第12話:大砲起動の秒読みと、腹を据える一本うどん
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ゴゴゴゴゴゴ……と、真平城の最上階へと続く石壁が、不気味な重低音を立てて絶え間なく震えていた。
次席家老・大河内弾正の手引きによって、俺たち三人が潜入したのは、「大天守・制御の間」のすぐ手前にある隠し資材部屋。スリット状の小窓から外を覗けば、月光を浴びて妖しく黒光りする巨大な筒先――下町エリアを一瞬で灰にするという、あの『魔導大砲』がその禍々しい砲口を街へと向けていた。
「――ううむ。この、大地を揺るがすような不気味な駆動音。そして、刻一刻と藩の破滅が迫ってくる、逃げ場のないタイムリミット。上田秀人先生の『奥右筆秘帳』を読んできたこの俺には、今がまさに全二十話のちょうど折り返し地点、物語の最大の山場であることがハッキリと分かるぞ」
俺は黒装束の襟元を正しながら、ボソリと脳内実況を呟いた。
「ツヨシ! お前はこんな状況でも、まだその『じだいしょうせつ』とかいうものの話を続ける気か!?」
カエデが魔導の解除ツールを握りしめ、青ざめた顔で小声で怒鳴ってきた。エルフの長い耳が、焦りと恐怖でピンと張り詰めている。
「大砲の起動式まで、あと一時間もないのよ! 早くあの扉を突破して、制御盤に弾正から貰った暗号を入力しないと、下町の皆が……!」
「カエデ殿の言う通りだ、ツヨシ」
陣内先生も、刀の柄を握る手にじっとりと汗を滲ませ、息を荒くしている。
「新家老の奴、すでに大砲の最終充填を始めている。一刻の猶予もないぞ!」
「おっと、先生もカエデさんも、肩に力が入りすぎだ。上田先生の小説の主人公ならね、こういう絶対絶命のカウントダウンの時こそ、冷徹なまでに頭を冷やすもんです。それに……」
俺はニヤリと不敵に笑うと、物置小屋の片隅に転がっていた、手頃な大きさの組み立て式の薪コンロへと歩み寄った。
「『鬼平犯科帳』の鬼平こと長谷川平蔵公のように、どっしりと腹を据えて『一本うどん』をすするくらいの余裕がなきゃ、時代小説の主人公は張れないねぇ。これだけ太い運命を胃袋に収めりゃ、何があっても動じなくなるってなもんでさぁ!」
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「この大馬鹿者が! 本当に今からうどんを打つのか!?」
陣内先生がひっくり返った声を出すが、俺の「美食の探求者」としての手は、もう誰にも止められなかった。
池波正太郎先生の『鬼平犯科帳』に登場する、本所・弥勒寺前の茶店『ふじや』の名物、あの「一本うどん」。
池波先生の描写は、いつだって男の五臓六腑を激しく揺さぶる。
『器の中に、どすんと横たわる一本の巨大なうどん。通常のうどんの何倍もの太さがあり、それを濃い目のツユで、芯まで味が染み込むようにコトコトと気の遠くなるほど煮込む。これをガブリと囓り、熱いツユをすする。大仕事を前にした男たちの、これ以上ない腹の据え方である――』
さすがに、本来の一本うどんのように何時間も煮込む時間はない。だが、俺にはこの異世界の食材と、脳内チートがある。
俺は荷物の中から、下町を発つ前に大家のばあさんから貰った「魔導小麦粉」を取り出した。水を加えて力強く練り上げる。チート能力が発動し、小麦粉の中の魔力構造が一瞬で結合、通常の数十倍の速さで完璧なコシを持つ生地へと仕上がっていく。
細く切る時間など、端から省く。俺は生地を、直径三センチ以上、長さ数メートルという、まるで一本の大蛇のような極太の麺へと豪快に成形した。
薪コンロに火を熾し、鉄鍋をかける。
ココノエ醤油をベースにした濃い目のツユに、第一話から使い込んできたあの火炎鳥の干し肉からとった出汁を合わせ、さらに、すりおろした生姜に酷似したピリッとする薬草をこれでもかと投入した。
