視線と違和感
学園寮
教務室と寮母室で手続きをし、久々の寮内を歩いてみたが新学期が明後日という事もあって、学生はまばらにいるだけだったが、周りの生徒からは妙な視線を受けていた。
312号室に到着し寮母から渡された鍵でドアを開けると、少し澱んだ空気を感じ換気を兼ねて窓を開け放ち、しばらく三階バルコニーから外を眺める。やはり同じようにバルコニーに居た生徒が興味深げな顔をしてチラチラと見て来る。
(まさかレイとの婚約の話しがもう広がっているのかしら)
そんな事を考えながらぼんやりしていると、不意にドアを叩く音が聞こえ慌てて部屋の中に戻り、開けると寮の職員さんが荷物を載せた代車に手を掛け立っていた。
「クロノス様、お預かりしているお荷物です。それとオデュッセイ様の荷物も受け取って頂けると助かります」
「あ、はいはい、じゃあその角にでもまとめて置いて下さい」
「はいわかりました」
特に実家から大した荷物は持ってこなかったからウッドボックス一個程度と思っていたら、次々積みあがる木箱に唖然とした。よくよく見ればオデュッセイ家の家紋が焼き印されていて、おそらくロザリーが何かを持ち込んだのだとは思うが一体何が入っているやら。
荷物を整理した後、しばらくベッドの上でゴロゴロしていたが、部屋に籠っていても仕方ないので定番の図書館にでも足を運ぶことにする。
久々の図書館に入ると、生徒は他におらず司書の方が本の整理をしているだけで貸し切り状態であった。目線の合った司書さんに小さく挨拶をし、適当に館内を散策する。いつもの薬草や歴史本ばかりだったのでたまには他のジャンルを読んでみようと、女生徒に人気の本を手に取って見た。
貸出カードがぎっしりのその本は恋愛物らしく、内容的には乙女が身分違いの恋愛に悩む姿を描いたものだった。他には容姿が幼い事に悩む男子生徒が先輩に憧れて禁断の恋に落ちる物や、いじめにあっている下級貴族の少女が助けてくれた上級生の女生徒にほのかな恋心を描く物など、妙に艶めかしいお話が人気なのだなと感心しながらページを捲っていると、背後に気配を感じ振り向こうとした時、胸をガッチリつかまれ一瞬体を硬直させる。
「ひゃっ」
「ん~可愛い声。あいかわらず‥‥あ!」
――ドスン!
つかまれた姿勢のまま前傾姿勢になって背負い投げの要領でぐるりと相手を床へと投げ飛ばすとそこには見覚えのある顔があった。
「か、会長!?何してるんですか」
「あたた、久しぶりですねペルちゃん」
呆れながらも倒れている会長の手を引いて起き上がらせると苦笑いをしながらお尻を摩っている。
「すみませんが、図書館ではお静かに願います」
「「はい、すみません」」
急に鳴り響いた大きな音に驚いた司書の人がやって来て二人怒られてしまったので慌てて謝罪をし、椅子に座り直して小声で話す。
「申し訳ありません、会長と分ってればここまでしなかったんですが」
「あはは…いいのいいの、わたくしが悪いのですから気にしないで」
「会長も今日から寮入りですか?」
「わたくしは二日前位から寮に戻ってるわ。まあ期間中、定期的に学園に残ってる子達の様子を見に顔も出してたけどね」
聞けば会長のメイザー領は首都に隣接するほど近く、基本的には首都カグメイアの貴族屋敷を実家にしているので行き来に問題ないそうだ。さすが会長と言った所だろう。
「それにしても最近君はこういう本に興味があるんだねえ、やっぱり婚約したからかな?」
会長は床に落ちてしまった恋愛小説をポンポンと軽く叩きながら拾い上げてニヤっとしながら揶揄う様に私を横目で見て来る。
「ち、違いますよ、人気の本ってどんなだろうと気になって…やっぱり会長もご存知なんですね」
「そりゃ貴方の国との行く末を決める重要なファクターの一つだからねえ、上級貴族は婚約成立した事を早い段階で知ってるし、早い段階で他の貴族にも漏れちゃってるし」
