はぐれ魔女の思惑
――数日前の下町
カグメイアの下町にある寂れた酒場でダフニスは食事を取っていたが、誰かが自分の前に立っている事に気が付いて顔を上げるとそこには国に帰ったはずのカルメが妖艶な笑みを浮かべて立っていた。
「あらダフニス君、健全な学生がこんな所へ居て良いのかしら?」
「カルメか、目的を果たして帰ったのかと思ったが、またこっちに来てるのか?雇い主も今や獄中だぞ」
彼女は以前の雇い主の事はどうでもいいような顔をして対面の席に腰を降ろすと、奇妙なランプをテーブルの端に置き、ニコリとする。
「まあ、あのエロ親父がどうなろうと知った事じゃないけど、貴方は新しい教皇の元でまた働いているの?」
「いや、もう教団に関わるのはやめたよ。うまく名簿から自分を抹消したのはいいが、利用していた伯爵家の養子の方はそうもいかなくってね、仕方なく続けているよ」
「それは自業自得ね。それより面白い物が出来たんで君に見てもらいたかったのよ」
指でコンコンとランプを叩き、愛おしそうに眺める彼女の様子に警戒しつつランプを眺めてみる。するとその円柱型のランプは光り始め、中に仕込まれている切り絵の模様が薄暗い辺りの壁に光の絵となって映るとクルクルと回り幻想的な世界が広がった。
店に居た他の酔っ払い客も、突然始まった光の幻想に拍手をしながら喜んでいる。それを横目にダフニスもその仕掛けに感心していた。
「なるほど、面白い魔道具だ。最近の魔女は劇の舞台装置とかも作って商売しているのか?」
「…ふふ、まあね。でもこれはそんなチャチな装置じゃないの。魔女がこんな見た目だけの玩具で満足するわけないでしょ?」
「なに?」
彼女の口元の口角が上がった瞬間、ダフニスは”しまった”と思ったがその時には既にカルメの術中にはまり、彼の意識は真っ白い世界へと溶けて行った。
「おやすみ、ダフニスくん。そしておはよう、新しいダフニス君」
ランプを回収すると、無言で食事を続けるダフニスを置いてカルメは席を後にし去って行く。
◇◇◇
――新学期翌日
今日も教室内は妙な空気が流れていて、殿下達を取り巻く環境は悪くなる一方だった。ただ代わりに私の周辺だけおかしなことになっている。
「ペルさん、ちょっと昨日から気になってたんですがその肩にいる蜘蛛さんって使い魔ですか?」
「ええ、名前はキュローよ」
「可愛いですねえ、ほらおいでおいで」
キュローは初めて見る顔に警戒をしつつもリーナが差し出す手の平へピョンと飛び乗り彼女の顔をジッと見る蜘蛛特有の円らな瞳に喜んでる様だ。
休み時間になるとやって来る彼女は話を聞く限り、平民出身ゆえにあまり歓迎されない雰囲気になじめず、風呂場で知り合った私達のクラスへ来るようになった。二組は魔族の私を始め第二王子や同じ聖女のロザリーなどバラエティに富んだ面子がそろっている事もあり、クラスメイトも慣れた感じでリーナがウロウロしていても特に気にしていない様子だ。
「あの方がジルベール第二王子様ですか?」
「ええ」
リーナはキュローを指で撫でながら、座っている殿下を見て目を細める。ただならぬ雰囲気で難しい顔をしていると思っていたが振り向く顔は満面の笑みを浮かべていた。
「やっぱり王子様と言うだけあってすごくカッコイイですね!リアルイケメンは違うなあ」
「え?あ、そうね」
類は友を呼ぶのか聖女のポンコツっぷりにロザリーをチラリと見て小さな溜息を吐くと、それに感づいたロザリーが後ろから抱き着いて胸を掴んで来る。
むぎゅ!
