増えた聖女
結論から言うと、学園長の答えは先生方と同じでしばらく様子を見ようという事だった。実際、教師達から話を聞いて心配した学園長は殿下を呼んで直接話したのだが、至って普段通りの話し方でしばらく勉学に集中したいからとの返事をもらった以上、学園としては本人の意向を無視する事も出来ず、また特に問題を起こしている訳でもないのでそれ以上追及も出来なかったそうだ。
「でも、殿下はともかくあれだけペルに入れ込んでいたレイさんがあんな感じになるなんて、やっぱりどう考えても変だよねえ」
「…はは、まあそうだったかな?」
夕食を終え、寮の自分のベッドに寝転びながら図書館で借りた本を眺めながらロザリーの話に生返事をしていると、人のベッドの縁に近づいて来て本を取り上げられた。それに抗議する様に声をあげかけると、真剣な眼差しの彼女がジッと私を見つめて来る。
「……ペル、泣いてる」
「え?別に泣いてなんか」
そう言われると同時に顔に手を当てると、涙の雫が指の間を流れるのが分った。訳も分からず手で拭っているとロザリーはだまってハンカチを顔に当ててくれる。
(ああそうか、私はレイに拒絶された事が悲しかったんだ)
いつも軽口で笑わせたり揶揄って来たり、体を張って助けてくれていた彼の優しさを当たり前の様に享受してた事がなくなり、手を払いのけられた事が心の奥底ではショックを受けていた事を今更になって自覚し始めるなんて何と滑稽な事だろう。
「大丈夫、大丈夫だから。今のレイさんはたぶんきっと魅了とか何かの魔法にかかっているんだよ」
「…うん、わかってる」
頭を撫で子供をあやす様な彼女の不器用な慰め方に感謝しつつ、しばらく彼女に寄り添っていたが涙を流した分だけ気持ちがだいぶ落ち着いていた。
どのくらいの時間が経ったのか分からないが、丁度お風呂の最終予鈴の鐘が廊下に響く。
「んじゃ、急いで心のお洗濯しに行きますか」
「なにそれ?」
笑い合いながら大浴場へ移動し、いつも通り人の少なくなった脱衣所で服を脱いでいると、後ろの方から”キャッ”という小さな悲鳴が上がり振り向くと、夕方に教室前の廊下で私とぶつかった少女が体を隠す様にタオルを握り締めて私の体を驚いた顔で見つめていた。
「あら?あなたは確か…」
「な、なんで尻尾が生えてるの?よく見れば角も羽根もある・・・まさか」
「ええ、私はアルカンディア帝国からの留学生ですから」
(なんか久方ぶりの初々しい反応だわ、やっぱりこの子も怖がってしまうかしら…)
そう思ったのも束の間、表情を豹変させたと思えば、私に近づくと瞳をキラキラさせて嘗め回す様に全身をみまわし、手を掴むとブンブンと大げさな握手に困惑した。
「すごい!!」
「え?」
「すごいわ、初めて見た!黒い角もカッコイイし羽根もあってわたしの理想のファンタジーキャラだわ」
「ふ、ふぁんたじー??」
「あ、あのちょっと触らせてもらっていい?」
「え、別に…」
そう言いかける間もなく顔を真近に角を触り始めると、淡いピンクのゆるふわな髪が頬を撫でてこそば痒い。
羽根や尻尾を触り始めてたその時、先に浴場に入って行ったロザリーが顔を出し、声を掛けると同時に私の状況を見て引き返して来た。
「ちょっと!それはあたしのよ」
「え?貴方だれです?今はわたしが堪能しているのに」
「え?ちょ」
二人に尻尾を引っ張られたり胸を揉まれたりともみくちゃにされながら、壁に掛けてあった柱時計が目に入り、針は終了五分前を示しているのが目に入った。
「いい加減にしろ!!」
――ピシピシピシ!
