第18話:神の軍勢との遭遇と、煙が目に沁みる蒲焼き
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天空の聖地『真・高天原』の黄金の正門をくぐると、そこには下界の喧騒とは無縁の、白く冷徹な神殿街がどこまでも広がっていた。
しかし、その静寂は平和を意味するものではなかった。
大理石の石畳を埋め尽くすようにして待ち受けていたのは、白銀の神聖具足を身にまとい、寸分の乱れもない完璧な陣形を敷いた総勢数百人の集団――この世界の初期化を盲信する、最高神直属の『神聖近衛隠密団』の軍勢であった。
「――ううむ。この、数にして圧倒的不利でありながら、一歩も引けぬ巨大な壁に立ち向かうプロフェッショナル同士の衝突。今野敏先生や堂場瞬一先生の警察小説で、個々の正義を胸に秘めた精鋭たちが、組織の巨大な理不尽の包囲網と真っ正面から激突する、あの息詰まる緊迫感そのものじゃないか」
俺は長法被の裾を軽く払い、不敵な脳内実況を口に出した。
「ツヨシ! 前を見て前を! あそこにいるのは、お城の憲兵部隊や闇組織の用心棒とは格が違う『神の軍勢』よ!?」
カエデが魔導弓を限界まで引き絞りながら、今にも張り裂けそうな声で怒鳴った。さすがに数百人の神々から放たれる圧倒的な神聖魔力のプレッシャーに、エルフの長い耳が恐怖で小さく震えている。
「彼らの正義は、世界を初期化してやり直すこと……。妥協なんて、一切通用しないわ!」
「カエデ殿の言う通り、これまでで最大の修羅場だな」
陣内先生も、刀の鯉口を切り、文字通り命をかける覚悟の殺気を放っている。紫苑すらも、懐の暗器を握りしめて表情を固くしていた。
「まあまあ皆さん、焦っちゃいけねえ。今野先生や堂場先生の作品に登場する本物のプロってやつはね、大仕事を成し遂げる前こそ、完璧に『腹を据える』もんです。この張り詰めた組織の規律と胃袋を『隠蔽』し、一網打尽にするには、やはりあの煙の魔力に頼るしかないだろ」
俺はニヤリと笑うと、黄金の門のすぐ脇にある、聖地の美しい清流(神々の池)を見つめた。
そこには、神の恵みを得て丸々と太った、ぬめり気のある漆黒の怪魚が、信じられないほどの数でウジャウジャと泳いでいたのだ。
「――よし、決戦の準備(仕込み)を始めましょうや」
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「ツヨシ……お前、神々を前にして、なぜ池で魚釣りをしているんだ!?」
陣内先生のひっくり返った声が響くが、俺の「美食の浪人」としての手際は、ここが修羅場だからこそ神速であった。
俺が神々の池から引き揚げたのは、体長一メートルを超える、丸々と太った『魔導アナゴ』。
見た目は巨大なウナギそのものだ。噛めば爆発的な滋養と、上質な脂が溢れ出すという。
俺はそいつの頭に目打ちを打ち込み、包丁を一閃させて一瞬で開き、骨を抜いて串を打った。
今夜の戦前メシは、江戸の下町で男たちが大一番の前に食した、スタミナの結晶――「うなぎ(アナゴ)の蒲焼き風」である。
池波正太郎先生は、その著書の中で、蒲焼きの煙の恐ろしさについて、こう書いておられた。
『蒲焼きというやつは、味もさることながら、あの炭火に落ちた脂が放つ煙の匂いこそが至高である。あの香ばしい匂いを嗅いで、胃袋を暴動させぬ男などこの世にはおらぬ。大仕事を控えた男たちが、無言でそれを胃袋に流し込み、腹の底から執念を燃え上がらせるのだ――』
俺は組み立て式の薪コンロに魔導炭を熾すと、ココノエ醤油、酒、そして魔導サトウキビの蜜をじっくりと煮詰めた「秘伝のタレ」を用意した。
素焼きにした魔導アナゴを一度蒸し、柔らかくしてから、特製タレにドブ浸けして炭火の上へと並べた。
――ジワジワ、チリチリ……。ジュワァァァッ!!!!
