意外なお客様
「たしか明日出発だったな」
朝食を終え、自室へ戻ろうとすると出かける準備をしていた父が話しかけて来た。
「はい、そうです」
「そうか、お前をこそこそ調べてる輩がいるようだからあちらに行っても気を抜かないようにな」
「肝に銘じておきます」
「…うむ」
私の淡白な返答に少し困った様な顔をされてしまった。先の事件もあったのでいい加減な返答をしない様気を付けたつもりだったけど、少し無感情すぎたかも知れない。たぶん父は屋敷に戻った後、長々と説教をした事を気にしているのだろう。
「お父様、御心配ありがとうございます。どちらにしても今日は出かける予定もないのでのんびり過ごそうかと思っていますのでご心配は無用です」
「そうか、夕食はラディードも帰って来れると思うから久々に家族全員で食事が出来そうだな」
「はい、楽しみにしています」
笑顔で答えると、父は少し安心したような顔で屋敷を出て行く。その後ろ姿を見ながら最後の休日をどう過ごすか考えていた。
(そうだ、ノイに焼き菓子でも作ってあげるかな)
そう思い立ち早速調理場を訪れると、もうすでにお昼の仕込みに入っている料理長達に挨拶しながら邪魔にならない様、端っこで準備を始める。
ボウルにバターと砂糖を練り合わせて卵をひたすら混ぜ込んで、馴染んだ所へ小麦粉やら塩など色々追加して再び混ぜる。少し柑橘の風味を咥えて出来た生地を休ませるために魔石冷蔵庫に一時間ほど入れて置く。空いた時間に持って来た本を読んでると、ノイがひょっこり顔を出す。
「おねぇたま、なにつくってるの?」
「あらノイちゃん、これから作るのよ。一緒に作る?」
「うん」
丁度一時間ほど経った頃、生地を取り出し引き伸ばして型を取るのだが、ここではノイに任せると粘土遊びの様に楽しそうに型取りをしている横で私は鉄板に油を塗って切り取った生地にトッピングをして置いて行った。その後は用意して貰っていたオーブンで十五分ほどで出来上がる予定だ。
「お嬢様、オーブンの方は我々が見て置きますのでノイ様と一緒に食堂の方へお越しください」
「うん、よろしく。ノイちゃん行くよ」
「あい」
黙々と時間を忘れて焼き菓子を作っていた為、気が付けば昼食の時間になっていた。エプロンを外し、ノイを抱っこしながら食堂へと歩いて行く途中で母と合流して三人でその日の昼食を終え、午後にはノイと一緒に作った焼き菓子を持って母の部屋で三人揃ってティータイムとシャレ込む。
「あらあ、柑橘の香りがふんわりとして美味しいわねえ」
「ノイとおねぇたまといっしょにつくったの~」
「そうなの~とても上手に出来たわねえ」
ノイを膝に載せ焼き菓子をパクついている彼女の頭を撫でている母に少し話を聞いてみる。
「あのお母様、昼食時に何かお話があったのではないですか?」
「うん、そうねえ食堂は人が多いから言うのをやめたんだけど、リンドウさんって知ってる?」
「ああ、キキョウのお母様で現アマツ家当主の方ですね、その方が何か?」
「大事な事だからよく聞いて。彼女や彼女の関係者の前では素性、つまり皇家に所縁がある事については話さないようにしなさい」
「…えっと帝国四家は皆、知っているのでは?」
「実は知らないというか、教えられてないの」
母の言葉に思わず困惑したというか、知っていて当然と思っていたがそれが違った事に驚いた。
「それはまた何故に?」
母の話によると、戦争後に新皇帝が即位して国土再建の混乱時期、アマツ家でも当主である将軍が亡くなった事で将軍の弟であるカリウス氏と奥方であったリンドウ氏で一族はそれぞれを支持する派閥に割れて、しばらくごたついていたらしい。
そんな中で、生まれたばかりの赤ん坊の私を残し第二皇妃が亡くなり、その後力の発現がなかった私についての会議では当主の決まらぬアマツ家を除き、皇太后と三家で行われた。最終的には父であるクロノス家へ養子に出されたのだが、その後アマツ家は主戦派であるリンドウ氏が当主の座を正式に得た事により、皇太后がアマツ家を危険視し次期皇帝の神輿に担がれない様、秘匿されたという事だった。
「どちらにしても皇太后様の意向が強いから秘匿されているけど、誘拐してまで貴方の力を見ようとしている時点で今後も注意が必要なのは当然ね。もっともリンドウさんの仕業と決まったわけではないけど」
「わかりました、お母様」
そう答えるとニコニコしながら頭を撫でてくれる母の手が優しく心地がいい。その様子を見てノイも”わたしもわたしも”とせがむ姿に母と一緒に撫でてあげる。
それにしても、レイとの婚約は皇太后様の鶴の一声があったとベクタールのおじ様から聞いていたが、やはりアマツ家の動きを警戒して、さっさと私を他国へ嫁がせてしまいたかったのだろうか?
