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異世界に転生しちゃったので浪人になってみた  作者: 羽越世雌
最終章:世界救済グルメ編
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17/20

第17話:世界の果ての道中と、芯に灯る塩むすび

1

世界を救う旅というのは、どうしてこうも極端に足元が険しくなるのだろうか。


大王都『ネオ・エド』の地下金庫で見つかった密書。それに導かれ、俺たち一行――俺、陣内先生、カエデ、そして新たに加わった元くノ一太夫の紫苑の四人は、この世界を裏から操る不条理な神々が住まうという天空の聖地『真・高天原(ネオ・タカマガハラ)』を目指していた。


だが、その道中である「神の登山道」は、お世辞にも快適な観光ルートとは言えなかった。

見上げる空は不気味な紫色に歪み、足元はゴツゴツとした黒い岩肌がどこまでも続いている。空気は薄く、一歩歩くたびに肺が燃えるように熱い。時折、雲の隙間から、翼幅が十メートルはあろうかという不気味な神獣が、獲物を探すように怪しい咆哮を響かせていた。


「――ううむ。この、一歩間違えれば底なしの谷へと真っ逆さまに落ちる極限のサバイバル。佐伯泰英先生の長編時代小説で、磐音が過酷な旅の途中で霧深き霊山に分け入り、己の限界に挑むあのストイックな旅情そのものじゃないか」


俺は長法被の裾をはためかせ、薄い空気の中でハァハァと息を切らしながらも、ボソリと脳内実況を呟いた。

「ツヨシ……! お前は本当に、この標高何千メートルという世界の果てでも、その『じだいしょうせつ』とかいうものの話を止めないのね!」

カエデが息も絶え絶えになりながら、俺の背中を弱々しく小突いてきた。エルフの誇り高き長い耳も、この極限の寒さと気圧のせいで、すっかり力なくへたってしまっている。

「もう、一歩も歩けないわ……。喉はカラカラだし、お腹と背中が完全に『隠蔽』されてくっつきそうよ……」


「カエデ殿の言う通りだ。これほど過酷な山道、先代の藩主の参勤交代でも経験したことがないぞ……」

さすがの堅物老侍・陣内先生も、刀を杖代わりに突いて膝をガクガクと震わせている。新メンバーの紫苑だけが、元くノ一の意地でなんとか平然を装っているが、その額には大粒の汗が滲んでいた。


全員の体力が限界を迎えた、まさにその時。

「よし、それじゃあ皆さん、あそこにある岩陰で、この過酷な旅路を生き抜くための『究極の原点』を胃袋に収めるとしましょうや」


俺はニヤリと笑うと、背負っていた竹籠を下ろした。


2

黒い岩肌の陰、風の死角となる場所に腰を下ろし、俺は携帯用の火鉢に煙の出ない魔導炭を熾した。


カエデが「こんな世界の果てで、一体何を仕込んできたのよ……」と弱々しく覗き込んでくる。

俺が取り出したのは、これまで下町での三畳一間生活からお家騒動の決戦まで、俺の旅を文字通り底から支え続けてくれた「爆裂米」、ただそれだけだった。


「今夜のメニューは、余計な具材を一切削ぎ落とした、爆裂米の『塩むすび』。そして、しゃもじで炙る『焼き味噌』だ!」


佐伯泰英先生の旅情小説でも、主人公の磐音が過酷な旅の途中で口にするのは、いつだって素朴な握り飯だった。極限の状況において、人間の五臓六腑が本当に欲するのは、派手な高級肉でもなければ、手の込んだソースでもない。ただの、米と、塩。それだけなのだ。


俺は登山道の脇で見つけた、神々の加護が宿るという清らかな「神の湧水」を使い、お釜で爆裂米を炊き上げた。


――パチ、パチパチパチ……!


薄い空気の中でも、爆裂米は力強く魔力の火花を散らし、真っ白な湯気とともに、圧倒的に甘く香ばしい匂いを世界の果ての冷気に解き放った。その匂いだけで、カエデの鼻がピクリと動き、陣内先生の喉がゴクリと鳴る。


炊きたての飯に合わせるのは、この山の岩壁からこっそり削り取ってきた、純度一〇〇パーセントの『神聖岩塩』。

俺は両手に神の湧水をつけ、神聖岩塩を手のひらにすり込むと、熱々の爆裂米を素手で包み込んだ。チート能力が発動し、米の一粒一粒の間に絶妙な空気が含まれ、崩れそうで崩れない完璧な三角形へと握り上げられていく。


さらに、大きな木製しゃもじの表面に、あのお馴染みのココノエ味噌を薄く塗り広げ、炭火の上でサッと炙った。


――チリチリ、ジワジワ……。


味噌の表面がかすかに焦げ、香ばしい、地球上で最も白飯を欲する匂いが岩陰に充満する。


「さあ、お立ち会い! 世界の果てで五臓六腑に灯火を宿す、至高の『塩むすびと焼き味噌』の完成だ!」


3

器の上に並んだのは、月光を浴びてキラキラと輝く純白の塩むすびが二つ。そして、こんがりと美しい焦げ目のついた焼き味噌。ただそれだけだ。


「能書きはいい、温かいうちに一気にかき込みな!」

俺は出来立ての塩むすびを鷲掴みにすると、豪快にガブリとやった。


――モグモグ、ジュワァァァッ……!


