朽ちた牢獄
お婆の店を出る時に持ってきていた暗めのマントを羽織り、フードを目深に被って目立たぬよう繁華街へと歩いて行くと、来るときは開店していなかった店が開き飲み屋の客引きや際どい服を着たお姉さん達が立ち、それを目当てにフラフラと物色している酔っ払いなどとすれ違う。
(ちょっと長居しすぎたなあ)
そう思い少し早歩きになった瞬間、肩の髪の毛に隠れているキュローが髪を引っ張って来た。何事かと思いきや、いつの間にか目の前に私と同じような暗めのマントを羽織った背の高い男が立っていた。驚く私を尻目に質問を投げかけて来る。
「あんた、ペルディータ・クロノスって言うんだろ?」
「え?ええ…」
見た事もない男から感情の抑揚もなく名前を尋ねられて思わず普通に答えてしまった後にハッとして口を押えたが次の瞬間、腹部の辺りに衝撃が走り視界が暗転したのだった。
◇◇◇
――ぴちょん
「んっ…」
どれだけ時間が経ったのだろうか?天井らしき所から水の雫が顔に滴り落ちて頬の曲面を流れ落ちる感覚を受け、目を開くと自分が冷たい石畳の場所で寝転がらされているのに気が付く。
腕は後ろ手に縛られ、足にもご丁寧にロープで縛ってあった。体を転がしながら辺りの確認をすると、古びたレンガで囲まれた小さい部屋で格子が付いた金属扉が目に入りどこかの独房だという事がわかる。しかし、長年使われていなかったのかあちこちが苔むしていてネズミさえも住み着かない場所だという事だろう。
「キュロー?」
とにかく手が使えない状態では何もできないので、自分の使い魔にロープを切ってもらおうと声を掛けるが一向に髪から出て来る気配がない。
どうやら私をここに放り込んだ犯人は使い魔の存在を知っていてキュローを捕らえたか、本人が危険を感じ逃げてくれたかだろうと思う。逃げてくれたなら池に落ちた時のように救援を呼んでくれれば良いが、捕まっていたらそれも期待は出来ないかもしれない。
(……あの子はまだ小さい…うまく逃げていてくれれば良いのだけど)
「…仕方ないか、背に腹は代えられない」
そう思い、気は進まなかったが発火能力でロープを切ろうと考えてみる。しかし、後ろ手に縛られている為、手首のロープを見る事が出来ないので取り合えず足首を縛るロープを見つめて意識を集中する。やがてチリチリと煙が上がり黒いすす部分が増えて来ると足の力だけで切る事が出来た。
「ふぅ…あとは」
ミノムシ状態からなんとか足だけは解放され、壁を利用して立ち上がると目に入った石壁の出っ張りの角に腕を拘束するロープを当てて上下に動かしヤスリ代わりに切断を試みる。
――ザリザリザリ
足を縛っていたロープを見る限り、かなり年季の入った古い物らしく少し焦がしただけで切れたので腕に使われているのが同じ物ならと考え、上下運動をしながら切ろうとしたが小一時間かけてもなかなか切る事が出来なかった。しかし根気よく続けると、ようやく手首の隙間に余裕が出来てきたのを確認し一気にガリガリとロープを壁にこすりつけると足元に切れたロープが落ちて腕が解放された時は、額から玉の様な汗がポタポタと落ちていた。
とりあえず最初に気になる事として体を一通り手で確認しながら見て回り、乱暴などされてないか調べたが服もそのままでただ縛られていただけだという事がわかった。それでも、お婆に貰った売上金の入った小袋や護身用のナイフなどはなくなっていたが、命あるだけマシと安堵の息をつく。
「は~なんかドっと疲れた」
壁に背中を預けて座り込み、部屋の高い位置にある小さな小窓から星灯りが差し込み部屋の一部を照らして来ると、そこには最初は気が付かなかったが昔閉じ込められていた者と思われる人の骨が横たわっていた。
