一族の願い
カルメが中へ入ると、薄暗いテントの中に吊るされた古い魔石ランプが周囲を照らし、その下に敷かれた絨毯の上に立派な角を生やした長髪の女性が本を読みながら胡坐をかいて座っており、その隣に精悍な顔をした筋骨隆々の男が立っていた。
そして彼女が入って来た事に気がつき、顔を上げる。
「久しぶりね、カルメ」
「ええ、リンドウ様もお変わりなく」
小首を傾げながら挨拶をしてくるカルメをしばらく値踏みをするかの様に眺めてから口を開く。
「報告によると最後の写本は処理出来たようね」
「睨んだ通り、太陽の女神の教団が隠し持っていたわ。でも教皇ニベルの飼い犬をちょっと焚きつけたら予想以上に暴れた上、ニベルが失脚し更に写本まで持ってきてくれたから一石二鳥って所かしら」
「そう、それは上々ね。これで貴方の先祖の不始末はある程度拭いきれたのかしら」
「どうでしょう?長老たちは喜んでいるようだけど、召喚という術に関わった連中がいる限り本がなくとも密かに研究する可能性は捨てきれないと思うわ」
リンドウは彼女の答えを聞いて、もっともだとも思ったのか小さく頷く。
数百年前召喚魔法を編み出したカルメの一族は魔女の中でも一目置かれる存在であった。当時の召喚魔法は精霊や高位の魔物などと契約して使役するといったもので才能のある者でないと逆に召喚した者に襲われるなどリスクを伴う研究中の術だった。しかし、当時は交易が盛んであったマージナル王国の商人にその術を書き写した写本を売り渡した事が全ての発端になっている。
それ以降は歴史の示す通り、勇者召喚という形でアルカンディアに度々大きな厄災をもたらした事は周知の事実であるが、それが故意であれ不可抗力であれ原因をもたらした一族は全魔女の総意をもってカルメの先祖を千年の流刑に処する事で魔女全体の対面を保った形になる。
「まあ、貴方の懸念は確かにあるけど一応の目的は達成されたと考えてよいでしょう。約束通りアマツ家は全面的に一族が戻れるよう魔女の最長老への執り成しをするわね」
「そこはありがたいけど、最長老と他の長老達は簡単に帰還する事を許すかしら?」
「問題ないわ、幹部の数人は取り込んであるし彼女達が研究に使っている貴重な素材はほとんど我が領地の産物に頼ってるうちは、認めざるを得ないでしょ。それに彼女らの中に後ろめたさもあるでしょうにね」
カルメの一族をスケープゴートにして魔女の体面を保ったのは良いが、実際問題誰が売ったのかは当時も今も分っていない。そもそもお金に困っていようと研究途中の物を売るなど魔女であればありえないのだからそれを鑑みれば後ろ暗さも納得がゆく。
それにしてもリンドウの提案に対して間接的とはいえアマツ将軍を死に追いやってしまった自分達の一族を何故ここまで助けてくれるのか正直疑問を持っていたが、取り合えず一族達が喜ぶならと思い、今は素直にその好意を受け取る事とした。
「きっと一族は今後もあなたの手足となって働いてくれるわ」
「フフ、カルメ、貴方はどうなの?」
そう聞かれると、彼女はリンドウの目をじっと見つめてから胸に手を当てて頭を下げた。
「もちろん、お手伝いさせて頂きますよ」
「期待しているわ。それと他にも何か報告があると聞いていたけど何かしら?」
「ええ、重要かどうかはわたしには判断出来かねるけど……」
彼女の口から語られた情報は、今回の外交団の中に聖女と呼ばれている少女がいる事と、仲間内からの間接的な情報としてニベルの部下が聖女に対して行う襲撃をことごとく謎の力で撃退する留学生の話しであったが、それを聞いたリンドウはしばらく視線を右に考え込んでいた。