「――っ!!!!」

美味い! 思わず脳内で池波正太郎先生が「これだ、これこそが飯の原点だ」と深く満足げに、しみじみと頷く幻影がはっきりと見える。

具材は何も入っていない。だからこそ、神聖岩塩のキリッとした力強い塩気が、爆裂米が持つ本来の圧倒的な甘みをこれ以上ないほど鮮烈に引き立てる。噛むたびに米の水分が口の中に広がり、過酷な登山でカラカラに渇いていた五臓六腑へと、じわじわと染み渡っていくのがリアルに分かった。


続いて、しゃもじから焼き味噌を箸の先で少しだけ削り取り、口に運ぶ。

焦げた味噌の香ばしさと、大豆の濃厚なコク、そして微かな苦味が、冷え切った身体の芯を一瞬で熱く奮い立たせてくれた。


「……何ということだ。ただの塩と米が、これほど美味いとは」

陣内先生が、震える手で塩むすびを掴み、涙を流しながら豪快にかぶりついた。

「米の甘みが、この塩によって完璧な命の灯火となって腹に落ちる! 疲弊しきっていた身体に、凄絶な活力がみなぎるぞ!」

「……ん、んむっ! ほんと、信じられない……!」

カエデも、最初は「具も入ってないなんて……」と愚痴っていたが、一口食べた瞬間にエルフの耳をピンと直立させてフリーズ。その後は、口の周りに米粒をつけながら、 comical な様子で、両手で塩むすびを抱えて猛烈な勢いで頬張っていた。紫苑も「ふふ、王都の高級料亭のどんな皿も、この一握りには敵わないねぇ」と、粋に焼き味噌を舐めながら、塩むすびを美味そうに平らげていた。


「ははは、原点の味で度胸の据わりもバッチリだ。さて、腹が温まったところで――」


俺が地茶をズズッとすすろうとした、まさにその時だった。


岩陰の周囲の空間が、不気味にグニャリと歪んだ。

現れたのは、天空の聖地を守護する、全身からまばゆい雷光を放つ三頭の「神獣・雷オオカミ」の群れ。彼らは不条理な神の命令により、侵入者である俺たちをここで完全に『隠蔽(噛み殺す)』せんとして、鋭い牙を剥いていた。


過酷な世界の果て、退路のない崖の上での絶体絶命のサスペンス空間だ。


4

「グルゥゥゥ……!」

神獣たちが雷光を放ちながら、一斉に俺たちを仕留めんと空中へと躍り上がった。


「おのれ、神の獣め! 陣内、参る!」

陣内先生が即座に立ち上がり、抜刀しようとした。カエデも魔導の弓を構えようとする。


「おいおいお前ら、せっかく塩むすびと焼き味噌で、極上の原点の余韻に浸ってたんだ。その野暮なバリバリとした電気臭さで、俺の最高の五臓六腑を汚さないでくれよ」


俺は、塩むすびを左手に持ったまま、右手だけで腰の魔導刀を――鞘に入ったままの状態で引き抜いた。


(「居眠り磐音は、過酷な霊山の頂であっても、春の陽だまりにいるような完全な脱力のまま、風車のように鞘を振り回した――」)


脳内の磐音モードとチート能力が、この極限状態だからこそ、完璧に研ぎ澄まされる。

――パパパパァンッッッ!!!!


激しい打撃音が世界の果てに響き渡った。

襲い来る三頭の神獣の動きは、俺の目にはすべてスローモーションの如く映っていた。俺は、彼らの身体を傷つけることなく、放たれた雷光の「中心核(魔力の支点)」だけを、刀の「鞘」の絶妙な払いだけで、ピンポイントで全て正確に叩き落としたのだ。


「キャンッ!?」「クゥン……!」

雷の力を完全に強制終了させられた神獣たちは、ツヨシの圧倒的な技の前に戦意を喪失し、 comical にも尻尾を巻いて、そのまま崖の下へとコロンコロンと転がって逃げていった。誰一人、かすり傷一つ負っていない。完璧なる峰打ち(鞘打ち)の芸術である。


5

「……はぁ。お前は本当に、塩むすびを片手に持っている時も、不条理なほど強いのね」

カエデが、最後の一粒の米を名残惜しそうに口に放り込みながら、呆れ果てた顔で俺を見ていた。

「いやいやカエデさん、これが江戸前の『米と塩の底力』ってやつですよ。さあ、腹も据わった。一気に世界の頂点(本陣)へ突撃しましょうや」


神獣の急襲を平然と退けた俺たちの身体には、爆裂米と神聖岩塩がもたらした、凄まじい活力が満ち溢れていた。薄い空気も、極限の寒さも、もはや俺たちの歩みを止めることはできない。


俺たちは平然と神の登山道を駆け抜け、ついに雲の向こうにそびえ立つ、天空の聖地『真・高天原』の巨大な黄金の正門へとたどり着いた。


「ふう。やっぱり、過酷な旅路には塩むすびが一番よく似合うな。磐音の旅路もこれくらいタフだった」

俺は腰の魔導刀をカチャリと叩き、ニヤリと不敵に笑った。


「さあ、最終章の戦いは始まったばかりだ。正門の奥には、世界の初期化を目論むどんな神の軍勢が待ち受けているのやら。次なる極上のグルメとともに、奴らの不条理なシステムを、この魔導刀で一刀両断にしてやりましょうかね!」


歪んだ紫色の空の向こう、黄金の門を見つめる四人の影。

俺たちの目は、塩むすびの素朴な旨味とともに、かつてないほど鋭く、そして粋に輝いていたのだった。

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