呼び出し
――カラーンカラーン
午後の授業の終了を知らせる鐘の音が聞こえ、サルマルス先生が教室から退出すると同時に皆思い思いに体を伸ばしたり、友達の所へ移動して話し込んだりとし始めるのを見ながら教科書をバックに詰めて寮に戻ろうとした時、教室の入り口で私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
振り返って見ると学園の女性事務員らしき人が私を手招きしていた。
「ペルディータ・クロノスさんね?学園長がお呼びしてますので来てください」
「えっと、今からですか?」
「はい」
心当たりのない呼び出しだか、学園長ならそんなに警戒する事はないだろう。そうして”何事?”という顔のロザリー達に軽く手を振り、事務員さんの後に付いて行く事となった。
無言の彼女の後を追いつつ、教員室を越えやがて重厚な両扉の前まで案内されると、そのまま事務員さんは帰って行ってしまう。このままボーっと突っ立ているわけにもいかず意を決して”コンコン”とドアを叩くと中から返事が帰って来た。
「どうぞお入りなさい」
「失礼します」
そう言いつつドアを開けると、初めて学園に来て学園長達と面会した部屋とは違い、本だらけの部屋の奥に色々な書類が積み上げられた書斎の奥を見ると学園長がにこやかに座っており、その隣にアルトレー騎士団長さんが立っていた。
「ペルディータ嬢、わざわざ呼び出してすまなかったね」
「いえ、大丈夫です。今日はどのような要件で呼び出しを受けたのでしょうか?」
「はっはっはっ、そんなに構える必要はないよ。ちょっと良く分からない物が手に入ってね、君ならもしかして心当たりがあるのかも知れないから来てもらったんじゃ」
そう言いながら学園長は隣に居る団長に目くばせすると、彼は頷き私の方へ何かの紙切れを持ってやって来る。
「前に君に話したのを覚えているかな?我々が追っている男の事を」
「はい、何か進展でも?」
「うむ、我が騎士団内では容疑者はすでに首都から離れているのではないかという意見が主流だったんだよ。ところが先週男の所在についてのタレコミがあってその情報を元にその場所へ踏み込んだんだが、一足遅くその場所はもぬけの殻で唯一遺留品として見つけたの物がこれなんだよ」
手渡された斜めに破れた一枚の紙を見ると、何やら魔術の図形っぽいものと不思議な文字が書かれていてよく分からないが、その文字は魔女達が良く使う物に似ていた。
「すみません、私は魔法専門じゃないので内容まではわからないのですが、文字に関しては魔女の使う暗号文字に似ている気がします」
私がそう言うと、二人は顔を合わせて”やはり”という感じに頷き合った。多分、私を呼んで確信を持ちたかったのだろう。
「う~む、こやつがこれを持ってワシを訪ねて来た時に何となく予感はしていが……なるほど、しかし何の魔法書なのかは皆目見当もつかんのう」
長い白い髭をいじりながら学園長は頭を捻る。彼ほどの研鑽を踏んだ魔法使いでも魔女の文化に触れる事は難しいらしい。どうやらこのままだと相手が動くまで手詰まり感が禁じ得ないが、ふと窓の外を見て思いついた。
「あの、この紙を一日お借りする事はできないでしょうか?」
「ん、まあ一応今は俺が預かってるという事になっているから、一日くらいは大丈夫だと思うが何か心当たりでも?」
「あ、いえ、私の後見人がもしかしたら知っているかもしれないので、一度見せておこうかと思いまして」
「ああ、あの謁見の場で大使の横に居た獣人族の女性だね。彼女は魔法使いなのか?」
顎で手をやりながら、ネコマルさんの姿を思い出しならが聞いてくる。
「いえ違いますが、私なんかよりも物事に精通してますので一応聞いてみようかと」
「わかった、そういう事ならこれは君に預けよう。結果的に分かっても分からなかったとしても明日のこの時間に爺さんの所へまた来るからその時に返してくれればいいよ」
「これ!ここでは学園長じゃ。 まあ、兎に角ペルディータ嬢よ、よろしくお願いする」
