とばっちり
「プリメラ嬢、少し落ち着いてください」
もう一発来る直前に腕を掴み、最初に口を開いたのは隣に居たダフニスだった。プリメラと呼ばれた令嬢は掴まれた手を振り払おうと腕をブンブンと降るが、男性に掴まれてる為に振り払う事が出来ずにこちらを睨んで来た。
「落ち着けですって?この女は婚約者がいるのにも関わらず、ロイール様にまで手を出してきて二股を掛けようなんて許せるわけもないわ!!」
「??え?」
意味も解らず殴られた頬を撫でていると、朝の廊下で何事かと通りかかった他生徒達が興味深めに野次馬が集まり始めたその輪の奥の方から、執事服を着た若い青年が顔を青くして人垣を掻き分けてこちらへと向かって来るのが見えた。
「お嬢様!プリメラお嬢様!!違います!その方はロザリア様ではありません。人違いです」
「え?だって白銀の髪って……」
「それは隣にいる方の特徴であって、ロザリア様は黒髪です」
先ほどまで鬼の形相だった碧眼の瞳が打って変わって戸惑いを見せ始めた。彼女の決めつけを見るに黒髪は魔族、聖女は白銀だと早とちりしたようだ。奏功している内に隣に居たダフニスが誤解を解くように私の紹介をし始める。
「プリメラ嬢、彼女はアルカンディア帝国からの留学生ペルディータ嬢であって、執事さんが言う様にロザリア嬢ではありませんよ」
「ア、アルカンディア……」
うちの国の名前を聞いた途端に先ほどまでの興奮が一気に覚めたようで、怪訝そうな顔つきでこちらを見て来るが、同時に執事さんが彼女を庇う様に前へ出て、こちらに向かって大きく頭を下げて来た。
「ペルディータ様とお見受けします。この度の無礼極まる行為、お嬢様に変わって深くお詫び申し上げます!!なにとぞご容赦を!!」
「…間違えて悪かったわ」
こちらがドン引きする様な勢いで謝罪して来る執事さんの横で雑な謝罪の言葉を述べる不服そうなお嬢様、そしてどうなるか見守ってる周りの野次馬に呆れつつ、コホンと一つ咳をしてから口を開く。
「まあ何か手違いがあったのでしょう。謝罪は受け取りますが、いきなり暴力はやめた方が良いと思いますよ」
「!大体……むぐっ!」
「はい、御忠告ありがとうございます。お嬢様には後で言い聞かせますので、このあたりで失礼します。あ、それと後でお詫びの品を送らせて頂きます、では」
そう言った途端、何かを言おうとプリメラ嬢の開きかけた口を慌てて止め、執事は令嬢を促すように腕を引いてこの場から逃げる様に去って行った。呆れた感じで見送っているとそのタイミングで予鈴の鐘が辺りに鳴り響くと周りに居た生徒達もつまらなそうに教室へと戻って行く。
「理由は良く分からないけど、災難だったね。取り合えず君が図書館に行く時間はなさそうだし僕も教員室行は次の休み時間にするとするかな」
「私もそうするしかなさそうね」
彼の言う通りだ。結局訳の分からない令嬢に殴られるわ本は返せないわで踏んだり蹴ったりな状況に深いため息をつきつつ教室へと戻る事となったが教室に戻った後にその答えを聞く事になる。
(プリメラ嬢の様子を見る限り、ロイール第一王子はかなり女癖が悪いのかも…)
◇◇◇
「あたしの知らない所でそんな話が出ていたなんて……」
昼休みのひと時、私を含め殿下、レイ、メティそして複雑な顔をしているロザリーのいつもの面子で外に設置されたラウンジで食後のお茶で一息をついていた。もちろん隣のテーブルではサージ君が待機してるが、その同じテーブルにルシオネ嬢とカーリー嬢の二人がちゃっかり座っている。
ジルベール殿下の話しによると、彼女はアーカンソ侯爵家の娘でありロイール第一王子の正式な婚約者だそうで、これも初耳なのだが結婚もしない内からロザリーを側室にするかもしれないという話を聞いた為に激高したのではないかとの事だった。結局側室の話しは只の冗談(ロイール本人談)だったらしく、殿下も兄のいい加減な所業に憤慨している様子だったが、一番困惑しているのはロザリー本人であろう。