「聖女……たしか特別な力を持った異世界の者を召喚する際に生贄に差し出されたという哀れな存在だったわね。なるほど、ご丁寧に条約が守られている事を証明する為に連れて来たのかしら」
「マージナル側の真意はそんな所ではないですか?本人はひた隠しにしていたみたいだけど」
「まあ、誰でも生贄にされるかもと思えば隠したくもなるでしょうね。で、その娘を助けたのが……たしかガデライン将軍の娘がマージナルに行っていたわね」
そうリンドウが呟くと隣に立っている側近の男が片膝をついて質問に答える。
「はい、ペルディータ嬢がラティア皇女殿下の名代で行っています。ただ、現在は夏季休暇という事で家に戻っています」
「ペルディータ…ああ、キキョウのお友達のね。セイリーンの娘なんて気にもしていなかったけど、少し調べる必要が出て来たわ」
「御意」
側近が手を軽く上げると、天幕の一部が揺れ何者かが出てゆくのをカルメは見逃さなかった。
「じゃあこれで話はお終いね。カルメ、あなたはお引越しの準備でもしていて頂戴、後日すべてが整ったら連絡をいれるから」
「ええ、お待ちしています」
テントから出ると、日が落ちかけている夕焼け空を見上げる。迎えが来るまではここで時間を潰すしかなさそうだ。彼女にとってはアルカンディアが故郷なんて言われても何の感慨深さなどは微塵もないが、長老である曾祖母様から母まで呪いの言葉の様に一族が国に帰る事を切望し、自分自身その意を汲んでやって来たがいざ現実味が帯びて来ると単に入国許可証を貰うだけの様な気がしてバカバカしく思える。
それよりもテントから出る瞬間、リンドウ様からおかしな質問をされた事の方が気にはなっていた。
「ねえカルメ? 魔族の者が聖女を媒体に召喚魔法を使ったら召喚された異世界人は太陽の女神の祝福を受ける事が出来るのかしらねえ」
その時は研究を旨とする魔女の血がその答えを欲する衝動に駆られたが、藪蛇になった場合のリスクの大きさが頭を過り、”さあ?”としか返答をしなかった。
(異世界人を召喚…それは世の理から外れた行為。そんな甘美な美酒に魅了されて身を亡ぼすほど愚かではない事を祈りたいわね)
そう思いながら自分で建てた小さなテントの中で横になり目を瞑る。
◇◇◇
「あれ?ペルは何処か出かけるの?」
完成したポーションをカバンに詰めて繁華街にある魔女のお婆の店へ行く準備をしていると、ロザリーが声を掛けて来た。
「うん、ちょっと頼まれものを届けにね」
「あたしも付いて行っていい?」
「…だめです」
「え?なんで~」
「そもそも貴方は一応大事なお客様なんだから、おいそれ街に出ちゃだめなの。それに人族である事で危険な目に会う可能性だってあるんだから屋敷で大人しくしてて頂戴」
それだけ言うとカバンを提げて玄関ホールへと階段を降りて行くと、後ろで不満そうな顔をして腰に手を当てて立っているロザリーを横目に屋敷を出て行く。
まあ、物見雄山したい彼女の気持ちを分からないではないが何かあった場合、私一人では対処が出来ない場合もある。ここは人族の国ではないのだ。
屋敷から繁華街までの道を歩きながら空を見上げると、日がだいぶ傾いて赤く染まって星も見え始めていた。
「少し急いだほうがいいかな」
私は自分に言い聞かせるように呟き、足を速めた。というのもやはりこれから行く場所は場所は繁華街、夜はやっぱり大人の時間で特にこれから行くお婆の店は繁華街の裏通りを通らねばならない。
警備が行き届いてる首都とはいえ、全てに満遍とは言い難く少し裏に入ればいかがわしいお店などがあるが故、酔っぱらいや勧誘など色々いるのだ。もっとも、お婆のお店もその分野のお店なのだから仕方ないのだが。




