不意の一撃
リーナは茨の蔦に絡まれて動けない状態で無表情に近づくジルベール殿下を目の当たりにしていた。無機質な動きで迫るその姿はイケメンだとしても、それを上回る不気味さを感じている。
何よりも彼女の恐怖を駆り立てていたのは殿下の手にある気味の悪い採血装置であったが、私が殿下の足にしがみついて何とか動きを止めていた事に彼女は気が付き、悲痛な声を上げていた。
「ペルさん!もういいですから手を放して下さい!」
「うぐぐ…」
彼女にそう懇願されてもこの状況では素直に離す訳には行かない。そんな姿をしばらく愉快そうにカルメは眺めていたが、あまりにもしつこく殿下の足にしがみつく私に業を煮やしたのか、ツカツカと近づいて目を細める。
「良いわねお友達思いで。でもこれ以上時間を掛けると余計な人間が増えるからいい加減邪魔しないで頂戴」
ガツッ!
言うや否や、掴んだ私の腕を靴のつま先で蹴り上げられて、激痛に思わずうめき声をあげてしまったが、そう簡単には殿下の足を放すわけには行かない。
「ぐぅうう…」
「意外としぶといわね。さすが獣王の娘と言った所かしら」
そう誉め言葉を口にしながらさらに刺された肩の傷口を足でグリグリと踏みつけて来る。痛みに耐えながらもなんとか休み時間まで引っ張れば誰かが気づいてくれると考えていた。
「あぐっ!」
「何も殺そうという訳じゃないと言っているでしょう?何故人族の為に頑張るの?意味がないわ」
「お嬢様!おのれ!!」
風の球体に閉じ込められたネコマルさんが手を血だらけにしながら何とか突破しようと試みているが、障壁に弾き飛ばされて満身創痍になってしまっていた。
その様子を横目で見ながら小さく溜息をつき、先ほどより冷徹な表情に変わり小さく呟く。
「…あまりここまでしたくはなかったけど、ここまで強情を張るなら覚悟はしてもらうわ」
必死に足を押える私に対して、カルメは懐からナイフを取り出し掴んだ腕めがけてそれを振り下ろして来たのが目に入る。
そのタイミングを見計らって殿下から手を放して体を捻りお尻を突き上げると丁度尻尾の射程圏に彼女の頭部が入り、思いっきり尻尾を振りぬくと綺麗に後頭部の首筋に直撃したのだ。
バシーン!!
「あが!?」
突然の不意打ちにカルメはふらつきその直後、どこからか飛んで来た小石が彼女の体を貫き足をガクガクさせて彼女はその場に崩れ落ちてゆくと辺りに血だまりが広がって行く。
そして彼女の意識が消えたと同時にネコマルさんを包囲していた風魔法が霧散し、殿下や他の面々も強制命令がなくなった為にその場に膝を着いて動かなくなっていた。
「お嬢様!ご無事で?」
「あ、あんまり無事じゃないけど、とりあえずは命は助かったみたい」
体を起こし、その場に座り込むと腰のポシェットから出した回復ポーションをネコマルさんに手渡した。
「有難うございます。それにしても魔女の止めを刺したのは一体…」
手にポーションの液体を掛けながら血だまりに沈む魔女の遺体を目を細めて眺めていると、何処からか聞いた事のある男の声が聞こえて来た。
「その女の遺体はこちらで預かろう」
「誰?」
私とネコマルさんはすぐにリーナの傍へと移動し警戒をすると何もない空間から足が現れ、身構えた所にあのドラゴニュートの男が現れたのだ。彼はおもむろにカルメを抱きかかえると肩に担ぎニヤリとこちらを見る。
「貴方は…」
「ふふ、久しぶりだな獣王の娘。今回はこいつの暴走を止めるのが俺の仕事なのさ。一応証拠物件なんでこいつの遺体は俺があずかる」
「ちょっと、仕事ってどういう事?殺してしまっては元も子もないじゃない」
私が睨めつけると、男は少し不思議そうな顔をしていたが、何か思い出したのか肩に担いだカルメの遺体を弄り例のランプをこちらに投げて来た。
