第19話:神々の不条理な裁判と、黄金に輝く卵かけご飯
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『真・高天原』の中央回廊を抜けた俺たちの前に現れたのは、下界のすべてを見下ろすようにしてそびえ立つ、息を呑むほど巨大な『最高神殿』であった。
大理石の巨柱が並ぶ広大な謁見の間。その中央、まばゆい神聖な光を放つ玉座に鎮座していたのは、この世界のルールを司る傲慢なる黒幕――「最高創世神」の老人と、彼を囲む最高神議会の面々であった。
彼らは、正面から堂々と乱入してきた俺たち四人を、まるでゴミを見るかのような冷徹な眼光で見下ろした。
「――愚かなる下界の羽虫どもよ。よくぞここまで辿り着いたが、すべては遅い。世界の人口は増えすぎ、システムは腐敗した。我ら神々の絶対的な裁きにより、これより『世界の強制初期化』を執行する。お前たちの不条理な抵抗など、我が絶対権力の前には無意味。ここで大人しく、歴史から隠蔽(抹殺)されるが良い」
最高創世神が冷酷に手を掲げると、神殿全体の魔力密度が限界を突破し、空間そのものが軋み始めた。
「――ううむ。この、圧倒的な権力を笠に着て、下界の正義を鼻で笑う絶対的な支配構造。上田秀人先生の時代小説で、幕府の最高権力者が主人公を不条理な法と数の暴力で圧殺しようとする、あの息詰まるサスペンスそのものじゃないか」
俺は長法被の襟元を粋に正しながら、ボソリと脳内実況を呟いた。
「ツヨシ! お前は世界を創った最高神を前にして、まだその『うえだひでと』とかいう先生の話を続ける気!?」
カエデが魔導弓を構えながら、パニック寸前の声で叫んだ。最高神の放つプレッシャーの前に、エルフの長い耳が激しく震えている。
「この空間の魔力、今までの誰よりも不条理に高いわ! 触れただけで消し飛ばされそうよ!」
「カエデ殿の言う通りだ。これぞ真の最終決戦。ツヨシ、陣内、参るぞ!」
陣内先生が刀を抜き放ち、決死の構えを取る。紫苑も鋭い眼光で暗器を構えた。
「まあまあ皆さん、焦っちゃいけねえ。上田先生の作品に登場する粋な浪人ってやつはね、不条理な権力に対しては、真正面から逆らうのがお約束。そして池波正太郎先生なら、これ以上ない日常の贅沢として、この黄金の一杯を絶賛するはずだ」
俺はニヤリと不敵に笑うと、最高神の説教を完全に無視して、神殿の片隅にある美しい「神聖な巣箱」へと歩み寄った。そこには、聖地に住まうという純白の神鳥が産み落としたばかりの、手のひらサイズの美しい黄金の卵が並んでいたのだ。
「――よし、神々の鼻を明かす最高の『仕込み』を始めましょうや」
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「ツヨシ……お前、最高神が世界を滅ぼそうとしている前で、なぜ生卵を収穫しているのだ!?」
陣内先生のひっくり返った声が神殿に響くが、俺の「美食の浪人」としての手際は、ここが世界の命運をかけた大一番だからこそ、どこまでも飄々としていた。
俺が神鳥の巣から拝借したのは、殻の表面が真珠のように輝く『神の卵』。
これに合わせるのは、下町の三畳一間で長年熟成させてきた(という名の、脳内チートで極限まで旨味を引き出した)「ココノエ醤油」、そして過酷な登山道を越えてなお奇跡的に残っていた炊きたての「爆裂米の白飯」だ。
今夜の勝負メシは、日本のDNAに刻まれた究極のファストフードであり、シンプルにして至高の結晶――「卵かけご飯(TKG)」である。
池波先生は、飾らぬ日常の食の中にこそ、人間の真の幸福があると教えてくれた。
『炊きたての真っ白な飯の真ん中に、新鮮な生卵をパカッと落とす。そこへ上質な醤油を数滴垂らし、箸で小気味よくかき混ぜて一気にかき込む。これ以上の贅沢が、この世のどこにあるだろうか。気取った高級料理など、この一杯の前には形無しである――』
俺は最高神たちの呆然とした視線を浴びながら、マイお釜の蓋を開けた。ホカホカの真っ白な湯気が、神殿の冷徹な空気を一瞬で下町の温かさへと変えていく。
どんぶりに爆裂米の白飯を高く盛り、その真ん中に窪みを作る。
そこへ、神鳥の卵を優しく、パカッと割り落とした。
――ぷるんっ。
澄み切った純白の白身の中に、まるで太陽そのもののように濃厚で、黄金色に輝く大きな黄身が鎮座した。そこへ、ココノエ醤油を――トトトッと数滴、回しかける。
黄金の黄身、艶やかな黒い醤油、そして真っ白な白飯。
「さあ、おまたせしました! 神々の不条理を根底から揺るがす、究極の『卵かけご飯』の完成だ!」
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「愚か者が……! 我ら神々を前にして、下界の泥臭い生卵の飯を食うだと!? 無礼極まる――」
最高創世神が怒りで顔を逆立てたが、俺はもう右手の木箸を猛烈な勢いで動かしていた。
黄身を崩し、醤油と白身を、爆裂米の白飯と「十秒間」だけ完璧に、かつ優しくかき混ぜる。白飯全体が、まばゆい黄金色の衣をまとった。
俺はどんぶりを抱え、一気に口の中へサラサラとかき込んだ。
――サラサラ、ジュワァァァッ、トロロロロォォッ……!
