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新たな聖女の噂


 その後しばらくは母と二人で談笑しているその間、私は頂いた饅頭をノイと一緒に食べながら絵本を読んであげていた。すると、リンドウ様は柱時計に目をやり少し驚いたような顔を一瞬して立ち上がる。


「あらいやだ、もうこんな時間、セイリーンごめんなさいね。娘さん達とのティータイムにお邪魔しちゃって」

「いいのよ、わたくしも久々にお会いできて楽しかったわ。そうだ!夕食をご一緒しません?」

「あらいいわね、でもわたしも夕方から人と会う約束があるの、それに一家団欒を邪魔しちゃ悪いしね」


「あらそうなの、じゃあまた今度ね」

「ええ、その時は是非ご相伴に預かるわ。ふふ、じゃあねペルちゃん、ノイちゃん」

 饅頭を頬張っているノイを抱っこしながら頭を下げ、部屋から退出して行くリンドウ様と母を見送りパタンと扉が閉められると、今までの緊張が解け大きな溜息を吐いた。


 あの方から受ける印象は、表面的には穏やかな感じがするが、それに伴って異様な圧を別で感じてしまうのはやはり私の中での漠然とした警戒感を感じているからなのだろう。



「急に押しかけてごめんなさいね…ふふ、あなたのそんな顔久々にみたわ」

 屋敷の出口まで送ったセイリーンは先ほどまでの笑顔から打って変わって、不快そうな顔つきでリンドウを見ていた。


「……わたくしはあの子を愛してますし、むろん家族も。だからこんな事が二度と起こらない様にしてほしいわね」


「今回の件は本当に悪かったと思ってるわ。でもね、勘違いしてほしくないのだけどわたしはあの子を使って何かしようなんて微塵も思ってない事は信じて頂戴。親友の子にそんな重荷を背負わせる気はさらさらないから」


「…やっぱり知っているのね」


「あれだけアリエルの面影があって、さらにギフトを持ってればわかるわ」


「なら…」


「わたしは今の帝国の在り方には疑問をもってる。もちろん現皇帝陛下の統治能力ではなく全体の危機感という所にね。特に皇太后様に関しては……」


「リンドウ……」


「今日はご馳走様、今度は子供抜きでお酒のお付き合い願いたいわね、じゃあね」


 手を軽く振って、屋敷の前で待機している馬車に乗り込み帰ってゆくリンドウの後ろ姿をセイリーンは物憂げな表情で見送った。


 リンドウと亡くなった妹のアリエルは親友同士だった。子供の頃はよく屋敷に遊びに来ていて姉妹でよく遊んだ覚えがある。成人し、城で侍女をしていたアリエルが皇太后様(当時の皇妃様)の推挙で側室になった後は交流は薄くなったが、たまに会って二人で飲んでいると体の弱い妹の身を案じていた彼女はよく小声で皇妃に対しての不満を漏らしていた。妹が亡くなった後は会う機会もなくなり今の彼女に思いはセイリーンには分かる(はず)もなかった。



◇◇◇



 ほどなくして、夏休み期間の終わりが見えて来た頃、家族や屋敷の家人達に別れを告げ、一路学園があるマージナル首都カグメイアに馬車で向かっていた。

 晩餐(ばんさん)ではベロベロに酔っぱらった兄と父を母と一緒に介抱したり、ノイと一緒に寝てあげた朝におねしょされ寝間着がびしょびしょになったりと、終始大騒ぎであったが、久々の家族団欒を思い出し、窓の外を見ながら小さく笑うとそれを見ていたネコマルさんが声を掛けて来る。


