お婆と私
――ガチャ
「お婆いる~?」
秘薬房の扉を開けながら中を見回すと、珍しくいた鬼族の青年らしい客がチラリとこちらを怪訝そうな目で見ていた。思わぬ客に慌てて”すみません”と小さな声で謝りながらレジの方へ向かうと、相変わらずの水たばこを吹かしながら伝票の整理をしていたお婆を見つけ、声を掛ける。
「あ、居た、いるなら返事するか顔見せてよ」
「やかましい子だねえ、今大事な所だからちょっと待っとれ」
軽くあしらわれ、憮然として近くの椅子に腰を下ろして仕事が終わるのを待っていると、先ほどからいたお客が私を横目でチラチラ見ながらレジ奥のお婆に声を掛けていた。
「すみません、これのお会計を…お願いしたいん……」
「ペル、悪いけど今手が離せないからお会計やって頂戴」
お客の声を遮る様に、大きな声で私に手伝いを投げて来る事に溜息をつきながらレジに入った。
「すみませんね、どうぞこちらで承ります」
「え?あ、はい」
私がレジに入った事に少し驚いた様子だったけど、それよりも持っている小瓶の商品を中々テーブルに置かないで寧ろ迷っている彼の様子を見て(私そんな怖い顔してたかな?)なんて思いながら笑顔を作り、改めて”どうぞ”と声をかけるとやっと数本の商品をテーブルに出して来た。
置かれた紺色と濃赤色の小瓶の首に付いている値札を見ながら年季の入った東方の計算機を弾いているとお婆がこちらを見ずに私に声を掛けて来る。
「ペル、その精力剤と媚薬それぞれに銀貨5枚を付けて置いて頂戴」
「はあ?値上がりしているなら値札張り替えてよ~…申し訳ありませんお客さん、一本銀貨20枚が25枚になっちゃうんですが、どうします?」
怒られるかなぁと思いつつ、お客さんの顔を見ると顔を赤くして俯きつつ”それでいい”と答えた時、ようやく私は気づいてしまったのだ。お婆の店はそういう商品も扱ってるという事を。
お金を受け取り商品を渡すと逃げる様に去っていく青年に悪い事したなあと思いつつ、なにも気に留めてなさそうなお婆を見て再び大きな溜息をついた。
「で、新しい追加商品出来たんかい?」
帳簿を閉じて眼鏡を置くと、お婆は私の方へと向き直す。
「ええ、まあ一応出来たけど、ああいうお客さんの場合は私みたいのにレジをやらせるべきじゃないと思うのよねえ」
そう言いつつ持って来たカバンをテーブルの上に載せ中から出来上がったポーションを一本一本置いて行くと、お婆はそれを取り専用のランプにかざしながら先ほどのやり取りについてこう言って来た。
「何を言っているんだい、あれはあの坊やが勝手にお前を意識して照れていただけだろ?それにお前だって媚薬だ精力剤だと言っても単なる薬品の一種程度にしか考えてなかったろうが」
「それはそうだけど…ね」
私が薬師を考え始めたきっかけは子供の頃に母に連れられてここに来た時に薬品づくりをしていたお婆を見た事がきっかけであった。だから初歩的な部分を教えてもらっていたお婆には師匠的な存在で頭が上がらないのも事実だ。
◇◇◇
――八年前
初めて母に連れられて”秘薬房”に来たのは八歳の頃だった。当時はまだ力に目覚めてなく割と無口な子供であり、そんな何にも興味を持たない私を心配してか母には色々な場所に連れて行ってもらっていた。そんな中にお婆の店があった。
「こんにちは、マーサ」
「なんじゃ、セイリーンかい?また精力剤でも欲しくなったか?ヒッヒッヒッヒ」
「や~ね、子供の前で変な事言わないでちょうだい」
「子供?なんだい、お前さんいつの間にかこさえたんか」
後ろでお店にある奇妙な商品の数々に驚きキョロキョロしている私を見つけ、魔女特有の赤い目でこちらを凝視して来ると慌てて母の後ろに隠れた。
「ほら、ペルこのお店の店主である魔女のマーサお婆ちゃんよ、ちゃんとご挨拶しなさい」
「こんにちは……魔女様」
「ヒッヒッヒッヒ、様なんていらんよ、婆でいい」
そう言われ小さく頷いた。
「まあこの通りペルディータはパパやお兄ちゃんと違って大人しいのよ」
「…例の子かい」
「そうです」
