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屋根の上で


「一体どうしたの? もしかして昨日の事を気にしてるの?だったら…」

 困惑しながらも屈み込んで彼の目線に合わせてみると、眉間にシワを寄せ目を強く閉じた表情からは後悔の念と口惜しさが滲み出ている様だった。


「君の婚約者になってから俺は少し浮かれていたのかも知れない。操られていた時、押し込められていた意識下では見えていたのに抗う事も出来なかった」


「・・・」


「挙句には君をナイフで傷つけてしまった。これでは…」

「婚約者失格ですか?」

 私の言葉にハッとした顔をし、レイは顔を上げてやっと目線を合わせてくれた。が、すぐに下を向いて目線を外す。そんな彼を見てこれは重症だなと思いつつ私は腰に手をやり大きな溜息を吐くと同時に納得させられるかどうかは賭けだが、大雑把な解決策を思いついていた。


「……ああ、そうだなそうなのかも知れない」

 絞り出すような声でそう答え視線を横に俯く姿を見て、傷はポーションで治ってるし傷跡はロザリー達のお陰で綺麗になくなっていると言っても彼の罪悪感はなくならないだろう。


 ならば。


「レイ、ちゃんと立って」

「あ、ああ」

 私の声にビクッとなりながらも素直に正面に立ってくれる。普段見慣れているつもりでもやはり私より頭一個半位背の高い彼は兄上と同じ位であろうか、改めて思う。


「じゃあ、少し屈んで目を瞑って」

「え?ああ」


 素直に従う彼の姿を少し可愛いと思いながらも小さく深呼吸をした。



――ボカッ!!!


 次の瞬間、体重を乗せた右ストレートが彼の左頬にクリーンヒットし、レイは不意打ちを食らった形で横へと倒れ込んでしまった。


「いってー!! な、なん!?」

 突然左頬に食らった一撃にレイは目を白黒させ頬を押えながら驚愕の顔で私の方を見ていた。


「うん、これでお互い様って事で手打ちにしましょう」


「え?その為に殴ったの?」


「ええ、だって結局のところ私の傷が跡形もなく治ってるのにも関わらず、操られて刺してしまったという事実だけが貴方を悩ませているなら、その罪悪感を失くす為に私も仕方なく(・・・・)殴ったという事です」

 しばらくポカンとして私のムチャな屁理屈を聞いて固まっていたが、ハッとして頭を左右に振って反論してくる。


「いやいやその理屈はオカシイだろ?だって俺は操られていたんだから」


「でも体が動かなくても自覚症状があったんだし、一緒一緒」

 笑顔で彼にそう言うと、突如プっと吹き出しその後は堰を切った様にゲラゲラと笑いだした。


「アッハッハッハッハ は~、いやペルちゃんらしいよその変な理屈。でもお陰で気持ちは軽くなったよ、ありがとう」


「それはよかったわ。それと、前々から気になっていたんだけど良い機会だから言っておくね。そのちゃん付けはそろそろやめて貰えると嬉しいかな」


「え?あ、ああ、そうだな。わかったよペル」


「はい」

 そう答えるとレイは私の手を取って抱き寄せてくれる。普段ならすり抜けて離れてしまうかも知れないが、夜が涼しくなり始めた今は彼の体の暖かさが素直に心地よい。



 しばらくお互いの体温を感じながら抱き合っていると、突如建物の影からランプの光がこちらに当てられ鋭い声が響く。

「そこにいるのは誰かしら?」


(!?)

 目を細め光の方向を見ると、夜の巡回をしている寮母の姿がそこにあった。寝間着姿の男女がこんな場所で抱き合っていれば大騒ぎだ。そう思いながらレイの顔を見ると明らかに動揺して目が泳いでいる。


「レイ、動かないで」

 小声で囁き咄嗟に彼の腰にガッチリ腕を回して、念を込めると瞬間移動が発動し、二人共々食堂の屋根の上に辛うじて移動する事が出来たのだった。


 下を覗くと、二人の男女が忽然と消えてしまった事に驚いた寮母が何かを叫んで逃げてゆく姿が見え、心の中で謝罪をしつつレイの方を見ると、いつの間にか屋根の上にいる自分達に驚いている様子だ。


