52話 家庭教師
「伸一郎君にまた会えるなんて思わなかったよ。まさか雪の幼馴染が君だったとはね」
「ええっと……」
「ああ、ごめんね。私は雪のお父様に頼まれて、魔法少女の……雪の家庭教師をしていてね」
タートルネックの男——如月智彌は、そう言いながらわざとらしく笑った。
その表情に、伸一郎は違和感を覚えた。
(……流れるような口調だ)
まるで最初から台本があったかのようにスラスラと話す。隙がない。こちらに質問を挟ませる余地すら与えない。
「家庭、教師?」
「いま雪は事情があって学校に行けなくてね。……聞いていなかったかな?」
聞いていない。そんな話、一度も。
平日はいつもセーラー服を着ていた。
だから、てっきり学校に通っているものだと——。
(……いや、待てよ)
思い返すと、以前、まだ学校のある時間帯に街で雪を見かけたことがあった。
そのとき雪は——。
「そういえば、あの時も……」
呟きかけたが、そこで気づく。
その時も、雪は男と一緒にいた。
タートルネックの。
「自宅にも帰っていないようだから正一さんに問い詰めたら、君のところで世話になっていると聞いてね。この半年間、気がつかなかったよ」
「如月さん……」
「雪のお父様と私の父は、親戚とは言えないほど遠い縁だけれど、仲が良くてね」
(聞いてもいないことを、よく話す男だな……)
伸一郎はぼんやりと思った。
それよりも、雪が学校に行っていないことを自分に話してくれていなかったことの方が、ショックだった。
(雪は、オレには何でも話してくれるって……そう思ってたのに)
……いや、違う。
(オレも、雪に言えないことがある。)
それなら、お互い様なのかもしれない。
「伸一郎君には長い間、雪がお世話になったね」
「……幼馴染ですから、当然のことをしたまでです」
「幼馴染とは言え、このままでは何かと迷惑だろう。雪は、然るべきところに移動してもらうよ」
「……!」
伸一郎は雪の方を見た。
しかし、雪は視線を合わせなかった。
伏せた瞳に睫毛の影が降りる。
(……長い睫毛だなぁ)
場面に似合わない感想を抱く自分に、心のどこかが警鐘を鳴らす。
本当に、それだけか?
——違う。
喉の奥がざらつく。
口の中に、わずかに鉄の味が広がった。
(また……変な考えが……)
伸一郎は自分の舌が動くのを感じ、慌てて奥歯を噛みしめた。
「雪ちゃん、それは……」
「雪は了承しているよ」
(そんなはずない——)
なんとか雪と視線を合わせようとするものの、その間に如月智彌の身体が滑り込むように割り込む。
雪、雪、雪。
(こいつ……)
さっきから無遠慮に呼び捨てにする男の声が、耳障りだった。
伸一郎の神経を、逆撫でするような響きだった。
(むしゃくしゃする……)
爪が、無意識に掌を抉るほどに力が入る。
爪の先から、黒い“何か”が滲みそうになるのを、必死に抑えた。
(駄目だ……)
「雪ちゃん……荷物、忘れ物ない?」
搾り出すように問いかける。
「……うん」
雪は、何も言わなかった。
ただ静かに、伸一郎の前から去ろうとしていた。
(……でも、これでいいんだ)
このまま一緒にいたら、いつかオレは——。
(雪を……食ってしまうかもしれない)
「……じゃあな」
伸一郎は、なるべく笑顔を浮かべて別れの言葉を呟いた。




