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それぞれの思惑


――バシャバシャバシャ


 青白い魔石ランプの光が暗い下水溝の壁に走る人影を映し、水音が石積の壁に反響している。


 黒いフードの男こと、カーデナルはいつも使っている首都カグメイアの地下を縦横無尽に巡らされて下水溝を移動していたが、今や地上と同じく彼の安息の場所では無くなりつつあった。


 今や教団と騎士団の二組織に追われる身となった彼はさっさと首都の外へと脱出をしたかったが、外へと繋がる地下道は重厚な鉄格子に阻まれ出る事は不可能に近かった。外に出ても高さ12mもの外壁が立ちはだかり、出入り口も厳しい検問を越えなければならない状態になっているのは予想出来た。後は捜査の手が緩む時期まで市中に潜伏するという選択もあるが、先日潜伏先を密告されて騎士団が踏み込むギリギリで脱出できたのは奇跡的であった。


「……何とか街の外へ出ないとジリ貧だな」

 下水溝の横壁にある点検溝に身を潜め、懐に隠し持っていた鎖で封印された魔法書を手に取り眺める。


 ニベルが騎士団に疑われてる事案を全て自分に押し付けて教団の安全を確保しようとしているのは薄々感じていた。そもそも奴以外、知る筈のない潜伏先まで騎士団が乗り込んで来たのを考えれば当然である。だからこそカルメの提案に乗って教団が隠し持っていた召喚儀式の写本を手に入れたのだ。


 召喚儀式の写本…これはこの国にあってはならない物。二度と儀式は行わないという講和条約の元、アルカンディア皇帝代理人の前で関係する書物と一緒に火にくべられた物でもあり表に出れば、ニベル教皇の責任問題は重大であるがゆえ、逆に言えばカーデナル自身を守る最大の保険にもなっている。


「今頃やつは人畜無害そうな笑顔から絶望に震える顔に変貌しているだろうよ。だが本番はそんな火事ごときじゃないぜ」

 そう独り言の様に呟き、明日になるまでの短い休息を取る様に目を閉じた。



◇◇◇



 ニベル教皇は開け放たれた金庫を前に顔を赤くして憤怒の表情を浮かべている。それを見た修道士も普段の優しい教皇とは思えぬ表情に怯え(おのの)いていた。


「黒いフード?やはりカーディナル!これまで目を掛けてやった恩を忘れおって!!よりによって…」

 そう思わず口にした瞬間、後ろから声が掛かった。


「おや、教皇殿はこれが放火であると認識し、さらに犯人に心当たりがあるようですな」


 その声に慌てて振り返ると、先ほど別れたはずのアルトレー騎士団長とスィオーネ魔術長の二人が火災の惨状を眺めていた。


「な!何を勝手に入り込んでいるのだ!ここは我らが聖域、とっとと出て行きたまえ」

 焦った表情のニベルに肩を竦めて呆れた様に言い返す騎士団長。


「教皇殿、たしか黒いフードの男の調査には全面的に協力してくださる約束でしたよね?しかも貴方はその男の名前を知っている。どういう事か説明願いますか?」

 アルトレーの古傷がついた顔がニベルの顔に近づき、威圧すると激高していた赤い顔が見る見る青くなり、汗が噴き出す。



 それからしばらく話を聞いて教皇の口から出た話はこうだった。

 カーデナルという男は数いる修道士の中で将来的に有望な逸材で特に目を掛けていたが、何時の頃からか教団の生命倫理に反する魔術に手を染め始めた為に教団を破門とし、追放したのだという。しかし、それを逆恨みをして今回の事件を起こしたとの見解だった。


「なるほど、ならば何故もっと早い段階で我々に情報提供して頂けなかったのか」


「そ、それは我々教団の恥じとなる事象は我々の責任で処理をしたかっただけだ」

 厳しい目線で彼を見据えると、悪さをした子供の様に目を逸らしてつまらない言い訳だけはして来る事にアルトレーは少し苛ついていた。早い情報提供があれば、火事は防げたかもしれないし墓荒らしの件やゴーレムの件も捜査が進んだのかも知れない。


