユウトとシルヴィンは驚きの表情を作ってリリィを見つめる。
リリィは眉を歪めて言葉を続ける。
「……もしや……ミラディア……、妾が【エルデンの魔窟】に封印されて以降の期間に……【旅の魔法使い】あたりに何か精神的な術あたりを仕掛けられておるのでは?」
「……それって……」
ユウトが静かに——でも不安そうな表情でリリィを見る。
「……ユウト?」
「あのさ……、さっきの話しを聞いて……、俺も腑に落ちない点があって……。嫌な予感を感じていたんだ……」
「……腑に落ちない点……か、もしかしてこの話を聞いた当時の妾が……、アヤツに返した問いと同じかもしれんな……」
二人のその言葉にシルヴィン一人が首を傾げる。
「腑に落ちない点? 何かありましたか?」
そのシルヴィンの表情を、ユウトとリリィは静かに見つめてから、リリィは答えを返した。
「その話を聞いた当時……、妾は誰一人、ミラディアもレイレノールも味方だとは思っておらなんだ……。だから、適当に相手の感情も考えずに……思ったことを口に出した……」
……そういった単純な、そしてある意味当然の疑問……。
「リリィ……、まさか……?!」
ユウトが悲しげな表情を作ってリリィを見つめる。
——リリィは静かに頷いて言う。
「その……単純な問いをアヤツが聞いた時——、恐ろしい形相で怒りおってな? それ以降、アヤツは妾に付きまとわず、一言も話さぬようになった……」
そのリリィの言葉にシルヴィンは疑問符を浮かべながら問う。
「……単純な問い……とは一体?」
「うむ……」
リリィはユウトと顔を見合わせて頷きあう。
そしてリリィがその後に話した内容は、ユウトが予想した通りの内容だった。
「……あ……」
それを聞いたシルヴィンは絶句して言葉を失う。
リリィは苦しげな表情を浮かべて……、そして——
「嫌な予感がする……」
そう一言呟いた。
◆◇◆
——一時【旅の魔法使い】の元へと帰還していたミラディアは、その【旅の魔法使い】その人と【エルデンの魔窟】を目指していた。
「もうしわけありません……【旅の魔法使い】様のお手を煩わせるとは……」
「いいや……、今からリリィの顔を見るのが楽しみではあるからね……」
ミラディアの言葉にそう笑いながら答える【旅の魔法使い】。
彼はミラディアに笑顔を向けて言った。
「安心しなさい……、私が戦いの時に君の能力を加速強化して、隙をナシにしてあげよう……。そうすればいかなる存在も君を傷つけられない……」
「……ふふふ……ありがとうございます」
「……それに……」
【旅の魔法使い】は笑顔を消して——、ミラディアは静かに黙ってあの【仮面の聖騎士】を思い出す。
「……その強すぎる聖騎士とやら……、一目見てみたいからね……」
ミラディアが黙り込む前で——、元凶たる【旅の魔法使い】は、空に浮かぶ月を見上げた。
◆◇◆
——そして、そこから離れた場所——
砦を望む森の中にただ一人佇む仮面の聖騎士。
——その仮面を一時外した彼女は……、
静かに——でも決意の籠もった瞳で静かに空に浮かぶ月を見つめる。
「……父さん……母さん……。大丈夫……、二人が願った通り——真実を確かめて来るからね……」
——ミラディアさんの真実と……、その最後を……。




