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前編 男嫌いのミラディア

 その日の昼間——、【エルデンの魔窟】では緊迫した状況が繰り広げられていた。

 砦外を監視していた見張りの報告に、砦の管理者であるシルヴィンは驚きの表情を浮かべて絶句していた。


「……」

「シルヴィン様……いかが致しましょう……」


 その報告の異常さに、言葉を失っていたシルヴィンは、近くに控えているシスターに向かって言った。


「【エルデンの魔窟】の奥に向かって……、リリィ殿を呼んできていただけませんか?」

「……は……はい……」


 そのシルヴィンの言葉に、シスターは慌てた様子で【エルデンの魔窟】の入口へと向かった。

 その場に残ったシルヴィンと砦の聖騎士たちは、顔を見合わせて話し始める。


「……その【魔種因子】保有者らしき女は……、本当にたった一人なのですね?」

「はい……、何らかの伏兵を隠しているものと予想して、裏口から兵を放って索敵いたしましたが……、伏兵らしき者は見つからず……」

「それは……、いったい……何を考えている?」


 シルヴィンの疑問に見張りは答え——、それによってシルヴィンの表情がさらに苦しげに変わる。


(おかしい……、【魔種因子】保有者の能力は【上位魔種】を超えないのが普通……。そして、わが部隊の戦力はそれを超えて……、ゆえに【魔種因子】保有者がたった一人で攻めるのは不可能なハズ……)


 伏兵もなしに、たった一人の【魔種因子】保有者が——、砦の正門に向かって鼻歌交じりに歩いてきている。

 それはあまりに異常であり——、それゆえに、その【魔種因子】保有者が何かしら特別な力を持つのは必定といえた。


「とりあえず正門前に迎撃部隊を展開……、一旦様子見としましょう」

「は!」


 そして、シルヴィン以下聖騎士団は出撃してゆく。それが出迎えた【魔種因子】保有者は——当然の如く……。



 ◆◇◆



 正門前に聖騎士団が陣形を組んで武器を構えている。その最前列に立つのはシルヴィンである。

 その様子を見て——、【魔種因子】保有者ミラディアは心底楽しそうに笑った。


「あらあら……、聖騎士団の男どもが、わたくし一人に雁首そろえてご苦労さまですわね……(笑)」

「……」


 その楽しげな様子に、シルヴィンは警戒を濃くしてその女を睨む。

 それを見たミラディアは心底蔑むように嘲笑してシルヴィンに言う。


「ふふふふ……、いきなり攻撃してこないところを見ると……、()()()()のクセにそこそこ頭が回るようで……(笑) 褒めてさしあげますわ……」


 ——凄い、凄い(笑)。


 そういって明らかに嘲笑しながら手を叩くミラディア。それを睨みながらシルヴィンが答える。


「貴方は一体……、なにをしにここに——それも正面から来たのですか?」

「ん?」

「……」


 そのシルヴィンの言葉に一瞬呆けたような表情を浮かべてから、——いきなり爆笑し始めた。


「ふふふふ……はははははははは!」

「……?!」

「ククク……ねえ貴方……」


 ミラディアは肩を震わせて笑いながらシルヴィンに言う。


「……いくら頭の悪い男だからって……、その問いは頭悪すぎですわよ? まあ、さすが()()()()()()()の馬鹿さ加減は際限なしですわね……(笑)」

「……!」


 そのあまりの言動に、騎士団の面々の表情が引きつり始める。シルヴィンもまたこの目の前の女【魔種因子】保有者——ミラディアの性格を理解し始める。


「くくく……聖騎士総出でわたくしを囲んで……、おそらく安心してらっしゃるんでしょ? 男は暴力でしか物事を解決できないゴミカスですから……、女のわたくしを力と数で圧倒すれば……思い通りに出来る……、そう勘違いしてらっしゃる……」


 ミラディアは嘲笑を深くしながらシルヴィンら騎士団に言い放つ。そして——、


「いいですわよ? その男の奢りをその土俵の上で壊すことで——」


 ——思い知らせてあげますわ。


 ——と、不意に虚空からミラディアの手に細身の両刃長剣が現れる。彼女はそれを下段に構えると、シルヴィンらに向かって一気に間合いを詰めたのである。

 その戦闘動作の速さにシルヴィンが驚愕する。


「……迎撃!!」


 シルヴィンの言葉に、騎士団の遠距離火力である弓兵が動く。

 その矢がミラディアに向かって飛翔して、雨のように降り注いだ。


「ふふふ……!」

「な?!」


 その時、シルヴィンの目前で驚きの光景が展開される。

 その矢雨がミラディアの身に降り注ぎながらも——、その身を素通りしていったのである。


「まさか?!」

「残念……、馬鹿な男……(笑)」


 その間にミラディアとシルヴィンの間合いがゼロになる。そして——、


「腐れおちなさい……」

「く……?!」


 その神速の刃がシルヴィンの身に掠りそうになる。それを見てミラディアは嘲笑を深くして言った。


「ほらほら……もっと避けなさいな(笑) かすり傷でも受けたら最後……」


 ——貴方の()()()()が腐れ堕ちますわよ(笑)