「お嬢様、例の薬品についてですが…」


「ん?ああ、あれお婆の所へ届けてくれた?」

 出発する前に最後のポーションの納品をネコマルさんに頼んだ事を思い出した。


「はい、家人の一人に行かせたのですが、本人じゃなかった為に警戒されたらしいです。中身が本物でしたので事なきを得ましたね」


「それは申し訳なかったわ、あの人お客以外の納品者に関しては対応が厳しいのよねえ、以前偽物つかまされたらしいから」


「お嬢様は大分信用されてるって事でしょうね。その分いいように買い叩かれてますが」


「そんな事は…あるかも」

 お婆のしたり顔を思い出しつつ他愛もない話をしながら馬車での移動を続け、トロイメルの村やローブレルの街で宿を取り六日目には予定通り、カグメイアの門を(くぐ)る事が出来た。これまでは途中で色々事件に遭遇したが、何も起こらないで無事到着した事はありがたい。


「あ、シルド、道具屋前でちょっと止まってくれる?」

 下町に入った所で御者側にある小窓を開けて、声を掛ける。


「はい、お嬢様」

 シルドは返事をすると、馬車を道具屋のある道へと曲がって行く。すると、ネコマルさんが不思議そうな顔をして聞いて来た。

「何かご入用ですか?」


「ああ、インクの瓶を買おうかと思ってたの」


「インク程度ならわたくしが行って来ましょうか?」


「いいよ、すぐだし自分の目で見て選びたいの。寮に置いてあるのってあまり良いインクじゃないからねえ」

「ではわたくしも同行します」

 ネコマルさんは私の返事を聞くまでもなく、道具屋に到着すると一緒に降りて入って行く。きっとお父様がしばらくは目を離さない様にと厳命されたのだろう。


「おや、おもちゃをいっぱい買ってくれたお嬢さんじゃないか?今日はどんなご入用だい?」

 店主のおじさんは私の顔を見るなり笑顔で接してくれる。帰国する際、この店でお土産がわりに色々買い込んだ事を覚えてくれていた様だ。


「今日はおもちゃではなく、インク見に来たんです」


そう言うと、店主は奥に仕舞ってあった真新しい色々なインクをだしてくれた。


「分かってるとは思うが、羊皮紙に使う物と紙に使う物とはインク自体の粘度違うから気を付けてくれ。それと速乾性の物は濃くて質はいいが、使用期限が短いし高い。遅効性は物によるが、安物買いすると色が薄い上に水っぽく滲んで乾きが悪い。要はバランスだな」


 うんうんと頷きながら勧められた五つの瓶を厳選し、借りたペンで試し書きしながら選んで行く。その中から伸びが良く、そこそこのスピードで乾く少し青みがかったインクを選んだ。


「これかな」

 一本のインク瓶を差し出すと、店主はニヤリと笑う。

「おう、お嬢ちゃんさすがだねえ、最近出てきたウェスタ製インクだ。ちょっと値段は張るが、使い勝手はかなり良い。これにするかい?」


「ええ、じゃあこれを二本下さい」


 毎度!と意気揚々に細い切りくずでインクを包み、小さな小箱に入れて渡してくれる。値段は二本で金貨一枚取られたが、後日使ってみた時は十分満足できる品物だった。


 そんな嬉しそうにしている私の姿を見て、店主はおかしなことを言って来る。

「そう言えばその制服着ているという事は、ファールバウティの生徒さんだよねえ」


「え?ええ、そうです」


「なんか、新しく赴任した教皇様がすごい聖女様を連れて来て学園に入学させたって聞いたんだが、あんた会った事あるかい?俺も一度は拝見したいものだなあ」


 その話を聞いて、最初はロザリーの存在が一般に広まったのかなと思ったがよく聞くと、そうではない事がわかった。マージナルの神殿を管理するニベル教皇が任期満了(・・・・)に伴って、新しい教皇が赴任する際に庶民の中から見つけたとある少女が聖女である事が分かり、外交団を率いてたジルベール殿下不在のまま、行われた聖女認定式で黄金の輝きを発したとか街では噂になっていた。


 揺れる馬車の中でネコマルさんと二人で考え込んでいた。

「まさか二人目が現れるなんて……」


「そうですね、お嬢様は一応警戒するようお願いします。わたくしの方でも新教皇と合わせて少し調べを入れておきますので」


「そうね、取り合えず何かわかったら教えて頂戴」


「分かりました」


 一抹の不安を抱えながら馬車は学園の門を潜って行く。





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