恋愛ごとは面倒ごと
「はぁ~、何とか朝食に間に合ったわ」
手を団扇代わりにパタパタと顔を仰ぎながら朝食のハムをフォークで口に運ぶロザリーの姿にメティは少し呆れた様に溜息を落とす。
「まったく、貴方達のお陰でわたくしまで朝食抜きにされる所でしたよ」
「ごめんなさい…」
私が小さく頭をさげると、彼女は少し肩を上げる仕草をして苦笑した。
「まあ、ロザリアさんが寝坊するのはよくあるけど貴方が寝坊なんて珍しいわね」
「はは、まあ色々ありまして少し疲れていた様です」
隣でニヤニヤしているロザリーの脛をつま先で小突くと半分涙目になり声を上げそうになったのを口を押えて耐えていた。その姿をメティはチラリと視線を送ってから私の方へと向き直る。
「そうね、休める時はちゃんと休まないと。それにしても殿下達の様子が元に戻ってくれたお陰で肩の荷が下りましたわ」
「クラス委員代理のお仕事、おつかれさまでした。サージ君がいなくとも結構様になっていましたから向いているんじゃないかしら」
「揶揄わないでないで頂戴、生徒会やら先生の雑用、クラスの相談とか結構大変よ。サージ君は毎日それを卒なく熟しているのは尊敬するわ。ああいう才能のある方が地方で埋もれている方が問題だと思うわね」
「確かにそうですね」
子爵家三男でもあるサージ君は小さい頃からアナンケ家へ出仕し、レイに仕えているがその能力たるは文武両道、気さくで優しく周りに色々配慮出来て頼りがいのある人だ。メティの友人であるカーリーさんやルシオネさんが火花を散らす位アピールに余念がないのは分かる気がする。もっとも、クラスの中には彼女ら以外も彼を狙ってる令嬢がチラホラといる様だが。
そんなサージ君の居る席の方に視線を動かすと、何故かレイと視線が合い慌てて視線をそらした。
(!?なんで私を見てるのよ…)
自分の顔が少し赤くなっているのを認識しながら目の前の朝食に意識を移す。見れば何時もの様にパンやパセリの乗った卵料理にハムとサラダの付け合わせなのだけど、今日は珍しくデザートに小さなプディングがついていた。レイの視線を避ける様にパンをかじりながらプディングを眺めていると、私の皿にパセリがそっと置かれた。
犯人の方に視線を動かせば、サムズアップしながらロザリーがウインクしている。いつも苦くて好きじゃないと言って私に押し付けているものを受け取っても嬉しくもないが、今はありがたく頂戴し口に放り込む。ほんのりとした苦みが少し赤くなった顔の温度を下げてくれる気がする。
食事が終わり、教科書をまとめて教室に向かおうとすると、レイが後ろから声を掛けて来た。
「一限目は語学だっけ?」
「え?うんそうね」
「んじゃその前にこれやるよ」
そう言われて差し出されたのは食事の時に出されたプディングの乗った小皿を差し出された。目が点になり、レイの顔とプディングを交互に見ているといつもの様なニカっとする笑顔でスプーンまでご丁寧に差し出して来るものだから思わずそれを手に取ってしまい、もう食べるしかない状況になってしまった。
「ええっと、なんかありがとう?」
「何で疑問形なんだよ、ペルは結構これ好きだろ?今日も美味そうに食ってたし」
たしかに祖国にはないこの蒸し菓子はここに来て初めて食べた時から結構気に入っていて、たまに食事について来るのを楽しみにしているのは確かなのだが。
「まあ、好きだけどこんな所で立って食べる訳にはいかないから…」
そう言いつつ、食堂の裏にあるラウンジのテーブルまで移動して椅子に座り手早く食べていると、ニコニコしながらレイがジッとこちらを見て来るので体を横にして隠す様に食べていると、レイは不満そうな顔をしだす。
「なんで隠すの?」
「いや、頂いたのはありがたいけどジッと見られると恥ずかしいんですけど、それに何でレイまで付いてくるの?もうすぐ一時限目が始まっちゃうでしょ?」
「皿を返さなきゃならないし」
「え?別にいいわよ、食べたのは私だから私が返してくるよ」
「いやいや、俺のテーブルにあったものだから俺が返して来るよ」
そんなおかしなやり取りをした後、結局二人で返しに行って教室へと戻って行ったのだが、その後二人でギリギリに教室に入ると、こちらに向けられるクラス全員の視線が今日にかぎって生暖かい。
昨日の夜の出来事から、レイは何故か色々と私に対して気を使って来るようになったので流石にそれが三、四日とも続くと、流石に鬱陶しく感じる様になってきてしまった。
「レイってば、そんなに色々気を使ってくれなくても…」
とある昼休み、いつもの様に図書館に向かう道すがら思わず愚痴を吐いてしまうと、隣にいたロザリーが呆れたような顔をする。
「うわ、なんて贅沢な悩みなんでしょ!」
「え?なにが?」
「だいたいペルは恋愛テーマの本を好んで読んでるくせにその手の主人公的行動ではなくて、むしろヒロインを助けるヒーロー的行動ばかりしてるから変なのよねえ」
「どういう事?」
「例えば、あたしと初めて会った時の事とか…」
ロザリーの話を聞いている内に、彼女が何を言いたいのかは何となくわかってくる。
思い返せば、レイと初めてあった幼少の頃から彼を助けり、ゴーレム戦では助っ人として戦ったり、パーティー会場の時は共闘戦。さらに誘拐事件時や魔女のランプ事件時もおおよそ恋愛小説のヒロインの行動とは程遠く、率先して最前線に立っている事が多かった。いや結果的にそうなってしまっただけなのだが…。
「う~ん、言われてみればそうなのかも…私は恋する乙女に向いてないのかしら」
「いやいや、最近は自立しているヒロイン像ってのも珍しくないから単にペルが甘え下手なのが原因でしょ。でもやっぱり必要以上な手助けを良しとしないなら、それはそれでちゃんと言うべきよ」
「うん」
めずらしく真面目に考えてくれているロザリーの言う通り、ちゃんと自分の気持ちを言うべきなのだろう。きっと彼も何が正解なのか分からないのかも知れないし、それは私自身も合わせて。
「所で私の事は兎も角として貴方の方はどうなってるの?最近は普通に接して話が出来るようになったのは良いけど、それ以外浮いた話はないわね」
「!あたしの方はいいのよ、元々お父様が持って来た話だし、ただの候補の一人で今後も候補が増える可能性も考えれば無理して恋愛に結び付けなくとも大丈夫よ」
目の泳ぐロザリーの様子を見ていると、あまりこの話はしない方が良いのかも知れない。きっと、二年、三年と級が上がると共に周りからのプレッシャーも上がるのは予想がつくし、今はそっとして置くべきなのだろう。
そんな事を考えている内に図書館に着き、扉を開けて中へ入り読みかけの本を手に取りいつもの窓際の席へと移動するとすでにロザリーは司書さんが見えない位置の席で居眠りを始めていて少し呆れながらもしおりを挟んだページを捲る。
それにしても同じ候補のメティの事と言い、後ろでほほ笑んでいるだけのジル殿下は彼女達をどう思っているのか謎だ。レイの様に分かりやすい性格なら良いのだが私自身、クラスメイトとして半年以上になるが未だに人となりが捕らえ切れない人物だ。本国には表面的な印象だけを伝えたが、今後はいろんな意味でももう少し注意深く見まもって行く必要があるだろう。




