薬師の歴史
――王城に呼ばれた翌日
昼下がりの午後の薬学授業では生徒が作ったポーションの品評が行われた。
「ほうほう、不純物による濁りもなければ効果も申し分ない結果が出てます。注がれる魔力量も規定通りで相変わらず丁寧な出来ですねペルディータ嬢」
硝子の小瓶に入れられた赤い初級回復ポーションの出来を日の光を通し、確認しているレグナント先生が私の方を見ながら褒めて下さる事に少し照れながらお礼を言う。
「有難うございます。今後も精進します」
「そうね、焦らずに一つ一つ丁寧に作り出すことが上達への第一歩。自分が作ってる薬品が人に使われるという事を常に頭に置いて作業する事が大事ですから、皆も心に留めておくように」
「「はい」」
先生の言葉に皆が一様に返事をし、自分の作った薬品を見てもらう為に周りに集まっていた。それを横目でみながら、自分の蒸留機器を片付けているとメティが横へやって来た。
「お疲れ様、相変わらず丁寧な作業で感心するわね」
「ふふ、ありがとう。なんか老舗のお嬢様に褒められると、欲が出て来て早く上級回復ポーションを目指してみたくなるのよね」
「気が早いわよ、うちの工房でも作る事が出来る薬師も数名しかいないし、修行で何年も費やしての成果だから今はコツコツと色々な薬を正しく作れるようにするのが大事よ」
「ですよねえ、まあともかく基礎が大事って事で」
彼女の言う事は最もだ。大勢の薬師が何年もの研鑽を続けてその中からわずかに選ばれた者が作り出す事が出来るのだろう。私のような新人が数ヶ月で作れる様な物ではないのはわかっているが、夢は大きく持ちたい。
「上級ポーションといえばずっと昔の勇者が上級どころか最高級のエリクサーをポンポン作り出してたって聞いた事あるわね」
「え?それは初耳」
「確か、今から二代前くらいの勇者っていうか転移者が手に入れるのも難しいと言われる材料を大量に集めて来て上級ポーションや最高位のエリクサーを大量に作って市場に流したお陰で薬品市場が崩壊しかけた事があったらしいわ」
「はぇ~それはそれで薬師の立場がないわねえ」
「そうね、本人は皆の為と思ってやってるけど人生を捧げて来た職人の立場からすると怨嗟の念を口にしたくもなるわね。でも実際それで助かってる人もいるわけで当時の薬師達は歯がゆい思いだったのかもね」
メティスにその辺りの詳細を聞くと、その勇者は貴重な材料を輩出する魔物のを容易く狩ったり幻の草花なども簡単に量産するなど、人知を超えた所業をなしていたという伝説を残していたがそれに合わせて国内では大量の薬師が廃業に追い込まれて激減してしまったそうだ。
さらに最悪なのはその勇者が不慮の事故で亡くなった後は勇者印の安価で高性能なポーションの供給がなくなり、皆僅かに残っていた薬師に同じレベルの物を要求してきたが、そんな奇跡の様な薬が簡単に作れるはずもなく求める性能が出てないと迫害されとうとう国内から薬師が消えてしまったのが丁度二百年ほど前の話しらしい。その後は他国からの輸入に頼っていたが、足元を見られて相場の倍以上の値段を吹っ掛けられていた状況を打破する為に、メティスの実家でもあるキオーネ侯爵家がいくつかの家と協力して一大農場と薬師育成に尽力して今に至るという事だった。
便利な物が当たり前になってしまうとその恩恵を忘れてしまうのが世の常なのかもしれないな~なんて事を思い感心しながら彼女の話を聞いていると、突然レグナント先生から声を掛けられた。
「はい、そこの二人は片付け終わったのかしら?終わったのならさっさと教室にもどりなさい」
「あ、はい」
そんな与太話を二人でしている内に先生の薬品チェックは終わっており、皆も銘々教室に戻り始めていたのを見て慌てて教科書を小脇に抱え他の生徒に続くように薬学教室を後にした。