時々私をみながら二人で話している間、お店の中を色々見て回る。それは父の剣術や兄がお下がりでくれるおもちゃなんかより遥かに珍しく興味深いものだった。お店に入った時から気になっていたお婆がかき混ぜていた謎の壺の方に近づき、中を覗き込んだり、近くにあった葉っぱの山やドライフラワーを手に取って匂いを嗅いだりしていると、声を掛けて来る。
「なんじゃ?お主はこういう物に興味があるのかい?」
そう言われ頷くと、お婆と母は少し驚いた様な顔をした後にニコリと笑顔になった。その笑顔が何を指してなのかは当時は分からなかったが、とにかく何かに興味をもってくれた事が嬉しかったそうだ。
その後は母の勧めもあって薬学も基礎的な知識をお婆の所で教えてもらう事となり、材料となる植物などを育てて特性を知る事など、定期的に店へネコマルさんに連れて行ってもらいお手伝いをしながら勉強して今に至る事になったのだ。
◇◇◇
「ふむ、全体的に悪くない。ただ綺麗すぎるから多少雑味があってもよかったかも知れんな」
「そんな事をするのは一人前になってからの事ですよ」
「そりゃそうじゃな、ほれこのあいだの売り上げじゃ」
言うや否や小銭入った袋を投げ寄こして来たのを受け取り中を確認すると、銀貨の中に金貨が一枚混じっていて驚きの声を上げた。
「え?こんなに…ちょっと嬉しい」
「ふふふ、まあ全部綺麗に売れたからな、奮発じゃぞ」
そんな話をしていると、ガチャっとお店のドアが開き、ヌウっとミノタウロスの戦士が入って来た。
「おう、婆ちゃんこの間の回復ポーションってのまだあるかい?あったら五本ほど欲しいんだが」
「ほっほっほ、あんた運がいいねえ~丁度この子が二ダースほど持ってきてくれたから在庫は潤沢じゃ」
「ほぅ、このサキュバスのねーちゃんが作ってんのか、薬草より早く回復してすぐに動けるから緊急の場合めっちゃ助かってるぜ。ちょっと値が張るがそれだけの価値があるってもんよ、ありがとな」
「あはは、どうも……ん?」
渡したばかりのポーションを五本用意して厚手の大葉で包み、紐で縛って行くとミノスのお兄さんは懐から革袋を取り出し、金貨五枚をテーブルに置くと”ありがとさん”と言いながら店を後にして行った。
「毎度あり~」
「ちょいと、お婆様?」
「なんじゃ」
「一本金貨一枚で売ってるんですね。この間渡したのは十二本、全部売れて金貨十二枚。私がもらった売上金は金貨一枚に銀貨五十枚、銀貨百枚で金貨一枚と換算しても…」
「あーわかった、わかった。まったく地頭を良くしろとは言ったが余計な知識まで取り入れていたか」
渋い顔をしながら先ほどお兄さんが置いて行った金貨から四枚私に寄こしてくる。
「私、ちゃんと学校に通っているんですから。それに金貨一枚は高すぎません?」
「あほ、勉強してるなら市場を理解せにゃだめじゃ、常に需要と供給のバランスを考えて価格を考える。それにこのガラス瓶だってタダじゃないだろうに、材料費やお前さんの時間的労力、ここまでの輸送費などを入れての価格じゃ」
「いやまあ、それは分かっているけど…」
「それにお前さんは近々学園に戻るのだろう?元々そんなに需要がある商品じゃないからお前さんからの提供がされなくなっても、今まで通りたまにやって来る魔石商人から買うだけだから問題ないよ」
お婆の言う事は至極当然だ、元々この国ではあまり興味を持ってもらえないのも自己回復能力が高い為であるがゆえに、たとえ安価でポーションを提供しても受け入れられるかは分からない。
「ペル、お前さんの作った商品は魔石商人が持って来るものより評判はいい。リピーターが居るという事はそれだけ需要があるってもんだ、将来この国に生産拠点を作るってんならわしの所でいくらでも売ってやるよ」
「その時はちゃんと公正な取引したいですね」
「ヒッヒッヒッヒ、さてな?それは商品次第だな」
私の表情を見て、色々察したのかガラにもなくそんな風に励ましてくれるお婆の優しさは素直に嬉しい。
(もっとも、私の将来はまだまだ不透明だけど…)
少し気持ちが和らいだ所でお婆に別れを告げてお店を出ると、すでに外は日が落ち暗くなった道を明るい繁華街に向けて歩き出した。




