破綻している交渉
ネコマルさんはカルメの周りをうろつく二匹の魔物を見据えると、呆れた様に苦笑する。
「人族相手ならいざ知らず、魔族相手にそんな犬っころ風情が相手になるとでも?」
「まさか、貴方達の為じゃないわ。周囲でチョロチョロしている使い魔対策ってとこね」
「なるほど」
肩を竦めて頭を左右に振る彼女にはやはり、潜ませているアンテ達使い魔の存在は補足されている様だった。そしてカルメは懐から例のランプを取り出し、不敵に笑う。
「まあ、どうでもいい威嚇のし合いを続けても時間の無駄だわ。さあ、取引再開と行きましょう」
仕方なしに私は腰に下げているポシェットから赤い液体の入った小瓶を取り出し、相手に見せつける。当然の事だがロザリーの血を使う訳にはいかず、代わりに用意したのは聖女の血と誤認させる為に私の血に魔力を注いだ紛い物になる。
カルメは私の持つ小瓶にサーチの魔法を掛け、何かを納得した様に頷く。
「なるほど、ちゃんと持って来た様ね、じゃあわたしはここにランプを置くから貴方も自分の足元に置きなさい。そして、時計回りに回ってお互いの商品を取り換えましょう。あ、使い魔が横取りしようとしたらうちのワンちゃんがランプを砕くからフェアに行きましょう」
「ええ、じゃあ私の方も小瓶の近くに私の使い魔を置くわ」
ランプに一体のヘルハウンド、小瓶にキュローを待機させてゆっくりと時計回りに回り始める。ジリジリとお互い目的の物に近づいた。
――その瞬間、垣根の隙間から音が聞こえ少女が顔を出す。
がさっ!
「あれ?ペルディータさん、こんな所でなにやってるんですかぁ?」
「り、リーナ!」
垣根から顔を出して来たリーナの声に私は愕然とし、同時にカルメは”ピィィ”っと口笛を鳴らし、その合図と共にヘルハウンドの足がランプに降ろされる。だが、降ろされた足の一瞬の隙を突いてネコマルさんの鞭がランプに絡まりこちらへと手繰り寄せられ上手く手に入れる事が出来た。
「よし!」
ランプを手に入れたネコマルさんと頷き合って、交渉の主導権をが取れたと拳を握りカルメの方を振り返った。
ところが彼女はキュローが守る小瓶には目もくれずリーナの足元に魔法陣の描かれた紙を投げつけると魔法が発動し、瘴気の中から黒い茨の蔦が現れあっという間に手や足、そして首に巻きつくと彼女はその場に倒れてしまうのだった。
「えっ?やだ、何なんですかこれは!?」
意味も分からず茨に全身拘束されたリーナは目を白黒させて逃れようと体を動かすも、体が小さい故に動く事もままならず首に巻き付いた蔦に首を絞められると恐怖で顔を引きつらせていた。
「ふふ、その小瓶が偽物だって事は最初からわかってるわよ。だから貴方の後ろ姿の幻を見せてこの子がこちらに来る様に仕向けたのよ」
「なっ!?」
「戦闘なしで、真っ当に交渉したつもりだったけど、やっぱりダメね」
パチンッ!