「な?!」


 そのミラディアの言葉に、さすがのシルヴィンも顔を青くする。

 ミラディアは心底楽しそうに高速の剣を振るう。


(……く、マズイ!! この女は……!!)


「ははははははははははははははははは……、もっと無様に逃げなさい……(ゴミカス)……(笑)」


 ——もっと哀れに……、もっと愚かしく……(笑)。


「……それが貴方たち……(ゴミカス)にふさわしい姿でしょ(笑)?」


 楽しげに——、しかし凄まじく鋭い剣技でシルヴィンを追い詰めるミラディア。

 さすがのシルヴィンも攻めあぐねて防戦一方になる。……無論それだけでなく。


「隊長!!」

「……来るな!!」


 部下が加勢しようとするのをシルヴィンは怒声で押し留める。

 ミラディアの言葉が確かならば——、この女の剣は男にとってあまりに最悪すぎる。


(マズイ!! これは……!!)


 シルヴィンはそれでもミラディアの剣を避け続ける。

 わずかに——ミラディアの剣技がシルヴィンを超えていなかったのが救いだった。


 ——と、


「ミラディア!!」


 不意に砦の方から漆黒の何かが弾丸の如く飛んでくる。

 その弾丸——、無論リリィだが——、はミラディアに向けて鉤爪を振るい、そしてそれをミラディアは舌打ちしながら避けた。


「あら……お久しぶりね……リリィ」

「……ち、ミラディアか……、なんと厄介な……」


 ミラディアは間合いを開けて剣を構え、それにむかってリリィが鈎爪を向ける。

 その様子を息を整えながら見つめるシルヴィンの肩を【太陽剣】を手にしたユウトが叩いた。


「大丈夫か?」

「ユウト殿……、リリィ殿も助かりました」

「あ……ああ……」


 【太陽剣】を静かに構えるユウトと、同じく息を整えて剣を構え直すシルヴィン。

 ミラディアと相対しているリリィはその動きに気がついたのか、二人に向かって叫ぶ。


「二人とも……、騎士団どもも……皆下がれ……。コヤツは男にとって危険じゃ……」

「リリィ……」


 ユウトがその言葉に心配そうに一歩でかけるが……。


【警告に従ったほうがよろしいかと……。あの女の手にする剣から特殊で強力な毒素が検知されました】

「うえ? 太陽剣? それって……」

【この毒素は……、おそらく()()()を腐らせて、最終的に死をもたらすものと思われます……】

「うげ……」

【万が一、ユウト様がその毒素を受けた場合……、たとえ命が助かっても、リリィ様の()()を治める手段がなくなります……】


 その太陽剣の警告に、さすがのユウトも顔を引きつらせる。

 そんな様子の男たちを尻目に、ミラディアとリリィは互いに隙を探るように睨み合っていた。


「ククク……、情けない男どもですわね?」

「……は、男特攻の毒を扱いながらよくいうのぅ……」


 ミラディアは嘲笑し、リリィは冷や汗を飽きながらそれに相対する。

 ミラディアはその様子に嘲笑を深くしながら言った。


「わたくしの力……覚えてますわよね?」

「……ああ、覚えているとも……」


 リリィは憎々しげに睨みながらミラディアの隙を伺う。

 ハッキリ言って……、今の状況はかなりマズイ。


「……貴様の能力は……、その手にする刃に【男性器を腐らせる毒素】を付与する事……」


 ——だが……、


「無論、それだけが貴様の力の全貌ではない……」


 リリィはミラディアの能力がそれほど恐ろしいかを、——幾度も目の前で見ている。


「リリィ?」

「リリィ殿?」


 攻めあぐねている様子のリリィを、心配そうに見つめるユウトとシルヴィン。

 そんな二人に振り返らずにリリィは言う。


「……こいつの能力は……、()()……、要するに特定期間に受けるあらゆる攻撃を無効にすることじゃ……」

「「は?!」」


 さすがのシルヴィンも、そしてユウトもそのリリィの言葉に絶句する。

 ミラディアはその様子に笑いながら答える。


「ふふふ……、別に完全な無敵というわけでもありませんわ……、一度使うと再起動のためのチャージをしなければなりませんし……」

「は……ぬかせ……! そのチャージ時間もほんの僅かで……、ほぼ隙などないじゃろうに……」

「いいえ? 貴方は難しくとも、そこの聖騎士隊長ぐらいの剣速なら……なんとかいくのではなくて?」