炭火の上に落ちたタレと脂が、パチパチと激しい音を立て、純白の煙を巻き上げた。
瞬く間に、大理石の冷徹な神殿街全体に、「醤油と蜜が焦げた、全人類……いや、全生物の食欲を根底から狂わせる、尋常ではないほど香ばしい匂い」が爆発的に広がっていった。
風下にいた、数百人の神聖近衛隠密団の軍勢が、その匂いを浴びた瞬間、ピクリと動きを止めた。
「な、何だこの、鼻を突く野蛮で、しかし暴力的に美味そうな匂いは……!?」
規律の塊のようだった神の軍勢の陣形が、匂いによって一瞬で comical に揺らぎ始めた。
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俺はお重(木箱)の中に炊きたての爆裂米の白飯を敷き、その上から、タレがこれでもかと染み込んで黄金色に輝く、ふっくらとした魔導アナゴの蒲焼きをドカンと載せた。
「さあ、おまたせしました! 神の軍勢を迎え撃つ、至高の『蒲焼き重』の完成だ!」
山椒に似たピリッとする薬草をハラリと散らす。
俺は箸で、肉厚な蒲焼きをごっそりとご飯ごと掴み、豪快に口の中へかき込んだ。
――モグモグ、フワァァァッ、ジュワァァァッ……!
「っ……!!!!」
美味い、美味すぎる! 脳内で池波先生が「これだ、男の勝負飯はこれに限る」と満足げに箸を動かす幻影がはっきりと見える。
じっくりと蒸されてから炙られた身は、驚くほどフワフワで、口の中で「とろり」と解けた。噛むたびに、魔導サトウキビの濃厚な甘みとココノエ醤油のキリッとしたコクが、アナゴの上質な脂と完璧に混ざり合い、爆裂米の白飯を猛烈な勢いで吸い込ませる。
「……ううむ、五臓六腑が熱く燃え上がるようだ!」
陣内先生が、汗を流しながら蒲焼き重を猛烈にかき込み始めた。カエデも、口の周りをタレだらけにして「んむ、んむ……! 美味しすぎて頭がどうにかなりそう……!」と、エルフの耳をピンと直立させて夢中で貪っている。
「おい、そこの浪人の旦那……」
突然、数百人の軍勢の先頭に立っていた、規律の塊のような神聖隠密団のリーダー(鋭い眼光の神様)が、じりじりとこちらに歩み寄ってきた。彼の美しい白銀の具足の隙間から、――きゅるるるるるる。と、凄まじい大音量で胃袋の悲鳴が神殿街に響き渡った。
「我らは神。下界の不浄な食い物など興味はない……興味はないが……その、炭火で焦げたタレの匂いは、我が神聖なる理性を……完全に破壊せんとしている。……私にも、それを一杯、職務執行として差し出しなさい」
プロの隠密(刑事)としてのプライドが、蒲焼きの匂いの前に comical に完全敗北した瞬間だった。
「はいよ、お侍……いや、神様の旦那! 江戸前の味だ、まずは落ち着いてこれを食いな!」
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俺が予備の蒲焼き重を差し出すと、神のリーダーは奪い取るようにして箸を動かし、豪快に口へと運んだ。
「――っ!?!?!?」
瞬間、神のリーダーの目が、これ以上ないほど見開かれた。
「な、何だこれは……! この身の柔らかさ、そしてこの甘辛いタレの奥深さ……! 組織の命令で、こんな美味い食材がある世界を初期化しようとしていたとは……我らは何という、大きな間違いを『隠蔽』しようとしていたのだ……!」
神のリーダーが、蒲焼きの美味さに涙を流してフリーズした。
だが、世の中そう甘くはない。
「――何をしている、神聖隠密団! 敵の不浄な罠に惑わされるな、一斉に殺せ!」
神殿の奥から、さらなる狂信的な神々の部隊数十人が、魔導の槍を構えて一斉に俺たちへ突撃してきた。今野敏先生の作品なら、プロの正義が入り乱れる、一触即発の緊迫した全面戦争の空間だ。
「おいおいお前ら、せっかく蒲焼きで、みんなで腹を割って話せそうな雰囲気になってたんだ。その野暮な鉄臭さで、俺の最高の余韻を汚さないでくれよ」
俺は、突進してくる神々に向けて、眠るが如き無形の構えのまま、ふらりと前へ踏み込んだ。
右手には、魔導刀が――鞘に入ったままの状態で握られている。
(「居眠り磐音は、迫り来る神聖な嵐に対し、春の陽だまりにいるような完全な脱力のまま、神速の居合いを一閃した――」)
脳内の磐音モードとチート能力が、完璧にシンクロする。
――ギィィィィィンッッッ!!!!