「っ……!!!!」
美味い、美味すぎる! 脳内で池波先生が「うむ、やはり飯はこれが一番だな」と深く満足げにしみじみと頷く幻影がはっきりと見える。
神鳥の卵の黄身は、驚くほど濃厚で、クリーミー。生臭さは微塵もない。それが、ココノエ醤油のキリッとした塩気と大豆の旨味によって完璧に引き締められ、爆裂米の一粒一粒を黄金の旨味でコーティングしている。噛む必要すらないほどの滑らかさで、世界救済の緊張で縮こまっていた身体の芯へと、凄まじい幸福感とともに滑り込んでいく。
「……ツヨシ、私にも一膳くれ! 腹が据わるどころか、魂が揺さぶられる!」
陣内先生が、刀を置いてどんぶりに突撃してきた。お椀に分けたTKGをサラサラとかき込む。
「――ううむ、美味い! 濃厚にして至高の滑らかさ! 不条理な神の威圧など、この黄金の旨味の前には微塵も感じられんぞ!」
カエデも、最初は「生卵なんて……」と引いていたが、俺たちのあまりの美味そうな食べっぷりに我慢できず、意を決して一口流し込んだ。
――サラサラ。
「――っ!?!?」
瞬間、カエデのエルフの耳が、本日最高の鋭さでピンと直立した。
「な、なにこれ……! 卵のコクと醤油の風味がご飯に絡みついて、信じられないほど美味しい……! 身体が中から幸せで満たされていくわ……!」
紫苑も「ふふ、神様の説教を聞くより、この一杯を食う方がよっぽど有意義だねぇ」と、ハフハフと夢中で貪っていた。
「お、お前たち、何をふざけたことを……!」
玉座から立ち上がった最高創世神の鼻腔を、俺が全力でうちわで扇いだ「生卵とココノエ醤油の、極上の香ばしい匂い」が直撃した。
――きゅるるるるるるるる。
絶対的な神の威厳を誇っていた最高神の議会全員の腹から、 comical にも一斉に、凄まじい大音量で大合唱の如き胃袋の悲鳴が轟いた。
「な、何だこの、魂の根源を揺さぶるような、シンプルにして完璧な調和の匂いは……! 我ら神々は、数千年間、高尚な概念(魔力)ばかりを喰らってきたが……この、生卵と醤油という下界の豊かさは……何という、不条理なまでの暴力的な美味さの気配だ……っ!」
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「おい、最高神の旦那。高尚な議論ばかりしてないで、まずはこれでも食って、一度下界の本当の豊かさを知りなさいって」
俺は予備の黄金の卵かけご飯を、最高創世神の前へと平然と差し出した。
神の老人はガタガタと震える手で箸を取ると、本能に逆らえず、黄金の一杯を口へと流し込んだ。
「――っ!?!?!?」
瞬間、最高創世神の目から、大粒の涙がボロ、ボロと大理石の床へとこぼれ落ちた。
「美味い……美味すぎる……! 濃厚な命の味が、醤油のコクによって完璧な芸術となっておる……! 我らは、こんな素晴らしい食文化がある世界を、不条理なシステムで初期化しようとしていたのか……我らのやってきた統治こそ、大いなる『隠蔽』であった……っ!」
最高神がTKGの美味さに涙を流し、 comical に玉座の上で完全にフリーズした。
上田秀人先生の作品なら、不条理な権力の根底にある「思想」を、食の感動の力で完全に解体した瞬間だ。
だが、全ての神が納得したわけではなかった。
「――惑わされるな、最高神! 創世の規律は不滅だ! 浪人どもめ、まとめて塵に帰れ!」
最高神の背後に控えていた、狂信的な「超・最高神」の側近(ラスボス一歩手前の巨躯の神)が、激怒して巨大な魔導の光剣を抜き放ち、一斉に俺たちへ斬りかかってきた。空間そのものを切り裂く、一触即発の緊迫したサスペンス空間だ。
「おいおいお前ら、せっかく卵かけご飯で、神様もみんなで涙を流して和んでたんだ。その野暮な鉄臭さと不条理な光で、俺の最高の余韻を汚さないでくれよ」
俺は、突進してくる巨躯の神に向けて、眠るが如き無形の構えのまま、ひらりと前へ踏み込んだ。
右手には、魔導刀が――鞘に入ったままの状態で握られている。
(「居眠り磐音は、迫り来る不条理な光の嵐に対し、春の陽だまりにいるような完全な脱力のまま、神速の居合いを一閃した――」)
脳内の磐音モードが極限まで跳ね上がる。
――キィィィィィンッッッ!!!!