「欲しかったのはそいつだろ?そいつを逆回転させればお前さんの愛しの婚約者様は元に戻るはずだ。じゃあ、用も済んだしお暇させてもらうよ」
「ちょ、まっ!!」
こちらが止めるのも意に介さず、男はインビジブルマントを着こむと肩に担いだ魔女の遺体と共にスーっと姿が消えてゆき、やがて気配さえも掴めなくなっていた。
突然の事で、何も出来なかったが後からムカムカと腹が立って来る。
「なんなのあの男は、美味しい所だけ全部持って行って。きっと私達がズタボロになってるを面白がって見ていたんだわ」
怒っている私を尻目にネコマルさんは彼の消えた方向をみながらボソリと呟き、男が投げ渡して来た魔道具を手に持ち神妙な面持ちで振り向く顔には静かな怒りが見えていた。
「あの男はリンドウ様の懐刀です。お嬢様はあまり関わらない方がよろしいかと存じます。それより、レイソード様達を元に戻さないと」
「え?ええ、そうね」
そんな話をしていると、リーナがまだ不安そうな顔をしながら聞いてくる。
「あ、あの~ペルさん?わたしはもう助かったんですか?」
「うん、もう大丈夫よ。ごめんなさいね、変なことに巻き込んで」
「いえ、ちょっと怖かったけどすごい体験が出来たんで問題ないです」
そう言いながら私の胸に抱きついて来た彼女の行動や発言は何かロザリーを彷彿させる感じを受けたが、何より怪我もなく無事に危機を乗り越える事が出来たのは不幸中の幸いであろう。
抱き着くリーナの頭を撫でていると、ネコマルさんが近づいて来て、例のランプを見せに来た。
「お嬢様、調べました所これは単純に逆回転で動かせば問題なさそうです。それに魂がどうとか言っていましたが、これは自我の一部を封印する装置で魂の一部を取る機能はないようです」
「なるほど…ってそこまで分るの?」
「まあ、保存する器もありませんし、普通に考えたら魂と言う不確定なものを分離封印するという方が胡散臭いですからね」
「まあ、そうね…」
両膝をついて動かなくなっているレイ達に目をやり、ようやく彼らを解放できると安堵していると、キュローが肩にピョンと乗って来た。そうだった、アンテと一緒にヘルハウンドの抑えに回っていたが魔女が気を失った瞬間に魔法効果が切れてヘルハウンドは塵となって消え去ったお陰で彼らのお仕事は達成されたのだ。キュローの頭を撫でて労をねぎらってあげていると、ネコマルさんから声が掛かる。
「お嬢様、リーナ様をお連れしてここから少し離れて下さい。一応あの男の言葉を信じてやることですから何かが起こるやも知れませんので」
「わかったわ。リーナ、行きましょう」
「はい、お姉さま」
(え?)
リーナの不穏な反応に戸惑いつつも元居た場所から少し離れて草葉の陰から覗いていると、ネコマルさんは動かない四人の真ん中に移動しランプを発動させた。やがて、カラフルな光と共に影絵が周りの木々に映り出す。その動く絵は歩いている人や動物の動きが逆になって動いており、やがて収束した光が周りへ散らばりレイ達四人にその光の粒が降り注いでゆく。
その様子からどうやらランプの逆回転は上手くいった様だった。ネコマルさんは私に合図を送り、再び近寄って様子を見ていると、一人が立ち上がり始めた。
「ううっ、頭がクラクラする」
頭を振りながら最初に起き上がったのはジル殿下だった。額に手を当てながら周りを見渡し、私が目に入ると少し気恥ずかしそうな笑顔になった。
「殿下、御気分の方は?」
「ああペル君、どうやら君達に助けられたようだね。まだクラクラするが、大丈夫だ」
コクリと頷くと、サージ君やダフニス君もヨロヨロと立ち上がり始めて周りをキョロキョロし始めている。二人の無事を確認した後、レイの方を見るとそこにいたはずの彼の姿は消えていた。
(レイ?)