そう言いつつ、指を鳴らすとリーナの出て来た垣根の隙間からレイ、ジル殿下、サージ、ダフニスの四人が気配もなく現れ、カルメの横に並ぶが、その目は焦点が合って無く朦朧とした状態で立っている。
(レイ…)
私は無表情の彼の顔を見て、思わず奥歯を噛みしめていた。
「さて、採血の名誉は殿下にお願いしますね。後はその二人が邪魔してこない様にお願いします」
カルメに指示された殿下は手渡された採血用の器具を持ち、フラフラと拘束されているリーナにゆっくり近づいて行く。阻止しようにもネコマルさんの前にサージ君とダフニス君の二人がナイフを持って立ち塞がり、そして私の前には当然の如く、レイが虚ろな目で立っていた。
「ネコマルさん!さっきのランプを使って…」
「申し訳ありません、残念ながらこのランプは只の魔石ランプで魔道具ではないです」
先ほど、手に入れたランプは偽物だった様で、最初からお互い相手を信じていなかったのは当然と言えば当然の結果である。とはいえ、魔女に聖女の血を渡す訳にはいかず、立ち塞がるレイの動きを能力を使ってでも止めて前に出るしかない。
そう覚悟を決め、手を翳して念動力を発動するとレイはその力を受け動きを封じる事に成功した。私はすかさず動きの止まった彼の横をすり抜けリーナに近づく殿下に向かって駆け出すと、目の前に二匹のヘルハウンドが立ち塞がるが、待ち構えていたアンテとキュローがすぐさま相手の首元に噛みつき、道を開けてくれる。
「ありがと」
使い魔達に感謝をしつつ再びリーナの方へと足を向けたその足元から隠されていた魔法陣が発動し、茨の蔓が足に絡みついて私の歩みが再び止められたその瞬間、”ドンッ”という衝撃とネコマルさんの悲痛な声が耳に響き、背中に熱さを感じ後ろを振り向くと無表情のレイがいた。
「お嬢様!」
レイは私の背中に突き立てたナイフから小刻みに震える手を放し、血に濡れた両手を見ながらフラフラと後ずさりする無表情のレイは両膝から崩れて動が再び止まったが、私もズキンっと痛む背中から手を回しナイフを抜き取ると遠くへ投げ捨てた。
彼の様子も気がかりだがとにかく今は背中の痛みに歯を食いしばりつつ、同じように採血器具をリーナの腕に突き刺そうとしている殿下を止めなければならない。
そんな気持ちが前へ、前へと体を動かしリーナの元へという気持ちを強くしたその時、茨に拘束されてた私の体は一瞬ブレれ、消え去った次の一瞬で殿下の元へと現れ彼の腕を掴んでそのまま一緒に倒れ込んでいた。
その様子を見たカルメは目を見開く。
「!?驚いた。ここにきて空間移動なんて新技を見せてくれるとはさすが元皇女様。でもこれ以上は邪魔はさせないわ」
殿下の腕を掴んだまま倒れている私に歩み寄ると、カルメは新たな札を懐から出してニコリと笑う。ポシェットに入れてあるポーションを使えばまだ動く事が出来るかも知れないが、先ほどの空間移動を使った事と、背中の痛みで意識を保っているのがやっとで相手を睨むのが精々である。
ドカッ!ドカッ!!
「貴様、お嬢様から離れろ!!」
私の同級生に対しての攻撃を躊躇し、動けなかったネコマルさんは意を決した様に対峙する二人を蹴り倒して囲みを突破しカルメに向けて腿に忍ばせていた三本のナイフを手に取り、横一線で投げつけた。
だが、彼女は迫るナイフを気にも留めず、ボソッと何かを呟き左手で払うような仕草をすると、風魔法が発動しナイフは木の葉の様に軌道を失い地面に落ちて行く。
「そんな玩具じゃわたしを止められないわよ」
「お前は人族の属性魔法を使えるのか…」
「難しい事じゃないわ。わたし達魔女は属性によって縛られる使い勝手の悪い魔法は好まないだけでより自由度の高く研究に特化した魔法陣形式の方を使ってるのよ」
この世界での魔法と言う物は人族が一般的に使う属性魔法とそれ以外の種族が使う魔法陣によって発動する魔法があるが、カルメの言う様に属性魔法は自然界の精霊の力を借りて発動させる魔法なので、新しい物を生み出す事は容易ではないが、特化している分非常に強力な魔法が発動出来る。正し、ジャンケンの様に火が水に弱いなど弱点も多いのと、精霊族も一つの種族と見ている我々からすれば彼女らから力を借りること自体ナンセンスな行為なのだが。
「何でもありって言うのは恐ろしいわ っね!」
感想を漏らしつつ距離を詰めながら得意の鞭を振り上げ、カルメに叩きつけたが鞭の先が彼女に届く直前に何かの障壁に弾かれてしまう。
バキン!
「風魔法の障壁って使い方次第ではもっと便利に使えるのよ」
手を障壁に阻まれたネコマルさんにかざし、円を描くように腕を回すと彼女は風で出来た球体の中へと閉じ込められてしまったのだ。
「こ、これは!?」
「動けないでしょ?触ると気流で体がズタズタになるから気を付けてね。 さて、これで邪魔者は動けなくなったわけだし、お嬢さんもいい加減彼の腕を掴むのはやめて頂戴ね」
腕を掴んでいる私の手が無理やり引き剥がされると、殿下は再び立ち上がり手渡された採血器具を持って茨に拘束されたリーナに再び近づき始めた。




