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異世界に転生しちゃったので浪人になってみた  作者: 羽越世雌
第3章:大都会・王都潜入編
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13/20

第13話:大都会の洗礼と、砂を吐かない深川めし

1

大都会というのは、どこへ行っても息が詰まるほど人が多く、そして不条理なほど物価が高いものである。


お家騒動を見事に一刀両断にし、国元にまばゆいばかりの平和をもたらした俺たち一行がたどり着いたのは、異世界最大のメガシティ、大王都『ネオ・エド』であった。

縦横無尽に走る運河には無数の魔導船が行き交い、両脇には巨大な大商家や華やかな歓楽街が軒を連ねている。まさに、俺の脳内時代小説ライブラリーにある「活気あふれる江戸・日本橋」をファンタジー風に限界まで巨大化させたようなメガシティだ。


だが、華やかな表通りのすぐ裏側には、ジトっとした大都会特有の「闇」がとぐろを巻いていた。


「――家賃が、下町の三倍!? おいおいおい、いくら何でもふっかけすぎじゃないか、大家の旦那!」


俺は王都の場末、運河沿いに建つこれまた年季の入った木造長屋の一室で、新しい大家(なぜかやたらと体格のいいドワーフの親父)に向かって声を裏返した。

広さは相変わらずの三畳一間。畳は擦り切れて黄色を通り越し、うっすらと苔のような緑色が見えている。壁の隙間からは運河の湿った風が容赦なく吹き込んできた。


「へっ、これでも新参の浪人に貸してやるだけありがたいと思わなきゃいけねえな、ツヨシの旦那」

ドワーフの大家はキセルをごつごつと壁に叩きつけ、鼻で笑った。

「この王都じゃあ、中央の闇組織の息がかかった『悪徳ギルド』の許可がなきゃ、まともに長屋も借りられねえし、屋台を引くこともできねえんだ。大人しくその額を払うか、さもなきゃ今すぐ運河へ飛び込みな」


大家が去った後、俺は三畳一間の真ん中で深いため息をついた。

横では、カエデが財布の紐をギリギリと締めながら、涙目で俺を睨みつけている。

「ツヨシ……国元で弾正から貰ったお礼の金が、王都の物価と大家の請求のせいで、もう半分以下に減っているわ。この大都会は、ただ息をしているだけで金が消えていく底なし沼よ!」


「まあまあカエデさん、焦っちゃいけねえ。今野敏先生や堂場瞬一先生の警察小説を読んできたこの俺にはね、大都会の犯罪組織ってやつが新参者を徹底的に搾取する構造がよーく分かる。公安警察のようにじっくり潜入捜査を進めるためにも、まずはこの場所で『腹を据える』のが先決だろ?」


「お前は本当に、どこへ行っても飯のことばかりだな」

あきれ顔の陣内先生が、錆びかけた長屋の五徳(ごとく)を見つめながら苦笑する。


「江戸の下町で、バカ高い物価に苦しむ職人や浪人たちが愛した、飾らぬ一膳。大都会の洗礼で疲れ果てた胃袋には、あれしかないだろ」


俺は腰の魔導刀をきれいに畳の上へ置くと、なけなしの銅貨を握りしめ、長屋のすぐ裏を流れる運河の「泥船の市」へと向かった。


2

王都の運河沿いに並ぶ泥船の上では、お世辞にも高級とは言えない、しかし生命力に満ち溢れた下町の食材が格安で売られていた。

俺の目が留まったのは、泥まみれの木箱の中にゴロゴロと転がっている、奇妙な貝の群れだった。


見た目は、前世でよく見た「アサリ」のサイズをふた回りほど巨大化させたような貝だ。ただし、殻の表面がかすかに紫色に明滅し、時折「パチッ、パチッ」と小さな魔導の火花を散らしている。


「おじさん、この貝はなんだい?」

「ああ? そいつは『魔導アサリ』さ。運河の泥底にウジャウジャいるが、噛むと中の魔力スープが口の中で爆発するからって、気取った大商会の奴らは誰も買いやしねえよ。売れ残りでよければ、箱ごと一文でいいぜ」