「ペルさんも災難でしたね。プリメラ嬢と言えば直接的な付き合いはありませんが、パーティーなどでお見掛けした時は、下の者を会場で怒鳴るなど結構気性が激しい方な印象を受けましたね」
「ああ、知ってる!思い出した。俺もその時見たなあ。容姿は可愛いのに中身すんげー怖い印象」
メティスは空に目線を上げて当時の状況を思い出すように感想を言うと、レイも思い出したかの様に付け加えた。
「それにしても最近は少し兄上に振り回されてばかりで、結果的にペル君やロザリー君に迷惑をかけてしまって申し訳ないね」
「いえ、殿下の所為ではないですし、気にしないでください。ごらんの通り問題ありません」
そうは言ってはみたが彼の表情を見るに、また責任を痛感してるのは丸わかりだ。それは彼の優しさからくる長所でもあるが、短所でもあるだろう。私の父上の様に物事の割り切りが出来るようになれば、為政者としては申し分なくなるだろうとは感じるが今後の成長に期待は出来るのではないかとも思う。
「それより殿下、あたしに関わる事案が発生しましたらどんな些細な事でも必ずあたしに言って下さい。ちゃんと受け止めますし、殿下一人で悩む必要はありません。ここには殿下の力になってくれる友人達がいるのですから」
「……ああ、そうだね、そうだった」
殿下はロザリーの申し出に少し驚いた顔をしていたが、すぐに気を取り直して笑顔で答えた。
「入学当初はコソコソしていたのに成長したわね」
入学当初を思い出し、そんな事をボソッと呟くとロザリーは人を指さし少し照れながら人の胸を突きながら文句を言って来る。
「いい事言ってるんだからそこの乳は黙って頂戴」
「ひとを部位だけで表現しないでちょうだい」
そんなやり取りをしている私達を見て、皆が笑い和やかな午後のひと時も時間に厳しいサージ君の声掛けで皆午後の授業の為に席を立ち始めた。後ろを歩く私にレイが歩幅を合わせて近づいて来ると不意に手の甲を頬に当てて来る。
「な、なに?」
「叩かれた所は大丈夫か?」
「朝の話しだし、相手は普通の令嬢だから大丈夫だよ」
馬車での出来事以来、妙に意識してしまい目線を合わせずボソっと答えたが、どうやら彼には気づかれてはなさそうだった。
「そうか、なら良かった」
「心配してくれるのは有難いけど、私はこれでも薬の勉強をしているから万が一な場合でも自分で対処できるわよ」
「ああ、例の租借した薬?」
「!?」
そう言われた瞬間、顔が熱くなるのを感じレイの背中をバシバシ叩くと、おどけた様に逃げ回る彼の背中の裾を掴んで追いかけていく。すると教室の出入り口でちょうどダフニスとバッタリと出会い、私達の様子を見て少し驚いた様な顔の後に”なるほど”という顔になり口元が緩む。
「やあ、お二人共仲がよろしいですね。それにしても意外な組み合わせだ」
そう言われ自分の手の先を見、慌てて掴んでいた裾を放す。
「そ、そうですかね」
「友人同士だし別に良いだろ?それとも彼女がアルカンディアの人だからって問題あるっていうのか?」
レイが少し怒ったように言うと、ダフニスは飄々とした表情でそれを受け流し続けざまに出た言葉に私は一瞬固まってしまった。
「なるほど友人同士か、じゃあ僕と付き合う気はないか?」
手を取り、耳元でそう囁いて来る。
「は?ぇ…」
「ちょ、お前ふざけ……」
「おっと、怖い。ハハ 冗談、冗談ですよ。アッハハハハ」
そう笑いながら教室の中へと入って行く彼の後姿にレイは憮然とした顔で睨み、私はといえばかなり複雑な顔を表情を浮かべていたと思う。
(やっぱりあの人は得体が知れなく苦手だ)




