陰謀やら誤解やら
ロイール第一王子は自室の書斎の前でイライラした様に爪を噛みながら窓の外を眺めていると、不意にドアを叩くノックの音が部屋に鳴り響く。
――コンコン
「ロイール殿下、ニベル教皇様が参られました」
側近がドアを開け促すようにロイールの前にあるソファーに案内をし、ティーカップにお茶を注ぎ全てを終わらすと、そそくさと部屋の外へと立ち去りニベルは気まずい雰囲気の部屋に取り残されていた。
「……失礼します、殿下」
そう言いかけると、ロイールは踵を返しゆっくりとニベルの前へ立ちそのままソファーにドカッと座りカップを取る。そしてお茶を飲み干しフーっと一息つき一呼吸を置いてニベルに視線を合わせるが、しばらく無言で顔をみていた殿下の口がようやく開く。
「教皇よ、あのロザリアとかいう女は本当に聖女なのか?水晶が多少光った位で何か特別感がまるでない。髪は漆黒で不吉だし、容姿は悪くないがひょろっとしていて至って普通だ」
「はあ、しかし女神様からの特別な力を授かった者は過去現在を問わず必ず太陽の水晶が光りますから間違いないかと……」
「だがあの後俺が独自に調査させた報告によると、一般的な聖魔法使いと何ら変わらない程度の力しかなく唯一褒められるのは詠唱を必要としない所だけだぞ」
「!それこそまさに聖女の特性でございます。再三申し上げた様に、あの娘は徹底的に修行をさせれば勇者召喚に耐えうるほどの力を持つことが出来るはずだと確信しております」
ニベルは少し前のめりに力説をすると、ロイールは少しウンザリした様に椅子に座り直し大きく溜息をつく。
「まあ、とにかく今はお前の暴言もあってあの聖女モドキに手を出すのは難しいが……」
「それに関しては大変申し訳なく思っております」
「それより問題はジルベール!やつの存在だ。最近は何かと父上はアイツを頼りにしている事が多くなっている。たぶん、父上はジルが学園を卒業をしたら王太子を正式に決めるのかもしれん」
「そ、それは……」
ジルベール殿下に嫉妬し焦りを見せるロイール殿下を見て、思わず”普段の私生活を含めた行動が原因では?”とニベルは思わずにもいられなかった。それでも第一王子派閥の貴族が素直に従う事はないだろうとは思うが、ここで彼が次期国王候補から外れる事となればこれまでの目回しなどが全て水泡に帰す事となるのは避けたい。
何か対策に思考を巡らせていると、ふとカルメからの助言が頭に浮かびニヤリと口元を緩まる。それを目に止めたのかロイールは不快そうな顔をする。
「こんな時に何故笑う?」
「いえ、申し訳ありません。それよりこの件、わたくしめにお任せくださいませ。決して悪いようにはしません」
「なんだ?妙案でもあるのか??」
「それは後日のお楽しみに。それよりジルベール殿下に対して要求した件に関しては悪手となります故、撤回して頂きとう存じます」
「ああ、聖女を俺の妾にする件か、わかった。元々聖女でなければ興味がある女ではないし、どうせ親父が了承するわけもないからな」
「お聞き入れ有難うございます」
うやうやしくニベルは頭を下げたが、ニベルは内心ほっとしていた。この話を聞いた時はかなり焦った状況に陥ってしまっていたのも当然で婚約者のプリメラ嬢の実家であるアーカンソ侯爵家は第一王子派の中でも地方に影響力がある家柄であり、婚約破棄などされたら派閥が内部崩壊する可能性を含んでいる。
ともあれこれ以上ロイール殿下の立場を悪くする事態はさけられそうだったが、彼の浅はかな行動は派閥内でもしばしば問題になる事があり、王太子に任命されるまではこれまで以上のフォローが必要になるかも知れない。そう思いながら殿下の部屋を後にし次なる策を練り始めるのだった。
◇◇◇
結局お風呂はギリギリ間に合ったが、部屋に戻る途中に寮母のカルデナさんに掴まり部屋の前で懇々と説教を小一時間受けた後にやっと部屋の中に戻る事が出来た。
「はぁ~、なんかもう疲れたから予習しないで寝ちゃおうかしら」
ベッドに体を投げ出しうつ伏せになると、ロザリーがいつもの様にお尻に抱きついて来て少し興奮気味に話しかけて来る。