「――ビンゴだ。箱ごと貰おう」


俺は快哉を叫んだ。前世の知識(という名の、時代小説の読み込み)が、この魔導アサリの調理法を瞬時に弾き出した。

今夜のメニューは、江戸・深川の漁師や職人たちが愛した、これぞ下町のファストフードの決定版、「深川めし(あさりご飯)」である。


池波正太郎先生は、その著書の中で深川めしについて、こう熱く語っておられた。

『あさりの身を、ネギと一緒に濃い目の味噌仕立てでサッと煮込み、炊きたての飯の上に汁ごと豪快にぶっかける。飾らぬ一膳なれど、あさりの滋味深い出汁と味噌のコクが、大都会ではたらく職人たちの胃の腑を最も芯から温めてくれるのだ――』


長屋の土間に戻り、俺はさっそく調理を開始した。

「ツヨシ、その怪しく光る貝をどうする気だ? 砂を吐かせなくて大丈夫なのか?」

陣内先生が心配そうに覗き込んでくる。

「先生、江戸のあさりは一晩かけて砂を吐かせますがね、この魔導アサリは魔力の火花(パチパチ)の勢いで、すでに自分から砂を完全に吐き出しちまってるんですよ。実にお手軽チートだ」


まずは、お馴染みのココノエ味噌を水で溶き、酒を少々加える。そこへ、ネギに酷似した香ばしい薬草のぶつ切りをどっさりと投入した。

鍋が沸騰したところへ、殻から剥いた魔導アサリの純白の身を滑り込ませる。


――ジューゥゥ、パチパチパチ……!


アサリが熱を帯びるたびに、中の魔力スープが弾け、味噌の香ばしい匂いとアサリの圧倒的に濃厚な磯の香りが、三畳一間に爆発的に広がっていった。隙間風に乗って、匂いは運河沿いの路地裏へと広がっていく。


さらに俺は、爆裂米の真っ白な白飯を、お釜でふっくらと、芯までツヤツヤに炊き上げた。


「さあ、おもたせしました! 大王都ネオ・エドの洗礼を吹き飛ばす、至高の『深川めし』だ!」


3

どんぶりの中に高く盛られたホカホカの白飯。その上から、アサリの旨味が限界まで溶け出した熱々の味噌スープを、身ごと豪快にトトトトッとぶっかけた。


仕上げに、刻んだ薬草をハラリと散らす。

汁を吸った白飯から極上の湯気が立ち上り、食べる前から胃袋を激しく刺激してくる。


「池波先生が『飾らぬ一膳こそ、旅の男の真の贅沢』と書いた通りだ。気取らない美味さを、まずは豪快にかき込もうじゃないか」


俺はどんぶりを抱え、箸で白飯とアサリをごっそりと掴み、一気に口の中へ流し込んだ。


――ズズッ、モグモグ、ジュワァァァッ……!


「っ……!!!!」

美味い、美味すぎる! 脳内で池波先生が「うむ、大都会の夜はこれに限るな」と満足げに深く頷く幻影がはっきりと見える。

魔導アサリを噛み締めた瞬間、殻の不気味さからは想像もつかないほどの上品で濃厚な出汁の旨味が、口の中で文字通り「爆発」した。ココノエ味噌のキリッとした塩気とコクが、アサリの磯の風味を完璧に引き立てている。

そこに爆裂米のふっくらとした甘みが絡み合い、噛む必要すらないほどの滑らかさで、大都会の冷たい風に晒されていた胃袋の底へとストレートに滑り込んでいく。


「……何という、滋味溢れる美味さだ。ツヨシ、私にも一膳くれ」

バカ高い物価に頭を抱えていたカエデが、あまりの香ばしい匂いに辛抱たまらんといった様子で、財布を放り出してにじり寄ってきた。

どんぶりを手渡し、カエデがズズズッと深川めしを流し込む。


「――っ!? なにこの、貝のスープの濃厚さ、信じられないわ……! お味噌の温かさが、王都の冷たさで縮こまっていた身体の中に、じんわりと広がっていく……」

元密偵のプライドを完全に忘れた comical な様子で、どんぶりを抱えて「ズズズ、ハフハフ」と、猛烈な勢いで深川めしを胃袋へ収めていくカエデ。陣内先生にいたっては、「これぞ下町の知恵、美味い飯の前には王都の喧騒など些事よ」と、涙目をしながら二杯目をおかわりしていた。


