不利な交渉
魔女の言う通り、私を含め皇族に連なる者が持っている女神のギフトは召喚勇者が使うバカげた力を制する為に与えられたと聞いている。そしてそれを行使する際に目的外で使われぬ様に何項目かの盟約を結んでいるとも。
「貴方の言う通り、力は消えてはないけど”危険は去りました、だからすぐに力を消します”とはならないでしょ?経過観察という事もあるし、盟約に背く行為をすれば神罰が下る可能性もある」
「そうね、その通りかもしれない。ただね、わたしはある方の疑問に魔女としての矜持をとてもくすぐられたのよ」
魔女は懐から一枚のスカーフ…いや、魔法陣が描かれた一枚の布を取り出し見せつけて来た。
「それは…」
見た事もない図柄の魔法陣には何か不吉な印象を受ける。
「女神ホークレアを支持していない魔の者が召喚儀式をしたら、その者に力を与えてくれるのかと…」
うすら笑うその瞳に本気を感じた。図書館で読んだ勇者召喚と言う物語はこの世界に何も持たずに呼ばれた異世界の者を女神ホークレアが哀れに思い、顕現する際に何か知らの力を慈悲を持って与えると書いてあったが、それはあくまで人族側がそう思っているだけで本当のところは分からない。
「だからと言って、ロザリー達を生贄にさせるわけにはいかないわ」
「んふふ、可愛い友情ね。でも安心して、わたしは聖女の命がほしいわけじゃないの。彼女らの血が二、三滴ほしいだけなのよ」
「血?それを信じろと?」
「言ったでしょ?あの術式は研究途中の物をが盗まれて市場に流された。って」
「たとえ貴方が本当に術式を完成させていたとしても、そんな戦争の火種を持ち込むような危険なギャンブルに乗る理由はないわ」
「あるよ、君は選択しなくてはいけないの」
不敵な笑みを浮かべ、先ほどから手に持っていた奇妙なランプを目の前へ掲げた。
そうだ、これは交渉ではなく最初から私を脅迫する為にレイ達の魂を人質に取ったのだろう。一見回りくどいやり方をしている様だが、魔女にとって聖女と言う者は対極にいる存在だ。ならば魔族であるにも関わらず、親しい関係を築いている私に血の採取をやらせようという腹積もりなのかも知れない。
「…」
「いいよ、一日あげる。それまでに考えておいてね。あ、そうそう偽の血を持って来てもすぐ分かるから」
答えに窮している私を見透かしてか、そう伝言を残し魔女はインビジブルマントを使ったのか、スーっと目の前から消えて行き、やがて気配も消えて行った。
(…どうすれば)
迷いが生じた私を揶揄う様に、風の飛ばされた木の葉が頬を掠めて行く。
◇◇◇
教室に戻り、すでに授業が終わった教室で帰り支度を始めていると、残って待っていてくれたロザリーが私の顔色を見て目を細めた。
「ちょっと、酷い顔色。寮に戻って少し休んだ方がいいわ」
理由を聞かず、カバンを持って寮へと促してくれる彼女の何気ない優しさは私の迷いに一層深く突き刺さる。
きっと彼女なら、理由を話せば力を貸してくれるとは思うが、やはりそれが召喚のきっかけになってしまったらただ事では済まない事態になりかねない。ともかくあのランプを手に入れる方法を最優先で考えよう。
部屋に着くと、強制的にベッドに寝かされ額に濡れたタオルを載せられた。
「あの、別に病気ってわけじゃないんだけど」
「いいのいいの、そうしている方が寮母さんに言い訳きくしね」
正直、この後の夕食に行くほどの食欲もないのでここは彼女の思惑に乗って、休ませてもらおうと思う。
しばらくして、目が覚めると暗い部屋の窓からカリカリと爪を立てる音が聞こえてきた。キュローに頼んだネコマルさんの使いが来たようだ。窓を開くとキュローを頭に載せたアンテがピョンと飛び込んで来てベッド上に鎮座する。
《――緊急のお呼び出しの様ですが、何かありましたでしょうか?》
《ちょっと私一人じゃ手に負えない案件なんで、説明するね》