「ちょっと~今なんか人の事を小馬鹿にした様な溜息をしたでしょう?」
「ああんもう、気のせいだから離せ」
「あ!わたしも興味あったんです、ほとんど同じ歳なのにおかしいですよねえ~」
「いたたた、なんで増えるの!離せ~」
「貴方達、ちょっと五月蠅いわよ。そろそろ先生来るからリーナさんも自分の教室に戻りなさい」
呆れながら見ていたメティが助け船を出してくれたお陰でダブル聖女はようやく手を放し落ち着いた所で席に座り直したその時、教室の出入り口に見覚えのある女性がこちらを見ているのに気が付いた。彼女はこちらと目が合うとニヤリとした目線を送りそのまま歩き去って行ってしまった。
(今の…たしかパーティー会場でダフニスと話をしていた女だ。何故ここに)
「ごめんちょっと」
「え?もう次の授業が」
「お腹痛いので、救護室行ってますって言っといて」
「はぁ?」
慌てて教室から出て行くと後ろでロザリーが何か叫んでいたが、とにかく今はあの女を追いかけなければならないと感じていた。
廊下に飛び出ると、予鈴のベルが鳴り響き廊下に出ていた生徒達が自分の教室に戻り始めて私は流れに逆らう様に人を避けつつ裏庭の方に歩いてい行く後姿を見つけ、そのまま追いかける。
裏庭に飛びだすと、さらに木々の間からチラチラ見える女の姿を追いかけると、少し開けた場所へと出たが、そこにはすでに誰もいなかった。
「たしかにこちらに来たはずなのに…」
戻ろうと踵を返しかけた時、木の葉がパラリと目の前を横切り視線を上げると、一つの木の枝に腰かけるあの女がこちらを見ながらニコリと笑う。
「こんにちは皇女様」
「……勘違いしている様だけど私は皇女じゃないわ」
「そうね、過去形だったかしら」
そう言いながら木の枝から降りると私の目の前に立つ彼女から感じる雰囲気は、明らかに私と同じ魔族だ。
「なるほど、貴方魔女ね?魔女が他国にまで出張ってなにを研究しているのかしら」
「ふふ、魔女が全員巣の中で引きこもりをやってるわけではないわ、中には言われなき罪を被せられて国外で暮らす魔女もいるのよ」
彼女の言葉でピンとくる。お父様から聞いた勇者召喚の原因を招いた一族が、千年ぶりに許されて帰国したという話を。ただ気になったのはその話の中で一族は冤罪だった可能性もあったという事だ。
「で、わざわざ私を誘う様にこんな所に呼び込んだのだから何か用があるのでしょう?」
「んふふ、あなたの愛しい愛しい婚約者様は今は大変な事になってるわよねえ」
イラッ
「……そう、貴方が原因ってことね」
なるべく冷静になろうと話をしていたが、レイ達があのような感じになった原因はこいつの所為とわかった瞬間、私は指輪を外していた。
「人の姿なんかしているからおかしいと思ったけど、そっちが本体なのね。竜族と夜魔の混血なんてめずらしい」
「御託はもういいわ、貴方を半殺しにしてでもレイ達を元に戻してもらうから!」
バシンッ!バシンッ!
尻尾を地面に叩きつけながら魔女を威嚇し、間合いを詰めようと体を屈め始めたその瞬間、彼女はマントに隠れた懐から妙な円柱形のランプを取り出し、私の前に突きつけて来た。
「これなんだかわかる?わたしの作ったソウルプリズン。まあ、魂の一部をこの中に閉じ込める程度の代物よ」
「!?」
彼女を言葉を聞き、前に出ようとした構えを解くと相手はニヤリと笑う。
「さすが察しが良いと面倒がなくていいわ。そう、これはある意味人質みないなものね」
「……何が目的?」
目線を外さずジッと見据えると、女はランプを弄ぶように手の平で転がしチラリとこちらを見る。
「ねえ知ってる?私の一族が帰参出来た理由はマージナルに隠されていた召喚の書を全てこの世から消滅
させる事が出来たからですって」
「リンドウ様が後押ししたって聞いたわ」
「わたしの母も祖母達一族は大喜びだったけどね。でもさ、貴方は…いや皇家は女神ルドーラ様からのギフトを失っていない、これはどういうことか分かる?」
女が何を言いたいのかは何となくわかって来た。まだどこかに召喚を行使する術が隠されているという事だ。




