エピローグ
放課後の教室には、ゆるやかな夕日とシトラスの香りが漂っていた。
スペアはノートを閉じ、ほっと息をつく。
ようやく平和な学園生活が戻ってきた――はずだった。
「お、いたいた」
ドアを開けて入ってきたのはブラックペッパー。
薄い笑みを浮かべ、教壇にもたれかかる。
「スペア、少しいいか。防香結界の実践レッスン、昨日の続きだ」
「え、今日も? まだ鼻の奥がピリピリしてんだけど……」
「大丈夫だ。優しくしてやる」
そう言いながら、ペッパーは当然のようにスペアの席の隣に腰を下ろす。
距離が、近い。
その瞬間――ドアが再び開いた。
「へぇ、熱心なことだな。俺のスペアに、ずいぶん馴れ馴れしくしてくれるじゃねぇか、黒胡椒」
笑顔のオレンが、ゆっくりと教室に入ってくる。
――笑ってはいるが、目が笑っていない。
「俺のスペア、ってなんだ」
ペッパーが眉を上げる。
「防香訓練中だ。私情を持ち込むな」
「私情じゃねぇ。こいつはこれから俺と部屋でお茶会の予定なんだよ」
オレンが笑顔のまま、ペッパーの肩をぽん、と叩く。
その手に微かに力がこもる。
「……お茶会、ね。防香結界より役に立つといいが」
「立つさ。少なくとも、リラックス効果はある」
バチバチ、と見えない火花が飛ぶ。
スペアは両手を上げて慌てて立ち上がる。
「ちょ、ちょっと待て! なんで急に張り合ってんだよ!」
「で、スペア」
ペッパーが静かに言う。
「どっちに行く?」
「そうだな」
オレンも同時に口を開く。
「どっちと過ごすか、決めてもらおうか」
「……なんでそうなるんだよ!? どっちもそんな予定聞いてねぇし!」
スペアの声が裏返る。
そのとき、廊下からひょいと顔を出したラベンダーが、にこりと笑った。
「スペア、たまには僕たちの部屋にも来なよ。
ゼラニウムが新しいお茶を調合してくれたんだ」
続いて、バラの香りと共に現れたゼラニウムが、片手に薔薇を掲げてキメ顔をする。
「私と一風呂行こう、スペア。花びら風呂で、心身ともに浄化だ」
「お前らまで参戦すんなぁっ!」
ジャスミンが窓際でくすくす笑う。
「スペア、あなたモテすぎよ。少し分けなさいな」
スペアは頭を抱えてうずくまり、涙目でぼやく。
「……俺の安住の地はどこに……
とりあえず、一旦……現実世界で休もうかな……」
そのつぶやきに、オレンが悪戯っぽく笑う。
「ダメ。今夜はオレンジティー淹れて待ってるからな」
ペッパーが鼻で笑う。
「……結界訓練の“補講”も忘れるな」
「どっちも聞けよ俺の話ーー!!」
――そんな香りと笑い声に包まれて、
香奏院の放課後は今日も平和に混ざっていくのだった。