 そのミラディアの言葉にシルヴィンが苦しげな表情を作る。

 覚悟の表情で一歩前に進もうとするシルヴィンをリリィが止める。


「来るでない! これは挑発じゃ……」

「しかし……」


 そのやり取りを楽しげに見つめるミラディアは、リリィに向かって言った。


「それに……、この無敵は……、完全な無敵でもないですし……」

「なに?」


 ミラディアのその言葉にリリィが困惑の表情を作る。

 それを楽しげに見つめながらミラディアはさらに続けた。


「わたくしの無敵には……制約をつけていますわ……」

「制約じゃと? そんなもの以前は……」

「……ふふふ……」


 困惑の表情を深くするリリィにミラディアはさらに続ける。


「その制約とは……、【深い愛情を互いに向けている男女の、その子どもの攻撃に対しては機能しない】ですわ……(笑)」

「……は?」


 そのミラディアの言葉に呆れた様子で絶句するリリィ。

 流石にユウトやシルヴィン——、そして騎士団の面々も驚きを隠せなかった。

 リリィは眉を歪めながらミラディアに言う。


「貴様……、以前にもまして拗らせておらんか?」

「ふふふ……余計なお世話ですわ……」


 リリィは、目の前のミラディアという【魔種因子】保有者が、男性嫌悪を拗らせている事は知っていた。

 そもそも【魔種因子】保有者になった切っ掛けこそ——、

 多くの男性に騙され——、弄ばれた果てに何とか掴んだ幸せを、その最後に愛した夫に【浮気】という形で裏切られたことなのだ。


「なんか妙な仲間意識を向けられて……いつも辛気臭い話を聞かされておったが……」

「余計なお世話ですわ……。現在進行形で——夫を持つなどという、愚かな行動を取っている貴方には言われたくありません」


 そのミラディアの言葉にリリィが怒りの表情を作る。


「……はん……、ユウトを馬鹿にするでない……」

「馬鹿を馬鹿にしてなにが悪いのですか?」


 ——男なんてものは、必ず裏切るものです……。


 ——男どもが語る愛なんて、欠片も信用できませんわ。


 ——そう、男なんて……最悪で下劣な存在なのですわ!


 ——だから……くだらぬ男どもなど、この世から消えるべきなのです!!


「……男の愛など欺瞞で……存在しないもの……。だから……、今までこの制約に当てはまったものは一人も出ていない……」

「は……、貴様の無敵は制約などわざわざ付ける必要はない……。ようするに貴様のその思想を証明するために……わざと付けたのか?」

「ふふふふ……、そう……その通ですわ!」


 そのミラディアの言葉にリリィは心底呆れた表情を作る。

 それを嘲笑を深くしながら見つめるミラディア。

 ——ミラディアは楽しそうに言う。


「では……、我が愛しの【旅の魔法使い】様のもとに下りなさいな……リリィ……」

「……?」


 ミラディアのその言葉を聞いて、リリィが一瞬困惑の表情を作る。そして——、


「我が愛しの【旅の魔法使い】様……?」

「ふふふ……そうです……」


 その言葉を聞いてさらに困惑を深くしたリリィは、首を傾げながらミラディアに問うた。


「貴様……いつからそのような事……?」


 そのリリィの言葉に、さすがのミラディアも困惑の表情を作る。

 リリィは黙り込むミラディアに向かってさらに言った。


「……貴様……、あの【旅の魔法使い】も……、()()()()()()()()()()()()はずじゃ……? だからこそ……()()()()()は妾に、妙に親しげに付きまとって来たのじゃろう?」

「……何を……言ってますの?」

「……?」


 互いに困惑した様子で見つめ合うリリィとミラディア。その様子にユウトやシルヴィンもおかしな感覚を得る。

 ミラディアはリリィを睨むと、その剣の切先を構えて言う。


「……すこし遊びすぎですわね……。リリィ……、我が軍門に下りなさい……」


 ミラディアはそう言うと、警戒心を深めて構えるリリィに向かって一気に駆ける。

 その動きは卓越した剣士の動きであり——、高い能力を持つものの、剣士としての訓練をしていないリリィでは対処しにくい動きであった。


「……ち……」

「そらそら!!」


 ザク! ザク!!