「すごいな、ペルはこんな力も持っているんだ」


「はは、使うとネコマルさんに怒られるけどまあ、緊急事態だったし」


「まあ、そうだな」

 そう言いつつ夜風で乱れた私の髪を手櫛の様に撫でながら真剣な眼差しを向けて来た。


「ん?キュローなら今は魔力回復最中だからここには居ないよ?」

近づくレイの顔に言い訳する様に答えると、彼は少しはにかむ様な表情で呟く

「…そうじゃないよ、口づけしても良いかと」


(?!)


「……そう言うの一々許諾取らないで」

 照れながら小さく頷くと、ゆっくりと彼の口が近づき唇が重なり合う。



 …が


――ガチッ


「んん~!! 痛い!」


 前歯と前歯がゴッチンして思わず口を押えると、彼の方も痛そうにしている。


「わ、悪い」

「……へた」

 ぼそっと呟いた私の言葉に少し憤慨する様に言い訳して来る。


「し、仕方ないだろ、ちゃんとするのは初めてなんだからさ」

「…ごめん、そうだよね、上手かったら上手かったで何処で習ったか問い詰める所だよ」

「なにそれ、なんか怖いな」

「ふふ、大丈夫よレイは他の女子にチョッカイ掛けないって信じてる」


 バツの悪そうな表情のレイを見て思わず吹き出しそうになったけど、彼はそんな器用な人ではないという事はよくわかっている。思えばレイとの口づけは私が湖で溺れた時に一度しているが、あれは人工呼吸の為でノーカンと考えてみればお互いを意識した今回が初めてだ。実際経験してみると、彼の吐息を感じ、心音が聞こえる位ドキドキとすると共に安心感を感じたのは今までにはない事だった。


 考えてみれば、夜中の食堂の屋根上で口づけを交わしている男女の姿などロマンチックとは程遠いシチュエーションなのだが、それでも一度きりとは言え、その後は分かれる直前まで彼の顔をまともに見る事は出来ない自分に少々戸惑ってもいる。


 これまではほとんど意識をしていたなかった恋愛に関して自分の中の何かが変わった気がしていた。




――翌朝


「ちょっとペル子さん、起床のベルはとっくに鳴って早く着替えないと朝食抜きになるわよ」


 いつもなら私が起こす側なのだが今日に限ってはロザリーの方が早く起床し、呆れた様子で寝ている私の尻尾をグイグイ引っ張って来る。


「う~ん、ちょっと尻尾が切れちゃうからやめて…」

 渋々頭を掻きながら欠伸をしつつ体を起こすと、(くし)を持ってスタンバイしていた彼女が髪を(すい)いてくれる。

「珍しいわねえ、ペルがこんなに寝坊するなんて。昨日は何時に帰ってきたの?」


「!?出かけていたの知ってたの?」


「そりゃレイさんから預かった手紙だもの、どこかで逢引きしていたの位は察する事は出来るのだよ」


「逢引きじゃないわよ! ま、まあ、ちょっと話があっただけよ…」


「首にキスマークを付けながら?」

 彼女の言葉に露骨に反応してしまい、慌てて国元を手でバシン!と隠すと肩に居たキュローが驚いてロザリーの頭へと飛び移って困惑した様子でこちらを見ていた。


「うそうそ、そんなのないわよ~ ペルったら顔を真っ赤にしてエッチだねえ」


「ギー!あんたにもキスマーク付けてあげるわよ!!」

 そんな私の反応を面白がってニヤニヤと笑ってるロザリーに飛び掛かり、ベッドの上でドッタンバッタンとバトルが始まってしまう。


「うわ!まじ?やめ!ちょっと、冗談、冗談だってば」

「うるさい!大人しく首をさしだせ!」



『ちょっと、貴方達!!一体何時まで遊んでいるのですか!!!』


 奏功していると、突然部屋のドアが”バーン!!”と開き、驚いて二人入り口へと振り返ると、隣のメティスが悪魔の様な形相で腕組みをして立っていた。


「「すみません」」



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