「……」
どうもここで目が覚めた時から感じていたが、付近からは誰かの気配は全くなく、外でさえ魔物の気配も感じない。一体ここはどこなのか、なんとか牢屋から出る事を考えなければこの朽ちた骸骨さんと同じ道を辿るだろう。
そもそも私をこんな所に閉じ込めた犯人は誰なんだろうか?あの時の男の顔はまったく見覚えがない事を考えると、心当たりと言えば私とレイの婚約しか思いつかない。しかし今はこんな場所でそんな事を考えても何の解決にもならないので、気持ちを切り替えてまずはここから出る事を最優先で行動しようと思い体を起こし、早速部屋を調べる事にした。
――コンコン
四方を囲むレンガの壁を隈なく叩いて空洞がないか調べたが、かなり厚い壁の様で全く期待が出来ない。さらに高い位置の小窓は羽の跳躍を使って縁を掴み外を覗いてみたが、地面と草が見えるだけで私の体が入るほどの隙間はなさそうだった。
時折、天井から垂れ下がる苔から滴り落ちる僅かな水を口に含みつつ、地面を調べたり骸骨の持ち物を調べたりしたが脱出に使えそうな道具でさえなかった事に落胆する。
(ま、あればこの人は何とか脱出出来たよね)
そう思い、朽ちた骸骨を横目で見つつ誰か門番でも居ないかと思い、鉄製のドアの格子に手を掛けた瞬間、蝶番がバキン!っと音を立てると同時にドアと一緒に私はうつ伏せ状態で倒れてしまう。
メキメキメキ・・・ドッシーン!!!
「ん~#$%&」
咄嗟にぶつけた鼻と口を押えながら声をあげないようにそのままの姿勢で左右を見渡すと、所々の崩れた天井から星灯りが暗い通路を照らしていた。
(やっぱり誰も居ない…どういう事?)
ゆっくり立ち上がり、通路の先を見ると私が入っていた独房と同じ形状のドアがあるが、ほとんど開いていたり、ドア自体がなかったりしている。元々夜目が使えるから暗所には不便を感じないが、こう迷路の様な道は割と苦手だったりする。そもそも独房があるような所なのだから簡単に出られる作りではないのだろう。
いくつかの独房を探索しながら手に入れた物は傷に効く薬草と錆かけたナイフ一本であったが、ないよりはマシと思い先ほどのロープで腰に縛り付け上に行く道を探していると、ようやく苔に覆われた壊れかけた梯子を見つける。
「なるほど、これは分かりづらいわね」
そう呟きながら上を見上げると、朽ちかけた木の蓋の隙間から光が漏れているのを確認した。
ゆっくりと梯子に手を掛け、昇ってゆくとギシギシと嫌な音を立てながら軋む足元を気にしながら慎重に蓋の部分をゆっくり開けて上がりきると、何かの礼拝堂の様な場所に躍り出た。左右に参拝者が座る様な椅子が並べてあり、私が出て来たのは主祭壇の裏手辺りらしい。
「ここは…太陽の女神の礼拝堂?という事はここはマージナル領なのかしら?」
ボロボロになり、今は祈る者もいなくなった礼拝堂に佇む女神の像はもの悲しさを感じさせる姿を見て、ふとロザリーの聖女認定式で私と言い合いをしたニベルとかいう男の顔が浮かんだ。
あれだけ女神様を侮辱するなとかどうとか言っておいて、こういう廃墟が存在してる矛盾に彼は気が付いていたのだろうか?そんな事を思いながら、朽ちた礼拝堂の入り口にあたるドアを開くと意外にすんなりと開いた事に驚くと共に、やはり普段から誰かが出入りをしている場所なのだろう。
振り返り、今にも崩れそうな礼拝堂を一瞥してその横の小道を進み切り立った崖の様な場所に立ち目の前に広がる光景を見て絶句し、乾いた笑いが口から洩れる。
「あはは、なるほど……これはすごい監獄だわ」
眼下に広がるのは見渡す限りの水を蓄えた大きな湖で、私がいる場所こそ湖の中心にポツンと取り残された小さな島の上だという事だ。