 リリィのその身から鮮血が周囲に飛ぶ。ユウトは見ていられずに走り出そうとするが——。


【ユウト様……、さすがに危険です!】


 ——太陽剣の声が止めた。


「でも……!」


 苦しげに訴えるユウトにシルヴィンが言う。


「ユウト殿はお下がりを……」

「シルヴィン……?」

「ユウト殿が()()になったら、この国の滅亡に直結しかねません……」

「うぐ……」


 シルヴィンは決意の表情でユウトの前に出てゆく。リリィの加勢をするつもりのようだった。


「た、隊長?!」

「大丈夫……、私の純潔は双児女神様に捧げている!!」


 そのシルヴィンの言葉に、その場の騎士団員全員が苦笑いした。


 ——と、その時……、


 ズバ!!


 不意にリリィとミラディアが切り結んでいる近くに、輝く十字が生まれる。

 そして——、


「——は?!」


 シルヴィンが驚愕する前で、その十字が大きく裂けて——、人一人が通れる輝く穴に変わった。


「なんですの?!」


 ミラディアもまたその光景に気が付き、驚いて目を見開く。

 ——そして……、


「……!!」


 その場に居る全員が驚愕の表情を作る。

 その輝く穴から——、


「……よ、っと……」


 ——()()()()()()()()、白みがかった黒髪をした【グラーベン王国月星教会聖騎士団】の紋章が入った鎧の女剣士が現れたのである。


「……聖騎士?!」


 シルヴィンが驚きとともに呟く。


「な……?!」


 あまりの事態に困惑の表情を作るミラディア。

 その騒然とした様子に——()()()()()()は、唯一見える唇を笑いに変化させて、その腰の剣を引き抜いた。


「……貴方がミラディアさんですね?」

「な!?」


 いきなり名を呼ばれてミラディアは警戒をする。

 仮面の聖騎士はその剣を下段に構えてから——そして呟いた。


「ここからは一旦私がお相手いたします……」


 ——お覚悟を……。


 その瞬間——、


「……!!」


 その仮面の聖騎士をその場の全員が見失う。

 ——いや、その動きが早すぎて——目視では追えないのである。


「——!!」


 ミラディアはそれでも何とか身を翻して後方へと飛び退る。


(……何?! なんですの?! わたくしは無敵が……)


 ……無敵があるはずのミラディアは、言いようのない不安感を感じてただ逃げに徹する。

 それを信じられない速度で追う仮面の聖騎士。


「く……」


 この事態になってミラディアは逃走を図る。しかし——


「……逃がすわけには……」


 ——と、ミラディアに追いすがっていた仮面の聖騎士が不意に動きを止める。

 ミラディアはその間に砦を背にして森の向こうへと走り去っていった。


「……」


 その場にいる全員が黙りこくって仮面の聖騎士を見つめる。

 その仮面の聖騎士は、静かに周囲を見回して誰にも聞こえない小さな言葉で呟いた。


「……(なるほど……あの()()が隠れていましたか……。でも……次は……)」


 そうして小さくため息を付く仮面の聖騎士に、シルヴィンが声をかける。


「……あ、あなたは……。月星教会の聖騎士……?」

「……え? あ……」


 シルヴィンに困惑の表情を向けられて、その仮面の聖騎士は狼狽えた様子で後退る。


「あ……、あの……、ご苦労さまです団長! 私は……その……、本部からの支援要員で……」

「……()()……?」

「……あ゛……」


 仮面の聖騎士は、一瞬絶句して頬を引きつらせる。

 ジト目で見つめるシルヴィンの表情に、乾いた笑いを浮かべながら仮面の聖騎士は後退ってゆく。

 そして——、


「……シルヴィン()()!! 私、ちょっと用事が……!!」


 そう、いきなり大声で叫んだ仮面の聖騎士は、一目散にその場を走り去ってゆく。

 その凄まじい速度には、だれも追いつけなかった。


「……えと?」

「なんなんじゃ……あれ……」


 見送るユウトとリリィもまた、ただ首を傾げるだけであった。



 ◆◇◆



 「く……あれは一体何なんですの?」


 先ほど眼の前に現れたおかしな仮面の聖騎士を思い出しながら、苦々しい様子でくちびるを噛むミラディア。

 あの聖騎士は——、その動きが余りにも早かった。

 おそらくあの動きは、かの聖騎士隊長シルヴィンを超えていると思われた。


「……手を考えねばなりませんね……」


 ミラディアはそう呟くと、一旦【旅の魔法使い】の元へと帰還するために、砦から離れる方向に森を歩き始めたのである。

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