そこへ、極太の一本うどんをトドンの滑り込ませ、コトコトと煮込む。
――シュワシュワ、コトコト……。
魔導の熱によって、ツユの旨味が一瞬で麺の芯まで染み込んでいく。物置小屋の中に、これ以上ないほど力強く、香ばしい出汁の匂いが広がり、カエデの焦りをつんつんと刺激した。
「さあ、お立ち会い! 決戦前の大一番、腹を据える『一本うどん』の完成だ!」
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大きな器の中に、どすんと、とぐろを巻くようにして横たわる一本の巨大なうどん。
醤油色の濃いツユを湛え、上には生姜風の薬草が美しく載っている。
「能書きはいい、まずは食うんだ!」
俺は箸で極太の麺の端を掴み、豪快にガブリと囓りついた。
――ムグッ、モチィィィッ……。
「っ……!!!!」
美味い、美味すぎる! 脳内で池波先生が「うむ、これだけの太さがあれば、度胸も据わるな」と満足げに深く頷く幻影がはっきりと見える。
魔導小麦粉の圧倒的な弾力と歯ごたえ。噛むたびに、芯まで染み込んだ火炎鳥の濃厚な出汁と、ココノエ醤油のキリッとした塩気が口いっぱいに弾け飛ぶ。そこへ生姜の鮮烈な辛みがガツンと加わり、決戦前の弱気になりそうな心を、芯から奮い立たせてくれるのがリアルに分かった。
「……ツヨシ、私にも囓らせろ! この匂い、もう我慢できん!」
入り口で見張りをしていた陣内先生が、あまりの香ばしい匂いに刀を放り出し、箸を持って突撃してきた。麺の反対側の端を掴み、ガブリと囓る。
「――ううむ……っ! 重い、腹にずっしりと溜まるこの美味さ! 生姜の辛みが五臓六腑を駆け巡り、恐怖など微塵も感じなくなるぞ!」
カエデも、最初は「時計の針を見て! あと五分よ!?」と涙目で叫んでいたが、俺が「一本の麺を三人で分け合う、これぞ時代小説の旅の粋よ」と器を差し出すと、観念して麺の真ん中にガブリとかみついた。
「――っ!? なにこのモチモチ感、信じられないわ……。お腹の底がカチッと固定されたみたい。もう、何が来ても怖くないわね!」
元密偵のプライドを完全に忘れた comical な様子で、三人で一本の長い運命をズズズ、ハフハフと、目にも留まらぬ速さで胃袋へと収めていった。
「ふう、ごちそうさまでした。一本のうどんで、俺たちの腹は完璧に据わった。さあ、カエデさん、先生。藩の運命も、この一本で綺麗に繋ぎにいきましょうや!」
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「――そこまでだ、新家老の旦那」
大砲起動のわずか三分前。俺たちは満腹の状態で、大天守「制御の間」の重厚な鉄扉を、バァァァン!!!と勢いよく蹴り開けた。
室内の奥、巨大な魔導制御盤の前には、狂気の高笑いを浮かべながら起動レバーを握る、お家騒動の黒幕「新家老」が立っていた。そしてその周囲を、藩の最後の精鋭である、全身を白銀の鎧で固めた「近衛騎士団」の十数人が固めている。
「曲者かッ! 構わん、起動レバーを引け! 下町を灰にしろ!」
新家老が顔を真っ赤にして絶叫し、近衛騎士たちが一斉に魔導剣を抜いて突進してくる。
上田秀人先生の作品なら、ここでレバーが引かれればすべてが終わり。数千人の人生が一瞬で消滅する絶体絶命のサスペンス空間だ。
だが、俺の「時代小説マニア脳」は、最高潮の舞台でこそ最も冷徹に起動する。
「おいおいお前ら、せっかく一本うどんで腹が据わったんだ。その汚い大砲の音で、俺の耳を汚さないでくれよ」
俺は、白銀の騎士たちに向けて、眠るが如き無形の構えのまま前へ踏み込んだ。
右手はすでに、腰の魔導刀の柄にかかっている。
(「居眠り磐音は、向かってくる白銀の嵐に対し、春の陽だまりにいるような脱力のまま、神速の居合いを一閃した――」)
脳内の磐音モードが極限まで跳ね上がる。
――ギィィィィィンッッッ!!!!