――コンコン
そんな時に部屋のドアを叩く音が聞こえた。振り返って見ると、執事長のカリュケが珍しく困った様な顔つきで顔を出していた。
「どうしたのカリュケ?」
「奥様、お客様が参られておりますが…如何なさいましょう」
「あら、どなたかしら?」
「アマツ家のリンドウ様です」
私も母も一瞬顔を強張らせたけど、母はすぐにいつも通りの笑顔になりニコっと答える。
「そう、じゃあこちらへ案内してくれる?それとティーカップを一組」
「はい、奥様」
しばらくすると、執事長に案内されリンドウが部屋に入って来た。
「こんにちは、セイリーンお久しぶり。あらご家族でティータイムだったの?お邪魔だったかしら」
「いえいえ、どうぞお座りになってくださいな。今、お茶を用意しますわ」
母は顔色一つ変えずにいつも通りの、のほほんとした笑顔でリンドウ様を迎え入れたのに合わせて私も立ち上がりペコリと挨拶をするとノイも真似してペコリと頭を下げる。
「こんにちは、リンドウ様」
「ペルディータちゃん、ノイディータちゃんこんにちは。ペルちゃんは外交団の挨拶以来ね、御婚約おめでとう」
「はい、ありがとうございます」
「えっとね、これアマツ領のお饅頭というお菓子なの。食べてね」
持っていたお菓子の箱をノイに渡すと、ノイは目を輝かせて満面の笑みを浮かべた。
「ありがとーあかいおばちゃん!」
「こ~ら!ノイちゃん、リンドウ様とお呼びなさい」
母に怒られ、ショボンとした顔をするノイに対して”いいの気にしてない”と笑顔で対応する彼女の恰好はたしかに黒髪長身の姿に体の線が出る真っ赤なスリットの入った東洋風のドレスを着こみ、私の母とはまた違った妖艶さを醸し出していた。
「お久しぶりねリンドウ、急にいらっしゃったからびっくりしたわ。今日はどうしたの?」
「そう、今日はねペルディータちゃんに謝りに来たのよ」
「え?どういう事ですか?」
先ほど母から聞いた印象と違う申し出に少し戸惑ったが取り合えず彼女の話を聞いてみる。
「今回の誘拐事件は我々同胞が招いた事件だからドラゴニュート族を統べる長として責任を感じているの、ただ末端の出自不明な者達まで把握出来ないのが現実。だから直接あなたに謝罪に来たのよ、本当にごめんなさいね」
「あ、いえ情報提供にご協力されてると兄から聞いてますからご当主様がそこまで気にされる事はないです」
「ありがとう、そう言って貰えると胸のつかえが取れる様な気がするわ」
ニコっと笑うその笑顔には偽りなどの様子も見えなく、本気で心配してくれているのが見て取れた。
いや、私が勝手にそう思っただけなのかもしれない。




