茶会の裏で
――翌日
ロザリー達がノイの相手をしてくれているお陰で私は部屋で昨日の出来事を深く考えない様に、お婆のお店に下す回復ポーションを作っていた。
コンコンとドアを叩く音と共にネコマルさんの声が聞こえた。
「お嬢様、ツバキ様達が遊びに来られましたがお通ししても?」
「うん、入ってもらって~」
振り向かずにそう答え、スポイトを使って調合をしていると、後ろから声が掛かった。
「うわ、何この匂い、くっさ!」
鼻に手をやって入って来たツバキは開口一番渋い顔で文句を言って来る。まあ、薬草を煮ている時は結構キツイ匂いがするのは慣れていないとかなり来るものがあるのだろうと思いつつ手ぬぐいで手を拭き彼女達の方に振り向くと、意外にもセイレーンのパレーネは気にしていない様子である。
「パレは匂い大丈夫?」
〈問題ない。ツバキは気にしすぎ〉
海や湖、川などを住処にしているセイレーンからしたらこの程度は気にはならないのだろう。
「え~何それ、あたいだけアウェイかよ」
「まあまあ、とりあえずここだと狭いから空いてる客間に行こう」
憮然としているツバキの肩を押しながら、近くに控えていたネコマルさんに茶菓子をお願いして客間へと移動した。
〈長椅子借りていい?〉
「ああ、はいはいどうぞ」
ボードにそう書いた彼女に答えるとパレーネは長椅子に体を横たえ目閉じた。すると、ポンと音がして半身が魚の様な尾びれに変化して”ふぅ”と息をつく。
「なんかお前が館の主人みたいだな」
「ふふん、苦しゅうないぞ。遠慮はいらんからそこへ座る事を許可しよう」
「へいへい」
声を出せる様になったパレーネは頬杖つきながら尾びれをパタパタさせて対面のソファーを指さすと、ツバキはヤレヤレといった表情で椅子に腰かけた。
普段遊びに行く時は移動しながらの食べ歩きなどしているからボードに文字を書いて会話に参加しているが、やはり書き文字が会話の流れに付いて行かず簡単な相槌で済ませてしまう事が多いが、こういう場所で元に戻ると彼女は非常に饒舌になるのだ。
「そういえばエララは神殿へおつとめ?」
「そうそう、あの子真面目だからなかなか抜けられないのよねえ」
「まあ、また暇な時に連れてくればいいさ。それよりペル、お前んとこに人族の友達が来てるんだろ?今日はそいつを見に来たんだが、いないのか?」
「あ~ロザリーの事ね、今裏庭でノイの面倒見て貰ってるからしばらくしたら戻って来ると思う。そうしたら紹介するわ」
「おう、それは楽しみだな。学校の友達って一体どんなやつなんだろうな?あたいは額に目があるって聞いたんだが」
「え?わたしは全身金色で常に光ってるって想像してるんだけど」
「なんなのよ、その変なイメージは!ロザリーは至って普通の人族よ」
「「なんだ、つまらん」」
声をはもらせて不満を口にする二人に呆れてると、ドアを叩く音が聞こえネコマルさんが茶菓子を持って部屋に入って来ると同時に、隙間からノイが入り込んで来た。
「ツバリー、オサカナー」
「おう、ノイ今日も元気だな」
「サカナと呼ぶなって言ってるでしょ~」
舌っ足らずでツバキ達の名前を間違えるのは仕方ないとしても、パレーネの事を魚と呼ぶのは良くないので時々は注意しているのだが…。
「こら、ノイちゃん、パレちゃんの事をおさかなって呼んじゃダメよ」
「あい、ごめんなさい」
えへへという顔で頷くも、本当に分っているのか怪しいがそんな様子を見て部屋に入れてしまったネコマルさんが謝罪して来る。
「申し訳ありません皆様、手が塞がっていて止められませんでした」
「気にしなくていいわ、いつもの事だし。それはそうとロザリーは何でドアの影に隠れているの?」
「え?ペルのお友達が来てるならちょっと邪魔かな~と思って…」
「相変わらず人見知りね」
丁度ドアの影になる部分にいたロザリーの手を引っ張って部屋に入れると、ツバキが目ざとく反応して飛んで来るとがっちりとロザリーの頬を掴んだ。
「おまえさんがロザリーだっけ、ロザリー」
「ふわわしょ、しょうれす」
ツバキは珍しい動物でも見つけた様に顔や体を触り感触を堪能しまくり、一方ロザリーの方は何が何だかわからないといった状況に目を白黒させていた。
「ちょっと、ツバキ!初対面で失礼でしょ」
「わりーわりー、でもあたいと同じ黒髪なんだな。適当に角を付ければ鬼族とかわらんな」
「は、はあ」
「あたいはツバキってんだ、あそこでゴロゴロしてるのはパレーネだ。よろしくな」
「お~い、好きでゴロゴロしてないっての! あ、わたしパレーネね」
「あ、はい、ロザリアです。よろしくお願いします」
「取り合えずロザリーも座って。挨拶も済んだからお茶しましょうよ、折角焼いたお菓子もあるし…あっ!こら~」
気が付けば、テーブルに置いてある焼き菓子を待ちきれずに一人でパクついているノイを見つけて椅子に座らせた。
ノイの面倒を見つつ、四人の会話が弾んで行くとロザリーも次第に打ち解けたのが分る程度にはなっては来たが、彼女自身が聖女である事に関してはこれまでの経験も手伝ってちゃんと秘密にしているのは良い傾向だと思う。
表向き今回の訪問はあくまで外交団に随伴した学園の生徒代表という事で通しているので彼女の正体を明かすわけにはいかない。それに今はもう一つ抱えてしまった私自身の出生も同様だ。
そんな私の心配を他所に、会話が盛り上がってるツバキ達の様子を様子を見ながら暖かいお茶を啜ると少しホッとした気持ちになりながら窓の外を眺めた。
◇◇◇
――ガルタネの森近郊
国境を越えた一台の馬車が停車し、帽子を目深に被り商人の恰好をした女が降り立つと後ろから声がかかり振り向く。
「んじゃ、三日後の昼過ぎに再度ここを通るからその時に拾う。正し、その時に居なければ置いて行くからそのつもりで」
「分かったわ、ありがと」
頷きながらそう女が答えると、馬車はアルカンディア帝国の入口へ続く乾いた街道へと砂埃を上げて再び走りだす。
降ろした女が次第に小さくなって見えなくなると、馬車に乗っていた二人の商人風の男の一人は上が髭を触りながら座席に座り直して革袋の水を飲みつつ対面に座る同僚に疑問を投げかけた。
「あんな何もない場所に降りて何やってるんだろうな」
「さあな、前金はしっかり貰ってる事だし一々詮索はせずに只の荷物だと思えばいい」
「…そうだな」
馬車の姿が遠くへ消えると、女は帽子を外し中に納めていた髪を解放するように頭を振り、変装の為の化粧を落とすとその姿はダフニスと別れて行動をしていたカルメであった。
「変装の化粧は肌を痛めるから好きじゃないのよね…」
愚痴を零しつつ布で包んであった杖を取り出しさらに荷物を背負い、ガルタネの森へと徒歩で入って行く。
魔物に警戒をしながらも草木が覆い茂るケモノ道を進み、しばらく進み続けると目の前が開ける。そこには狩人の小さなテントがいくつも立ち並び、小さな集落の様になっている場所に着いた。
そこには数人の狩人が獲物の処理をする者や道具の手入れをする者がいたが、入って来たカルメを特に気にする事無く黙々と作業を続けており、彼女はその中の一角にある大き目のテントの中へと入って行く。