夜空を切り裂くような、凄絶な白刃の閃光。
俺は彼らの身体を斬ったのではない。チート能力によって視界に明確に見えていた、白銀の甲冑の「関節の継ぎ目(僅かな隙間)」だけを、一瞬のうちに十数人分、すべて正確に刀の「峰(背の部分)」でパシィン、パシィンと叩き切ったのだ。
「な、何っ!? 我らの甲冑の魔力駆動が、止まった……!?」
関節を完璧に峰打ちされ、システムを強制終了させられた騎士たちは、重い鎧の重さに耐えかねて、 comical にも次々とその場にドスン、ドスンと崩れ落ち、身動きが取れなくなった。
「な、何をしている! 早くその浪人を殺せ!」
驚愕する新家老が、狂ったように起動レバーを力任せに引き下げようとする。
「そうはさせるかッ!」
カエデが、崩れ落ちた騎士たちの間をひらりと飛び越え、制御盤の前へと躍り出た。
弾正から授かった、最高機密の「緊急停止暗号」を、彼女の細い指先が目にも留まらぬ神速のタイピングで入力していく。
「解除コード、承認! 止まりなさい、大砲!」
――ファン、フゥゥゥン……。
大砲の不気味な重低音が、一瞬にして静まり返り、筒先の妖しい光が霧散していった。完全なる機能停止である。
「ば、馬鹿な……我が完璧な計画が、国を揺るがす我が大砲が、一本のうどんを食っていた浪人に……っ!!」
新家老は床に膝を突き、ガタガタと震えながら絶望の声を上げた。
そこへ、襖を押し開けて大河内弾正が本隊を引き連れて乱入してきた。
「新家老、そこまでだ! 貴様の不正と狂気、すべて白日の下に晒された。大人しく御用となれ!」
これにて、国元を揺るがした大お家騒動は、一本の太いうどんの力(?)によって、見事に一刀両断にされたのだった。
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藩の闇は払われ、城下町には本物の活気と平和が戻ってきた。
陣内先生と大河内弾正は、先代の藩主の遺影の前で手を取り合い、涙を流して藩の正常化を誓い合っていた。国元は、これ以上ないほどの大団円である。
「ふう。一本うどんのおかげで、藩の運命も一本で綺麗に繋がったねぇ」
長屋の三畳一間に戻った俺は、青畳の上でゴロリと横になりながら、満足げに息を吐いた。
「ツヨシ、お前という男は、本当に最初から最後まで食べ物の話ばかりだったな」
荷物を片付けていたカエデが、呆れ顔の、しかし確かな信頼を込めた笑顔をこちらに向けてきた。
だが、お家騒動を解決した俺の手元には、新家老の懐から剥ぎ取った、一枚の不穏な「密書」が残されていた。
そこには、中央のさらなる大都会に本拠地を置く「闇の組織の総帥」から送られた、怪しげな命令書が記されていたのだ。そこには、俺がまだ見ぬ、異世界のさらなる「最高峰の美食」の存在と、世界を揺るがす新たなる巨大な陰謀の予感が漂っていた。
俺の「時代小説マニア脳」が、ニヤリと不敵に笑う。
「お家騒動は解決したが……佐伯泰英先生のシリーズもね、一つの藩を救った後は、必ず中央の大都会へと舞台を移して、さらなる巨悪との戦いへとスケールアップしていくもんだ。俺の異世界浪人スローライフと美食の旅は、どうやら神様がまだ終わらせてくれないらしいな」
俺は畳の上から跳ね起き、腰の魔導刀をポンと叩いた。
「さあ、カエデさん、先生。国元の危機は救った。次はあの、まだ見ぬ大都会の闇を美味いもので釣るか、それとも一刀両断にするかだな!」
「また行く気か!」
カエデの小気味よい突っ込みが響き、俺たちの三畳一間に comical な笑い声が弾けた。
澄み渡る異世界の空の下、俺たちの、粋で、 comical で、最高に美味い【浪人スローライフ大活劇】は、次なる未知の舞台へと、最高の足取りで突き進んでいくのだった。
( 第2章・国元救出編 堂々完結! 次話、新たなる大都会編スタート!)




