不可解なすれ違い
教室に戻ると案の定、レイや殿下、サージ君の三人の姿を見つける事は出来なかった。更にダフニスの姿もなく席が四人分ポッカリ空いていたが、クラフトール先生は特に言及する事もなく二学期に行われる行事や試験について一通り説明をして一限目のHRは終了をした。
終業の挨拶をし、教室から退出してい行く先生を目で追っているとロザリーがすっ飛んできて私に話しかけて来る内容はやはり殿下達対して言及がない事についてだ。
「ねえ、やっぱりなんか変だよね?殿下達の事何も言わないなんて!」
鼻がくっつく位近づいて話しかけて来たロザリーの顔を手で押し返し、少し考えてから彼女の顔を見る。
「まあ、もしかしたら王城に呼ばれているのかも知れないし、迂闊な事は言わない様にしないと」
「それはそうだけど…」
「ほらほら、二限目はそれぞれの移動教室よ、急がないと」
納得いってない様な顔をしているロザリーをルシオネさんとカーリーさんに預けて私は夏休みの課題になっていたポーションの瓶を抱えて廊下で待っているメティの元へと急いで駆け寄った。
「ロザリーさんの心配する気持ちも分る気がするわね。わたくしも今日まで殿下に一度も挨拶すら出来ていない状況なので心配は心配」
「そうでしたか、私も此処に戻ってからはレイに会ってないんです」
「婚約したのに一度も?何と言うか、せめてサージ君だけでも戻って来てくれれば状況がわかるんだけど」
たしかにレイの側近である彼が居れば何かが分るのかも知れない。しかし、行動を共にしているという事を考えればあまり期待は出来そうになかった。
モヤモヤした気持ちのままレグナント先生の授業を受ける事となる。ただ、本日は初日という事もあって、課題の提出と雑草が生い茂ってしまった薬草畑の整備が主な授業であった。雑草取る作業では余計な事を考えずに無心になって手を動かしていると、隣のクラスのエリノメ嬢が声を掛けて来た。
「あ、あのペルさん、こんにちは」
「え?ああエリノメさんお久しぶりです。夏休みはどうでした?」
「ええまあ、ほどほどに休めましたが大体実家の手伝いで消費してしまった感じです」
「それは何と言うか、大変ですね」
そう言うと少しはにかんだ表情をして、実家の仕事が好きだからと彼女は照れ笑いをした。
「ふふ、彼女の実家はインクや紙など身近な製品を扱ってるからペルさんも知らない間にお世話になっているのかも知れませんね」
隣で同じように作業をしていたメティが彼女の家業についての話をした時、最近買った商品について思い出していた。
「ここに帰って来る時、道具屋でウェスタ製のインクを購入したのだけど・・・もしかして」
「あ、ありがとうございます。それ、うちの商品です」
「そっか~、すごく使い勝手が良いインクだから二本も買っちゃったよ」
「ウェスタ製はわたくしも使ってますわ、紙も含めてよい仕事をしていますよね」
「い、いえ、すべては工房で頑張ってくれてる皆の功績ですから」
眼鏡の下の頬を赤く染めながら照れているエリノメ嬢を揶揄いながら談笑していると、背後に気配を感じ振り向けば、レグナント先生がニッコリしながら立っていた。
「ほらほら皆さん、お口は動いてますが手の方が止まってますよ。もう少し頑張りましょうね」
「「す、すみません」」
その後は何とか時間内に薬草畑の整備は終わり、その間に提出した課題のポーションの効能は八名全員合格となり、皆胸を撫で下ろしながら帰路に着いた。
「そういえば、一組に編入生が入ると総会で会長さんが言ってましたが、エリノメさんはお会いになりました?」
「それはわたくしも知りたいですわ」
「え?あ、先生からはそんな話を聞きましたが、教室では見なかったですね。今朝の朝礼で体調不良って言ってましたから、教室に現れるのは明日以降なのかもしれません」
「あっ、そういえばそうでしたね」
「まあ、慌てなくともいずれは登校して来るでしょうし、噂は耳に入って来るでしょうね」
エリノメ嬢と別れた後、二組の教室のドアを開けると殿下やレイ達が戻っており、皆自分の席に座り次の時間の教科書開いてジッと誰も立っていない教壇の方を見つめていた。その異様な光景を先に戻っていた剣魔科の生徒達は遠巻きにヒソヒソと会話しながらチラチラ眺めている。
教室に入って来た私達に気が付いたロザリーは身振り手振りでおかしなジェスチャーをしているけど何のことやらさっぱり分からず、レイの所へ取り合えず声を掛けてみた。
「レイ、おはよう。今朝の事だけど貴方どこへ行っていたの?」
「……」
「レイ?」
微動だにしないレイの肩に手を掛けよと手を伸ばした刹那…
――パシッ!