ネコマルさんにはこれまでにあったレイ達の変化や、新しい聖女の事、そして夕方に出会った魔女の取引についての詳細を説明をした。すると、意外な所からあの魔女の詳細について聞くことが出来た。
《――その魔女はリンドウ様が使っていたカルメという魔女ですね。頭の良い人物らしいですが、扱いが非常に難しいと聞いてます》
《カルメ…ならばリンドウ様を通してやめさせる事は出来ないのかしら?》
《――無理ですね。たぶんお嬢様がわたくしに連絡して助けを乞う事を想定して明日の夕方を期限にしたのでしょう。本国への連絡の場合は最短でも三日以上は要しますから》
《なるほど、やっぱり魂の入ったランプを手に入れるしか止める方法はなさそうね》
《――時間はありませんので、とりあえずアンテとキュローに魔石ブースターを付けてサポートはさせます。それとロザリアさんには内密に行動をして下さい》
《わかってる。それにしても…》
《――なにか?》
《いや、なんでもない。それじゃあ明日の昼食後に裏庭で合流しましょう》
《――はい、それではお気をつけて》
煙の様に消えたアンテの座っていたベッドを見つめつつ、言葉を濁してしまった事を思い直す。
戦後調査された召喚儀式は、聖女を始め複数人の魔法使いに多量の魔石を使った大規模魔法であったという調査内容だったけど、それがいくら才女と呼ばれる魔女が僅かな年数を使い一人であそこまでコンパクトな物に出来るのか?正直、疑問だった。
ただ、それを否定出来るほどの確証を持ち合わせてないのも事実であり、あの魔女が興味本位だけで、危険な召喚をしようとしている事自体うすら寒さを感じる。
いつの間にか眠っていたのか、カーテンの外が白みがかって日が昇ろうとしているのに気が付いた。
起床の鐘はまだ鳴る事はなく、毛布を蹴飛ばして寝ているロザリーの寝相の悪さに苦笑する。掛け直してからバルコニーに出ると、日が昇る直前の水平線を見つめて決意を固め腕を伸ばす。
(今日中に決着を付けて、レイ達を元に戻す!)
こちらの出せるカードは少ない上に、持っている手札が何なのかは相手は知っている可能性は大だ。ならば魂が捕らえられているランプを手に入れる事に重点に動くしかなさそうだ。
昼食の後、事前に早退の話を通しておいたお陰で仮病を使う事なく授業を抜け出す事が出来たが、もっとも、ロザリーには訝し気られたが彼女には教室で大人しくしてもらうしかないが…。
裏庭にある森を歩いて行き、生い茂る木々を抜けると例の場所へとたどり着く。しかし、カルメという魔女はまだ現れてはいないようだった。
警戒をしつつ、木々の上の方を見まわしていると、不意に声が後ろから掛かった。
「御機嫌ようペルディータ様、上を警戒するのは結構ですがわたしも毎度木の上に居るのが好きというわけではないですから気にしなくて良いですよ」
振り向けば例の魔女は先ほど通り過ぎた木の裏からスゥっと現れ、嫌みの様カーテシーをしながら挨拶をして来た。
「…そう」
「でも貴方の護衛はお好きなようですねえ」
札の様な魔法陣の描かれた紙を取り出し片手で手前に掲げ、フゥっと息を吹きかけた瞬間、黒い小さな鷹が飛びだし私めがけて飛んで来る。その時木の上からネコマルさんが現れ鞭で鷹を叩き落すと、その影は霧散して消えていった。
「ネコマルさん!?」
「ネクマールです。 まったく魔法使いと言うのは何時対峙しても面倒な方が多い」
鞭をクルクルと纏めながら私を守る様に立つと、カルメは面倒臭そうな顔をして腰に手をやり溜息をついた。
「それはこっちのセリフ。獣人は対魔法能力が高いから面倒なのよね」
そう言いつつ、二枚の魔法陣が描かれた紙を取り出だし放る。すると二枚の紙は彼女の目の前で制止し、陣に沿って炎が上がりその中から瘴気を纏った黒いヘルハウンドが二体カルメを守る様に現れたのだ。