神殿街を白昼の如く照らし出す、淒絶な白刃の閃光。
俺は彼らの身体を斬ったのではない。チート能力によって視界に明確に見えていた、神々の持つ魔導槍の「魔力供給コード(隙間)」だけを、一瞬のうちに全て正確に刀の「峰(背の部分)」でパシィン、パシィンと叩き切ったのだ。
「な、何っ!? 我らの槍の光が、全て消えた……!?」
武器の機能を完全に強制終了させられた神々は、驚愕して動きを止める。
「よし、おねんねの時間だ!」
俺はステップ一歩で、彼らの懐へと滑り込んだ。
今野敏先生の作品に出てくる、一切の無駄を削ぎ落としたプロの特殊部隊の格闘術。刀を抜けば神聖な建物を傷つける、あるいはせっかく和解しかけた隠密団を怒らせる。ならば、鞘のまま戦うのが合理的だ。
左手に持った魔導刀の「鞘」の先端を使い、神々の頸椎のツボを、無音で正確にトントン、トンと的確に打っていく。
「あ、が……」「ウグッ!」「ママ、マイ……」
わずか数秒。
黄金の門の前で、音を一切立てることなく、突進してきた狂信的な神々数十人は、ツヨシの洗練された峰打ちと体術によって、一人も血を流すことなく全員が地面に転がり、気絶するか悶絶するかしていた。完璧なる無音の制圧劇である。
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「……はぁ。お前は本当に、蒲焼きの煙を浴びている時も、不条理なほど強いのね」
カエデが、お重に残ったタレをご飯に絡めながら、呆れ果てた顔で俺を見ていた。
「いやいやカエデさん、これが江戸前の『蒲焼きパワー』ってやつですよ。さあ、旦那、道を開けてもらいましょうや」
蒲焼きを完食して涙を拭った神聖隠密団のリーダーは、静かに白銀の具足を収めると、俺の前に進み出て、深く頭を下げた。
「見事な剣技、そして、我が魂を揺さぶる至高の食文化だ、ツヨシ殿。……いや、我らの負けだ。下界には、滅ぼしてはならぬ豊かさがある。最高神殿へと続く中央回廊の封印を解除しよう。……世界を、救ってくれ」
神のリーダーが制御盤を操作すると、中央回廊を塞いでいた巨大な光の壁が、フゥン……と静かに霧散していった。
「素晴らしい。今野先生や堂場先生の小説なら、ここでついに『組織の良心』と共闘し、ラスボスへと続く最終ルートが切り開かれる瞬間だねぇ」
俺は腰の魔導刀をパチリと叩き、ニヤリと不敵に笑った。
「ふう。魔導うなぎの蒲焼きのおかげで、神の軍勢も美味しく一刀両断できた。先生、カエデさん、紫苑さん。いよいよ次は、最高神殿の中枢、傲慢な最高創世神たちとの対決だ!」
俺は中央回廊の奥を見つめ、ぷはぁと満足げに息を吐いた。
「不条理な世界の初期化システムごと、最高神の鼻をこの魔導刀で一刀両断にしてやりましょうかね!」
蒲焼きの香ばしい煙が白く立ち込める中、新たなる最終決戦を見据える四人の影。
俺たちの目は、タレの濃厚な残り香とともに、かつてないほど鋭く、そして粋に輝いていたのだった。