「ははは、度胸の据わりもバッチリだ。さて、ここからの作戦会議は――」


俺がそう言った、まさにその瞬間。

長屋の薄い障子の向こうから、ドカドカと、下品で乱暴な足音が近づいてきた。


「――おい! この三畳一間から、妙に美味そうな、嗅いだこともねえ海の匂いがしてくるぞ!」

「新参の浪人の分際で、悪徳ギルドへの『みかじめ料』も払わずに贅沢なメシを食ってんじゃねえよ!」


扉がバァァァン!!!と勢いよく蹴り破られた。


4

室内に躍り込んできたのは、闇組織の息がかかった地回りのゴロツキ(悪徳ギルドの構成員たち)が三人。

手には魔導の力を帯びた、赤く光る棍棒や短剣を握り、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべている。


上田秀人先生や今野敏先生の作品なら、ここで組織の末端を刺激すれば、大都会の巨大な包囲網に引っかかって潜入捜査が一発で破綻する、緊迫のサスペンス空間だ。


だが、俺の「時代小説マニア脳」は、満腹の状態でこそ最も冷徹に起動する。

「おいおいお前ら、せっかく深川めしで腹の底まで温まったんだ。その汚い鉄臭さで、俺の最高の余韻を汚さないでくれよ」


俺は座ったまま、お膳の上に残っていた太い木箸を二本、右手に挟んだ。


(「秋山小兵衛は、大都会の狭い路地裏や室内での戦いにおいて、決して大振りな剣は使わなかった。相手の戦闘意思を、最小限の動きで、瞬時に削ぎ落とすのがプロの技である――」)


「そらっ!」

俺が手首のスナップを利かせて木箸を投擲すると、それは矢のような速さで飛び、先頭のゴロツキが掲げていた魔導短剣の「刃の平」を、ピンポイントでパシィン!と粉砕した。


「な、何っ!? 木の箸で、俺の魔導短剣が……!?」

敵が驚愕して動きを止めた一瞬の隙に、俺は立ち上がりざま、魔導刀を――鞘に入ったままの状態で引き抜いた。


堂場瞬一先生の作品に登場する、一切の無駄を削ぎ落としたプロの刑事の格闘術のように、最短の合理的足運びで彼らの懐へと滑り込んだ。


一人の顎の下を柄頭でゴンッ!と突き上げ、振り返りざまにもう一人の手首を鞘でパシィン!と強く叩く。さらに、動揺して下がろうとした三人目の膝の裏を、刀の「峰(背の部分)」で小気味よく強打した。


「ぶふっ!?」「ウグッ!」「手が、痺れて……!」


わずか数秒。

狭い三畳一間の中で、闇組織のゴロツキ三人組は、ツヨシの洗練された峰打ちによって、一人も血を流すことなく全員が床の上に転がり、気絶するか悶絶するかしていた。完璧なる無音の制圧劇、ここに極まれり、である。


5

「……はぁ。お前は本当に、大都会の真ん中でも、飯を食った直後が一番強いのね」

カエデが、どんぶりを持ったまま、呆れ果てた顔で俺を見ていた。

「いやいやカエデさん、これが江戸前の『下町パワー』ってやつですよ。さあ、この転がったネズミたちから、王都の闇組織の情報(カード)を少し吐かせましょうや」


俺は気絶したゴロツキの胸元を漁り、彼らが持っていた闇ギルドの「身分証(不気味な黒い魔導コイン)」と、王都の裏の物流ルートが記された怪しげなメモを没収した。


「素晴らしい。今野先生や堂場先生の小説なら、ここでついに大都会の『組織犯罪』のしっぽを掴み、潜入捜査の第一歩が始まる瞬間だねぇ」

俺はコインを指先で弾き、ニヤリと不敵に笑った。


「ふう。深川めしのおかげで、大都会の洗礼も美味しく一刀両断できた。先生、カエデさん。王都の闇組織のしっぽは、確かに掴んだな」


俺は窓の外を流れる、月明かりを浴びた王都の巨大な運河を見つめ、ぷはぁと満足げに息を吐いた。


「次はこの王都の物流を独占しているという大商家(黒幕)の懐へ潜入だ。あの冷徹な利権構造ごと、奴らの陰謀をこの魔導刀で一刀両断にしてやりましょうかね!」


運河からの夜風が吹き込む三畳一間で、新たなる戦いを見据える三人の影。

俺たちの目は、深川めしの味噌とアサリの香ばしい残り香とともに、かつてないほど鋭く、そして粋に輝いていたのだった。

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