皇太后の憂い
夕刻にお父様や様子を見に来たベクタールのおじ様達を含め、ロザリー達の歓迎の宴が開かれいつもより豪華な食事に舌鼓を打ちながら賑やかな夜が流れてゆく。
自室で寝間着に着替えて明日に備えてベッドへ潜り込もうとした時、ドアを叩く音が聞こえ”ロザリーかしら”と思いつつ扉を開けると、普通にネコマルさんが立っていた。
「どうしたの?」
「夜分遅く申し訳ありません。旦那様が執務室に来るようお達しです。服はそのままで結構ですのでお早く」
怪訝な顔でそう聞くと、彼女はいつもより真剣な顔をして話すのでただ事ではないと思いながらも上にショールを羽織りネコマルさんの後へ付いて行く。
――コンコン
「ネクマールです。お嬢様をお連れしました」
「入りなさい」
お父様の承諾を得てネコマルさんに続いて部屋に入ると、両親、ベクタールのおじ様に兄上までもが揃って私を待っていた。私が目を丸くしている間にネコマルさんは一礼をして部屋から出て行き私一人が残され戸惑っていると開いているソファーに座るよう促され、取り合えず素直に座り黙って成り行きを待ってみた。
「うむ、夜分にすまないが大事な話がある」
「城での婚約の件でしょうか?」
「…それはまあ、とりあえず置いておくとしてもっと大事な事だ」
「はぁ」
私にとっては結構大事な事なのだがそれ以上となると、やはり乗っ取りとかを考えているのだろうか?……などと不安になるような事を考えていると、父からは意外な言葉が出て来る。
「お前は自分の父親の事を考えたことがあるか?」
「??…目の前におりますが」
「そうではない、お前が養女であることは知っていよう。それと、生母がここにいるセイリーンの亡くなった妹アリエルである事も」
「はい」
「では父親は?」
「????」
何故だろうか、今の今まで全く思い浮かびもしないし、考えた事さえない。いやその発想すら出なかった事さえ奇妙に感じないのだ。
私の思考が混乱する様子を見て、皆何故か”当然か”という顔をして私を見ている。
「これから話す事はお前の出生に関する事、それと何故皇太后がこの婚姻に口を出して来たのかを教える。本当はお前が成人し、結婚した時にと思っていたが予想以上のスピードでお前が女神のギフトを手に入れてしまったのも関係があるからだ」
「は、はい」
(女神のギフト……あれ?隠していた発火能力はとっくに知られてる?)
「まずは最初に言って置く。お前の本当の父親はベルファローゼ・マティア・アルカンディア、先代の皇帝陛下だ。そして母親アリエルは陛下の第二夫人であった。つまりお前は元々皇女であったのだ」
「……」
(皇女?現実味がない…まるで誰かの寝物語を聞いている様な感じ)
そこからはお父様の話を聞く限りの内容はこうだった。
本来、皇帝の子供は生まれて来ると必ず一つ以上の女神のギフトを持って生まれるが、私は一つも持たないで生まれて来た為に正妃からは忌子として見られていた。生母は元々体が弱い上、産後の肥立ちが悪くさらに最悪なタイミングで勇者戦役が勃発してしまった。その後、皇帝崩御の報を聞いてショックのあまり気落ちし、後を追う様に亡くなってしまったそうだ。
そうして次代皇帝即位や国土回復など国自体が慌ただしい中、力を持たない私の扱いを持て余していた帝室は目に届く位置での養子に出す事を決定した。今後帝室に戻らない契約をし、本当の父親でもある先代皇帝の事を一切思い出さない魔女の秘術をかけられ今の両親の所へと来た訳だ。
その事は帝室でも一部の者しか知らず、特に問題もなかった。十歳の時に力が発現するまでは。
「お前に今話した事が自分の事ではない様に聞こえるのも、これまで本当の父親の事を考えなかった事も全て安全に帝室から籍を抜く為の大事な処置だったのだ。許して欲しい」
「お父様、お顔を上げてください。正直な話、この話を聞いて実感をまるで感じていませんが、私はクロノス家の長女として家族でいる事を嫌だと思った事は一度もありません。寧ろ誇りに思います」