「ま、気持ちは分からないでもないですが、事態が悪化している以上もう少し我々騎士団を信用して頂けると幸いですな」


「……」


「とにかく犯人の名前や特徴が割れたのは幸いですね、後は宝物庫からなくなった物のリスト作成をして売り払われてないかの市場調査も並行して進めましょう」

 重い空気を割くように、スィオーネが今後の方針を提案をして二人が頷いた。




――騎士団長室


 教皇の不本意ながらの協力の元、ある程度の情報がまとめられつつあったがどうにも腑に落ちない部分が多いのが気がかりである。


「なあ、スィオーネどう思う?本当にこれだけの規模を一人の男がやれるとは思えないんだが」


「たしかに組織的な事案だね。しかし具体的な証拠は何一つない今はこのカーデナルとかいう男の逮捕が最優先なんだが……」


「ああ、教団連中にとっては先に我々に逮捕されては困るのであれば抹殺もありうるか」


 そうは考えつつもアルトレーの頭に過る疑問がある。騎士団と教団の二つに追われる事は百も承知で騒ぎをおこしているなら考えられるのは二種類、一つは全ての罪を擦り付けた教団への自滅覚悟の復讐。もう一つはカーデナルの後ろに何らかの別の協力組織があるかもしれない事。何にしても今は男を街の外に出さない事と教団より先に確保する事が肝要だった。


「それにしてもカーデナルという男は何故、こっそりと盗まず火事まで起こして盗んだのだろうな?人知れず盗めば教団に阻止されて我々の干渉は大分遅れたと思うんだが」

 ペンを指で(もてあそ)びながら机に肘を着く。


「そこは教皇に恥をかかせたかった事と自分の命を守る為じゃないのか?最悪、逮捕されても即死刑なんてありえんしな」


「まったくだ」


「そういえばアルトレー、ロザリア嬢の誘拐未遂やゴーレム退治は例の魔族のお嬢さんが大きく関わってたらしいな」


「ああ、ペルディータ嬢か。見た目は大人しそうな感じの美人なお嬢様だがあの黒フードの男を二度も撃退していると考えればやはりあの獣王将軍殿の娘だと再認識させられるな」


「ほう、私は別件で聖女認定式に出ていたなかったから見た事はなかったからもっと戦士っぽいイメージをしたいたが、そんなに美人か、是非会ってみたいものだ」


「ああ、今度紹介してやるよ。正し、まだ十五歳の娘さんだから手をだすなよ」


「出すか!」

 そう答えつつ、団長室に二人の笑い声が響いた。



◇◇◇



「くしゅん!!」

 どこかで噂されたのか、思わずクシャミをすると今しがた乳鉢で作っていた試料の粉が部屋に舞い散ってしまった。


「ちょっとペル子さん、何なのこの粉塵は~、なんか鼻に着く匂いなんですが」

 人のベッドで差し入れのクッキーを食べていたロザリーにまで降りかかってしまい、苦情がやってきていた。


「ごめんごめん、ゲンノーの葉を乾燥させた粉だから害はないよ」


「苦!これ何の薬?」

 そう言いつつ手の甲に付いた粉をペロリと舐めて眉間にシワを寄せ、口をへの字に舌を出す。


「腹痛とかに使うやつ」

小さな卓上(ほうき)を取り出して飛び散った粉の掃除をしていると、乳鉢の中身を確認している。


「粉薬なんだ…何と言うかポーションで全部済ますわけじゃないのね」


「そうだね、お高いポーションよりちゃんと症状に合った薬を使う方が利きが良いからね。例えばさっきの腹痛用、風邪、頭痛、歯痛、火傷やら傷用、かゆみとか虫刺されとかね」

説明しながら自作した薬を色々取り出して説明していくと彼女は目を丸くした。


「え、これ全部ペル作った薬なんだ」


「もちろん、ただレグナント先生からはまだまだ効能はあげられる余地があるからギリ60点らしい」


「あらら、優しそうな顔をしていて中々厳しいねえ」


「まあ三年の間にもう少し良い点を貰えるように頑張るつもりだよ」


「ふふ、そうだね、あたしも応援してる」


「ありがとう」

 出した薬の瓶などを片付けながらそう答え、彼女の顔を見ると少し寂しそうな顔が目に入った。




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