「ねえ、さっきの寮母さんの話し聞いた?蝋燭に火が付いていたって話!」
「一緒に説教されていたんだから聞いているよ」
本のページを捲りながら興味なさげに答えるがロザリーはちょっと興奮気味だ。
「すごいわ~ペルったら超能力に目覚めたのねえ、ちょっとタイムラグあるけど」
「その超ってのはさて置き、簡単な火魔法なんか使える人はごまんと居るでしょ?それに着火式の魔道具もあるし、それほど需要はなさそうだけど」
「もう!わかってないなあ~、視線だけで着くのがカッコイイんじゃない~」
そう言いながら人のお尻をペシペシ叩く彼女の手を尻尾で弾いてシッシッと自分のベッドに戻れと促すと、渋々戻って行ったのを見届けて毛布をかぶり直す。
「ともかく、私は能力使いになりたい訳じゃないからこの話はお終い」
「勿体ないなあ、これを機に他のも出来るかもしれないのに……」
ブツクサ言いながらも部屋の灯りを消し、ベッドに潜り込むと五分も経たないうちにロザリーの寝息が聞こえて来た。前々から思っていたが、この寝つきの良さは羨ましい限りだ。
彼女の寝顔を見ながら増えてしまった自分の能力について改めて考える。きっとこの能力もお父様に見せるとまたあの困ったような顔をされるのだろう。そう考えるとやはりネコマルさんに報告するのが躊躇われる。そんな事を考えながら鬱々としていると、キュローが心配そうに右往左往しているのを見て指で頭を撫でてあげながら呟く。
「そうだね、この話はしばらく内緒にしなくちゃね」
そう囁きながら上を向きながらゆっくり目を閉じ、眠りについた。
――翌朝
朝食後、一限目が始まる前に図書館から借りた本を返しに行こうと数冊抱えて歩いていると、不意に声をかけられた。
「やあ、おはようペルディータ君」
「おはようございます」
挨拶をしながら横を見ると、ダフニスが歩調を合わせて横にやって来た。相変わらず得体の知れない不快さがぬぐい切れない。
「ああ、図書館だね?僕はその途中の教員室に呼ばれていてね」
「そうですか」
事務的に答えていると、不思議そうな顔をして私の様子を伺って来る。
「何か怒ってる?たしかに教室での挨拶は不快にしたかもしれないけど、会うたびに眉間にシワを寄せられると何か寂しいね」
「この際ですが、ハッキリ言わせて頂くと貴方に近寄られると私は妙な圧迫感を感じて不愉快な気持ちになってしまうので、校内では距離を取ってくれませんでしょうか」
やはりワザとなのか、本当に自覚症状がないのかわからないが、今後の事も含めて直接言わないとダメなような気がして思わず言ってしまった。所が彼の反応は意外な物だった。
「ん? ……ああ!そうか、そう言う事か、これは本当に申し訳ない事をしちゃったね」
私の言葉に合点がいった顔で制服の胸元を開けると、妙なペンダントを取り出し首から外して見せて来た。それは魔石に似ていたが、別の宝石類に何かしらの魔法が掛けられた呪物にみえる。
差し出されると、思わず二、三歩後ずさりしてしまい、キュローなんかは首の後ろの辺りまで逃げ出す始末だった。
「何ですか?それ」
「ライハンドルに住んでいる知り合いが、魔物避けとして送って来たものでデザインが良かったのでずっと着けていたんだけど、貴方にも影響あるものだったね。ごめんね、学園にいる間は着けないから」
「……まあ、そうして頂ければ幸いです」
魔除けという呪物の存在は知っていたけど、力が半減する指輪を着けている状態で受けるとこんなにも影響してくるものなのかと思い知ると同時に、この男の言っている事が何処まで本当なのか分からない。
そんなやり取りを廊下でしていると、奥の方から学園の制服を着ていない場違いな貴族の令嬢が赤いドレスを揺らしながらこちらへと歩いてくるのが見える。しかし、その悲哀を含んだ怒りの顔で私の前に辿り着くと、有無も言わさず平手で私の頬を打ち付けた。
――パシーン!!!
意味が解らず目を白黒させながら戸惑う私に彼女が最初に放った言葉は……
「この泥棒猫!!」
だった。