思わず爺さんと言ってしまった団長を窘める様に注意しつつ、私に向かって頭を下げて来るものだから思わず恐縮して私も頭を下げながら”はい、お任せください”と答えてしまっていた。
学園長室を後にする際に、騎士団長さんからまた例のお菓子を頂いた。何かすごく気に入ってると思われている様だったけど、断るのも悪いので有難く頂戴して寮へと戻って行く。前回部屋にわざわざ送って来てくれたお菓子はロザリーに半分以上食べられてしまったが、今回もそうなってしまうだろうなあなんて考えつつ歩きながら先ほどの魔法書の切れ端らしき物について考える。
あの男は魔女達の書いた魔法書の写本なんてどこで手に入れたのだろう。もしかしたらこの紙切れはあの動く蛇の入れ墨の魔法の指南書なのかも知れない。ともかく今日は丁度ネコマルさんの使い魔アンテが定時連絡に来る予定日だから多少なりとも情報が得られるかも知れない。
(まあ、アイツが捕まってくれればロザリーの周りが多少安全になってくれるかもしれないし……)
そんな期待を込めた思いで夕食、お風呂と順にこなし寝間着姿でベッドに座って本を読んでいると、猫が窓のガラスをカリカリと引っ掻いて合図をして来た。ベッドでゴロゴロしていたロザリーが飛び起きて窓に近づきアンテを入れてあげると直ぐに抱き上げて撫で始める。
「きゃーアンテちゃん久しぶり~、前回は実家に戻ってたから会えなかったねえ~」
喜んでいるロザリーを横目に待っていると、ネコマルさんの声が聞こえて来た。
《――お嬢様、聞こえますか?》
《ええ、聞こえるよ》
《――とりあえず今回のご報告としてはそろそろ衣替え用の制服などの夏用服と新しい下着をお送りしましたので、一両日中には届くと思いますゆえ確認してください》
《そろそろ新しいの欲しかったからありがたいわ》
《――それは何より。それと旦那様から夏期のお休みがいつ頃になるのか分かったら早めに知らせてくれとの伝言を預かっています》
《あ~そうね、あと一、二週間の間位には予定表が貰えると思うからその時に改めてネコマルさんに伝えるわ》
《――ネクマールです。 わかりました、そのように伝えておきます》
《そうそう、すごく大事な事を聞きたいんだけど良いかな?》
《――はい、なんなりと》
「ロザリー、アンテの顔をこっちに向けてくれる?」
「え?う、うん。こうでいい?」
「そうそう、そのまま抱いていて」
猫を抱いているロザリーは私の方向に顔をむけさせると、例の紙を取り出し目の前にかざして見せた。
《見える?この紙に書かれてる文字って何が書かれているか読めるかなあ?》
《――う~ん、これは魔女文字ですね、内容に関してはちょっと分かりかねますが魔法陣に関しては何かを動かす為の陣に似ています。すみませんわたしも魔法は専門外なので…それでこれは一体何です?》
《うん、前に賊が入ったって言ったじゃない?その犯人の遺留品らしくって、魔女の事なら私らの国の者なら分るんじゃないかと聞かれたから騎士団長さんに一日だけ借りてきたのよ》
《――なるほど、そう言う事でしたか。それなら魔道具屋のお婆に聞けば何かわかるかもしれませんが借り物なら本国に持っていく事も出来ないですから難しいですね》
「……違う肉体同士を繋ぎ合わせる為の術式には注意が必要で…なにこの破れた紙?何か気持ち悪い事書いてある」
「!?」
ネコマルさんと二人で頭を捻っているとアンテを抱きながら紙を一緒になって紙片を見ていたロザリーが突然ぼそりと呟いた言葉に二人して驚いた。
「えっと、ろざりーさん?貴方これを読めるの??」
「え?普通に読めるけど……え??読んだらダメなやつだった?」
驚いた顔で彼女の顔を見ている私や見上げてジッと見つめるアンテの瞳に少し焦った様な顔をしながらロザリーは”エヘヘ”と苦笑いを浮かべていた。
いつも読んで頂きありがとうございます。書き溜めた分が残り少なくなってきましたので、来週からは投稿ペースが落ちてしまいますので申し訳ありませんがご了承いただければ幸いです。今後ともよろしくお願いします。