表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星の子2-とある青年の黙示録-  作者: あじのこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/63

55話 ある暑い日

伸一郎はふっと幼い頃の記憶に引き込まれた。

あのときの景色が、まるで昨日のことのように鮮明に脳裏に蘇る。


壁に囲まれた世界。冷たいコンクリートの床。自分だけが、そこにいないはずの存在のように感じた。


施設の子供たちの輪の外に、いつも自分がいた。輪に入りたくても入れず、声をかけられることも少なかった。ただ、ぽつんと取り残される日々。


——どうして、こんなところにいるんだろう。


その疑問に答えてくれる人はいない。父も母も、ある日からいなくなってしまった。


ここが「家」だと言われても、心のどこかでずっと違うと感じていた。


『……もう嫌だ、帰りたい。お父さんとお母さんに会いたい』


狭い部屋の片隅で、伸一郎は呟いた。誰も聞いていないはずなのに、自分の声がやけに大きく響く。冷たい空気が、胸の奥を締めつけるようだった。


「帰る」と言っても、どこへ?


それでも——


『行くしかない』


そう決めて、小さな荷物を抱えた。そのとき、背後からひそやかな声が聞こえた。


『伸一郎くん、どこ行くの?』


振り返ると、そこには雪がいた。


彼女は年下の女の子だったが、どこか大人びて見えた。白い肌に、まっすぐな黒髪。顔立ちは人形のように整っていて、まるで感情を捨てたかのような冷たい目をしていた。


その無表情な瞳が、伸一郎の心をざわつかせる。


『……別に、お前には関係ない』


突き放すように言った。


誰かに止められたくなかったし、何より、彼女のその冷たい目が苦手だった。まるで自分のすべてを見透かされているような気がして。


でも、雪は表情を変えないまま、小さく首を傾げた。


『わたし、伸一郎くんといっしょにいく』


静かな声だった。


伸一郎は一瞬、言葉に詰まる。雪がそんなことを言うなんて、思いもしなかった。彼女はいつも、周りの誰にも興味を示さないのに。


『……勝手にしろよ。』


不機嫌そうに吐き捨てたが、雪は気にした様子もなく、すっと伸一郎の隣に並んだ。


二人は施設を抜け出し、街へと歩いた。


暑い日だった。


陽炎が揺らめくアスファルトの上を、二人の影が伸びる。


やがて——帰るはずの家の前に立ったとき、全てが終わった。


そこには、知らない人たちがいた。


見知らぬ男が玄関先で庭の手入れをし、窓の向こうには笑い合う家族が見えた。知らない女の人が、知らない子供を抱き上げている。


そこに「自分」はいなかった。


『……どうしよう』


声にならない声が喉の奥で震えた。


ここは、もう自分の家ではない。父も母も、もういない。


帰る場所なんて、もうなかったんだ。


胸の奥に、冷たい絶望が広がる。


呆然と立ち尽くす伸一郎の肩に、ふいに小さな手が触れた。


雪だった。


何も言わず、ただそっと寄り添うように、彼の肩に手を置く。


その温もりが、なぜかひどく痛かった。


『……雪、お前……』


その時だった。


背後から足音が近づいてくる。


二人の存在に気づいたかのように、ゆっくりと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