二人から逃れ、尚も追いすがる二人の顔に尻尾で往復ビンタをかますとようやく我に返った彼女らの様子に溜息をつく。
「「いひゃい~」」
「まったく…早く済ませないと寮母さんが掃除用具をもって入って来るから急がないと」
頬を撫でている二人を放置して私は浴場に入り、体を洗っているとロザリーとピンクの少女も慌てて左右に座り体を洗い始めたのでちょっと安堵する。
洗った髪を束ね湯船に浸かり、一息つくといつの間にか二人も左右に別れ一息ついていたので改めてピンクの子に声を掛けてみた。
「ねえ貴方、お名前を伺っても良いかしら?私は二組のペルディータ」
「あ、そう言えば名乗ってなかったですね。わたしは一組に今学期から編入したリーナ、リーナ・フルーダです」
(え?リーナ…たしか聖女の名前がそうだったような)
「あたしは彼女と同じ二組のロザリア、ペルの心の友よ」
「あ、それならわたしも心の友になりたい!」
「あ、まあ好きにして…それより貴方は…」
そう言いかけた瞬間、大浴場のドアが開き、掃除用のブラシを持った寮母カルデナが仁王立ちをして現れたのを見てギョッとする。
「貴方達!すでに浴場使用時間はとっくに過ぎています。それとも、このブラシで背中を洗われたいならいくらでも磨いてあげますよ」
「「す、すみません!すぐに出ます」」
やむを得ず浴場を追い出されたその後は濡れた髪を乾かす事も出来ず、少し肌寒い寮への連絡通路を三人で歩いていると、リーナは好奇心いっぱいの瞳で私をジロジロと観察をしてゆく。
「ペルさんって普段は角とかは仕舞っているんですねえ」
「怖がる人もいるんで、見えなくしているだけだよ」
「そうなんですか?わたしはファンタジーっぽくってカッコイイと思うだけどなあ」
「分かる!角とかファンタジーっぽくって恰好いいよねえ」
「ロザリーさんもわかりますか?あ、そいうえばあなたも聖女って聞いてます」
「あのさっきから二人で言っているふぁんたじーっぽいって何?」
「う~ん、ありていに言うには絵本に書かれるおとぎ話の様な世界かな」
「はあ、よく分からないけどそうなんだ」
どうもこの二人には共通認識みたいなものがあって、お互いそれを理解してくれる相手が現れた事に喜びを分かち合ってるのかも知れない。
それにしても…私の周りに現れる聖女というのは何故ちょっと変な子ばかりなのだろうか。
寮の入り口に着き、階段に足をかけかけると後ろからリーナが声を掛けて来る。
「じゃあわたし、ここの奥だから」
「あ、うん、じゃあまた明日」
「え?一年なのに三階じゃないんだ、いいなぁ」
踵を返し一階の奥の方に歩いて行く彼女に手を振り、羨ましそうにしているロザリーの背中を押し上げながら階段を上がって行きながら考える。
一年は欠員が出たわけではないので、三階の部屋に部屋を与える事が出来ない為やむを得ず一階にしたのか、監視をする為にそうしたのかは分からないが、窮屈な事だとは思う。
それにしても、やっと出会えることが出来た聖女リーナだが彼女が現れたタイミングでレイ達がおかしくなったとなれば、彼女を疑いたくなってしまうのは人の性である。しかし今回お風呂で出会った彼女は凄く純朴な印象を感じとても演技している様な印象はなかった。
となれば、ロザリーの言っていた通り、魅了魔法か呪いなどの何か術にかかっているのか、それともやはりリーサが関係しているのか、もう少し長い目で見極めなくてはならないようだ。
「ん?ペル何か言った?」
考え事をしていた時に、少し声が漏れていたのかロザリーが振り返る。
「別に…ああ、重くて背中押すのが大変だから自分の足で歩いて」
「あ!ひど!!」
ロザリーに追いかけられて駆け上がる階段は心の落ち着きと共に少し軽くなった気がした。