「なるほど、今日の妙な視線はそれが原因ですか…」
たしかに魔国の者との婚約なんてこの国の人間からすれば大きなニュースだ。暇を持て余してる貴族にとって、これとない事件であると同時に関係改善への大きな一歩と考えている人もいるだろう。そういう思いが広がれば例の教団関係者による勇者召喚なんてものの意義が薄くなりロザリーの安全が確保出来るならそれもありかも知れない。
「ところで会長、街で小耳に挟んだ話なんですが、すごい聖女が現れたとかなんとか」
「ああ、あれね、新しく来たフォルニョート教皇が西の港町アンカーロイで見つけたリーナとかいう町娘が聖女だって話を聞いたのね」
会長の反応が芳しくないのは、今回の聖女認定式のやり方について疑問を持っていたからだ。ロザリーの場合、他国の大使を呼んだり私も含め関係者含め大勢の前で行われたが、リーナの場合国王は当然として、第一王子とその派閥の貴族ばかりで第二王子派の貴族は避暑地に出かけて不在の家を除いた侯爵以上の者だけで行われたのが原因だ。
会長の父であるメイザー公爵によると、確かに彼女が水晶に触った時にロザリーより強く光を放ったのは確かなのだけど、それ以降は本人の体調が悪いとかで退出してしまい話さえ聞く事も出来なかった上、それ以降公の場には現れてはいないとの話だった。
「それとそのリーナは教皇が養子縁組して、明後日から学園に編入するからわたくしによろしくなんて急に言ってくるものだから困ってしまってますの」
「なぜ中途半端な時期に編入させるんでしょうね、民間出身なら基礎的な礼儀作法を仕込んでから来年の一年生として入った方が良いと思うのですが」
「ペルちゃんも当然そう思うでしょ?きっと…いや、まあ上級生として公平に指導しようとは思ってるけどね」
会長が呑み込んだ言葉は理解できる。ロザリーを囲えなかった事への当てつけを考えているのではないかという事だ。もっとも、リーナなる人物が非の打ち所の無い聖人であるならば、あの子も劣等感を感じてしまうかも知れないが、まずはよく観察しない事には迂闊な事も言えない。
二人で話し込んでいると、再び司書が渋い顔で現れ声を掛けて来る。
「…あの会長、もう少し声のトーンを落として頂けませんか?」
「ごめ~ん、ちょっと五月蠅かったわね、もう帰るから。じゃあペルちゃん、続きは夕食でね」
「あ、はい」
会長は小声でもよく通るから人の居ない館内では余程響くのだろう。彼女は私に手を振り、司書さんに頭を下げながら図書館を出て行く。その姿を苦笑しながら見送り再び流行の本を開き、夕方まで読書に没頭したのだった。
日が落ち始めた頃に司書の方から閉館を告げられ読み途中だった本を借り、寮へと続く連絡通路を歩いていると、前から見知った男子生徒が歩いて来るのが見えた。彼は私を見つけるとにこやかな笑顔で私の方へとやって来る。
「久しぶりですね、ペルディータさん!今日戻ったのですか?」
(‥‥‥さん?)
「ええ、午前中に戻って昼食後はずっと図書館で過ごしていたの。ダフニス君も今日?」
「いえ僕は一週間前から此処に滞在しています」
久々に会った彼と話していると妙な違和感を感じる。夏休み前の彼はもっと自信家というか掴みどころのない性格をしていたが、今受ける印象は純粋な少年の様な別人のイメージだ。
「それだとご実家のローウェル伯爵は寂しく感じているんじゃない?」
「大丈夫です、あの屋敷の人達は養子の僕をあまり歓迎していませんので早く外に出た方が家の為なのです」
「そ、そうでしたか」
彼の寂しそうな顔を見て、何とも言えない気持ちになったが、次に彼が口にした言葉に違和感の元凶を見た気がした。
「でもこの学園には君を始め沢山の友達がいるし、なにより聖女リーナ様がこの学園に降臨されるので僕は大丈夫なんです」
満面の笑顔を浮かべる彼の姿に背筋に悪寒が走る。本当に彼はどうしてしまったのだろうと。