「…そうか、そう言ってくれると気持ちが楽になったよ。ただ、忘れないで欲しい、皇太后様は昔より丸くなったと言われるが、やはりお前の力の発現以降はかなり警戒している」
「何故でしょうか?お父様の話を聞く限り、私は正式に皇家から除籍されていますでしょうに」
「我々の住むアルカンディア帝国も多種多様な種族が集まって出来た国である為、一枚岩ではないという事だ」
お父様はそこで言葉は続けなかったが、私には何となくその辺りの事情が見えて来た。キキョウを始め、先の戦争の結果を快く思わない者達の不満が溢れた時、その者達が皇帝陛下と同じ力を持つ私を旗頭に据えるというシナリオを。
だからこそ皇太后様は、将来国家に暗い影を落としそうな要因要素の一つでもある私をマージナルへ嫁がせる事で、解消させようとしているのかも知れない。それは血を分けた最愛の息子である陛下に対する母親としての愛情なのかはわからない。
「お父様のお言葉、深く心に留めて置きます」
「うむ、では今回のマージナルからの提案は受けるという形で進める。宰相、後の手続きなどはよろしく頼む」
「ああ、分かった。ペルディータ嬢、それでよいな?」
「はい」
「何、そんなに深く考える必要はない、お前さんを守り道を作るのは我々大人の仕事だ」
ベクタールのおじ様の言葉に頷くと、軽く肩をポンポンと叩きお父様と一緒に部屋から出て行く。それを見送っていると、お母様が私を後ろから抱きしめて来た。
「ペルちゃんごめんね、なにも教える事が出来なくて」
「いいんです、教えて貰った所で思い出す記憶は今の家族と過ごして来たこれまでの大事な記憶ですから」
「そう…でもね、これはわたしの我が儘なんだけどね。妹の…貴方の生母であるアリエルの事は忘れないで欲しいの」
「はい、もちろんです」
そう笑顔で答えると、母は何も言わずに私をギュッと抱きしめて頭を撫でてくれる。それはとても心地よいひと時でもあった。
「そういえばおふくろ、俺はよく知らないんだがラティア様はどういう立ち位置なんだ?」
一連の話を黙って聞いていた兄が疑問に思った事を母に聞いていたが、私も興味がある。
「そいうえばあなた達は知らなかったのね。第三夫人にあたるヘルミフェ様はライハンドル帝国が当時、大陸南部の覇を唱えていた時、北へ追いやられた森エルフ族がアルカンディアに庇護と一族が住まう領地を拝領する際に、族長が娘の一人を差し出して来た人質みたいな扱いだったけど、当時の陛下は快活な性格の彼女を気に入って夫人にしたの。だからその性格を受け継いだラティア様も凄いでしょ?」
「なるほど」
「ラティア様をみれば何となく想像出来るな」
「ペルより四か月ほど後に生まれた彼女は母方の血が濃かった様で、ギフトも一つだけなので皇太后様からすればあまり危険視はされてないの。ヘルミフェ様も陛下が身罷った後は帝国の安定を考えてラティア様を残してエルフの森に隠居されてしまったわ」
きっと帝国内に変な派閥を作られる前に身を引いたヘルミフェ様は聡明な方だったのだろう。まあまさか私自身がギフトに目覚めてしまった事で、皇太后様から騒乱の種の様に見られているなんて思いもよらなかったのだが。
「さて、だいぶ長くなってしまったわね。お話はお開きにしてそろそろお休みしましょうか」
「はい、ではおやすみなさいお母様」
「おやすみなさい」
挨拶をして部屋から出ると、兄が私の頭をポンポン叩いて呼び止めてきた。
「もう、なんです?」
「これからちょっとした夜食を作って貰おうと思ってんだけど、お前も付き合えよ」
「…別にいいですけど」
片付けをしているメイドさんには申し訳なかったが、二人分の簡単な夜食を作って貰い他愛のない話をしながら食べる夜食は美味しかった。きっと不器用な兄なりの気遣いなのだろうと考えると、どこか気恥ずかしさも感じる。