神殿全体を白昼の如く照らし出す、淒絶な白刃の閃光。
俺は彼の身体を斬ったのではない。チート能力によって視界に明確に見えていた、巨躯の神が放つ光剣の「魔力の特異点(核)」だけを、一瞬のうちに全て正確に刀の「峰(背の部分)」でパシィン、パシィンと叩き切ったのだ。
「な、何っ!? 我が絶対的な創世の光が、全て消された……!?」
武器の機能を完全に強制終了させられた巨躯の神は、驚愕して動きを止める。
「よし、おねんねの時間だ!」
俺はステップ一歩で、彼の懐へと滑り込んだ。
今野敏先生の作品に出てくる、一切の無駄を削ぎ落としたプロの特殊部隊の格闘術。刀を抜けば世界を救う神殿そのものを破壊してしまう。ならば、鞘のまま戦うのが合理的だ。
左手に持った魔導刀の「鞘」の先端を使い、巨躯の神の頸椎のツボを、無音で正確にトントンッ!と的確に打った。
「あ、が……」
巨躯の神は白目を剥いて、音もなく大理石の床の上に崩れ落ちた。完璧なる無音の制圧劇である。
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「……はぁ。お前は本当に、生卵を混ぜた直後も、不条理なほど強いのね」
カエデが、お椀に残った黄金のご飯を綺麗にさらいながら、呆れ果てた顔で俺を見ていた。
「いやいやカエデさん、これが江戸前の『TKGパワー』ってやつですよ」
卵かけご飯を完食して涙を拭った最高創世神は、静かに玉座に座り直すと、俺の前に進み出て、深く頭を下げた。
「見事な剣技、そして、我が魂を根底から変えた至高の食文化だ、ツヨシ殿。……我らの負けだ。下界の人間たちには、創世のシステムをも超越する真の豊かさがある。世界の初期化は、永遠に撤回しよう」
最高神が制御盤を操作すると、世界を破滅に導こうとしていた赤い魔導のカウントダウンが、フゥン……と静かに霧散していった。不条理な支配構造は、完全に卵かけご飯の力によって一刀両断にされたのだ。
「素晴らしい。上田先生の小説なら、ここでついに最高権力者の思想を調略し、世界に真の平穏が戻る瞬間だねぇ」
俺は腰の魔導刀をパチリと叩き、ニヤリと不敵に笑った。
だが、その瞬間。
気絶していた巨躯の神の懐から、最後の狂気――世界のすべての魔力を暴走させて自爆せんとする「終末の魔導コア」が、禍々しい漆黒の光を放ちながら神殿の真ん中で起動してしまったのだ。
「――ははは! 間に合わん! 世界はここで、私とともに爆発して消滅するのだ!」
起き上がった側近の神が狂気の一言を放つ。世界崩壊まで、あと数十秒。
「おいおい……俺の長屋のスローライフを、その不条理なリセットとやらで邪魔しないでくれよ」
俺は静かに魔導刀の柄に手をかけ、一歩前へ踏み出した。
いよいよ次が、全二十話のグランドフィナーレ、世界救済の最終一刀両断だ!