触れようとした私の手はレイの手に弾かれていた。
「すまないペルディータ嬢、悪いがしばらく声を掛けるのは遠慮してくれ」
私の顔を見ずにそう一言だけ言うと、再び誰もいない教壇を見つめ続ける彼のその姿は異様としか思えない。
「え、あ、そうなの?ごめんね」
小さくそう呟き、叩かれた手をもう片方で押えながら自分の席に戻ると、ロザリーとメティが心配して近づいて来た。
「ぺ、ペル大丈夫? なんなのあの態度は」
「ちょっと普通じゃないわね。とにかく原因が分からない以上しばらく声を掛けずに様子を見ましょう」
憤慨するロザリーに苦笑しつつもメティの提案に頷き、今日一日は彼らの様子を見る事にした。どちらにしても、他のクラスメイトも近寄りがたいのか遠巻きに見つめるのが精いっぱいの様子であった。
結局、その後の午後の授業が終了するまで殿下を含む四人はまるで生気のない人形の様に過ごしていたが、先生方も彼らが特に問題を起こしている訳でもないので見て見ぬふりをして関わらない姿勢でいるようだ。
放課後になっても彼らの態度は変わらず、気が付けば教室から姿を消していて寮に戻ったのかと考えながら教科書を片付けていると、ロザリーとメティ達が私の所へ集まって来た。
「やはりこの状況は変ですわ。わたくし、学園長に直訴してこようと思いますの」
「え?直接ですか?取り合えず生徒会長にでも相談したほうが…」
「それは考えましたが、委員長のサージさんまでもがあの状態では直接学園長に話した方が早いと判断しましたの」
メティの言う事には一理ある。殿下が対象とあって、教師たちが尻込みしている状態では会長に話してみても同じ対応をする可能性は高い。ましてや彼女とロザリーは殿下の婚約者候補だけに心配はひとしおだろう。
翻って私はどうなんだろうか?弾かれた右手の平をジッと見つめていると、ロザリーから声が掛かる。
「ちょっとペル!みんなもう行っちゃってるよ!あたし達もほら早く」
「え、ええ」
状況に流される様に席を離れ、ロザリーの後へついて行く。教科書の入ったカバンを手に取り急いで廊下に出て、一組の教室の横を通り過ぎたその時、不意に扉が開き淡い桃色の長い髪翻した小柄な少女が私にぶつかって来た。
ドンッ!
「きゃ!」
「あっ!」
バサバサっと音を立てながら教科書の入ったカバンの中身が飛び出し、辺りに撒き散らされると慌てた様子で拾い集めてくれた。
「ご、ごめんなさい、えーとえーとこれで全部かな」
「ありがとう、貴方こそ体の方は大丈夫?」
「ええ、わたし結構頑丈なので大丈夫です!」
満面の笑顔で集めたプリントなどを持ったままガッツポーズをすると、再び手から零れてあちこちに散らばり、”アワワワ”と慌てて拾い集めだした。その様子を苦笑しながら自分も教科書などをカバンに入れ直しながらふと思う。
(あれ?こんな子、一組にいたかしら?)
集められたプリントを受け取りながら彼女の顔を見ていると、遠くからロザリーの声が響く。
「ペル~なにしてんの~早く~」
「…じゃあ、拾ってくれてありがとうね」
「あ、いえ、むしろわたしがぶつかったせいなので」
彼女は照れる様に、ペコペコ頭を下げながら走り去ってしまった。その後ろ姿を見ながら再びロザリーの待つ方へと歩き始めた。