教室に戻ると王城に行っていた殿下が戻って来ており、私が入るなり近くに寄って来て布に包まれた長い物体を差し出して来る。
「ああ、ペル君丁度良かった、これは借りていた例の剣だ。もしガイラスに会うのが嫌だったら俺が渡しておくがどうする?」
「わざわざ持って来て下さりありがとうございます。別に苦手意識を持ってるわけじゃないですから自分で返しに行きます。そもそも私が強引に借りたんですから殿下は気にしないで下さい」
「そうか、わかったが気を付けてな」
分かりましたと了解し、剣を預かると彼は頷き自分の席に戻って行ったが、なんだか顔色があまり良くない様に見えたのは気のせいだったか?ともあれその辺りはレイが気が付かないはずはないので、取り合えず本日最後の授業である古典語学の教科書を出しながら先生が来るまではぼんやりと外の風景を眺めていた。
◇◇◇
欠伸を噛み殺しながらなんとか眠気に耐えていると、ようやく授業終了を知らせる鐘の音が廊下で鳴り響きクラフトール先生が手元の教科書をまとめて教室から退出すると皆が安堵の溜息をし、体を伸ばしたり机に突っ伏したりして緊張糸が切れた様に教室内は徐々に騒がしくなってきている。
私と言えば、公子が寮に戻る前に捕まえないといけないのですぐに布で包まれた剣を掴み、教室を出ようとするとレイに声を掛けられた。
「ペルちゃん、俺も一緒に行こうか?」
「結構よ、それより……」
背を向け帰り支度をしている殿下の方を指さすと、”そうだな”とレイは頷いてくれたので彼に手を振って教室を後にし隣の一組に足を運ぶ。
一組も私らの教室と同じく授業が終わったばかりでザワザワと出入りが多くなっている所で中にお邪魔し、教室内を見渡してみると公子らしい姿は見えず、代わりに同じ薬学科のエリノメ子爵令嬢が一人で本を読みながら座ってる姿が目に入ったので声を掛けてみた。
「エリノメさん、ガイラス公子がどこ行ったかご存知?」
「あ、ぺ、ペルディータさん、御機嫌よう。こ、公子ですか?先ほど慌てて廊下に出て行きましたが何処に向かったのかまでは……」
少しオドオドした感じの眼鏡を掛けた大人しいエリノメさんは薬学科で知り合った一組の数少ない知り合いで、非常に優秀な彼女だが家の関係で家格の上下関係に厳しい一組でちゃんとやれてるか時々心配になっている子だ。
「慌てて…」
「あ、でもいつも周りにいるご友人に教室で待つように言ってましたから、戻って来ると思いますよ」
「そう?じゃあちょっと廊下で待ってみるよ、ありがとね」
「い、いえ、えへへへ」
照れながら頭を掻いている彼女に手を振り別れてから、一組の教室を出て廊下でしばらく立っていると手をブンブン振りながらガイラス公子が廊下の奥から歩いて来た。どうやらトイレに行っていた様で、やがて立っている私と目が合った。
「ペ、ペルディータか…なんだよ、お前の教室は隣だろ?こんな所で何してんだ」
私を見るなり警戒心全開でこちらを睨んで来たが、これまでの対応を考えれば分からなくもない。しかし、取り合えずそんな彼の対応を無視してポケットの中からハンカチを取り出し手渡すと少し意外そうな顔をしてしばらく私の顔をとハンカチを交互に見比べながら黙って受け取ると、濡れた手を拭きながらも相変わらず悪態を付いてくる。
「へっ、こんなんで今までの無礼がチャラになると思うなよ」
「え?いや単に濡れた手で触ってほしくないから、はいこれ」
彼が抗議の声を上げる前に、持って来た剣をグイっと押し付けると慌てて受け取るとようやく自分の剣だと気が付いた様だった。
「やっと返しに来たのか、まったく壊してないだろうな?」
「後から付けた装飾はともかく、そんな軟な剣じゃないでしょ?かなりの業物だけどお飾りにしておくのは勿体ないわね」
「うるさいな、だから俺が持つに相応しい装飾を付けて使ってるんだよ」
「……まあ、とにかくあの時は助かったわ。貸してくれてありがとう」
「!? べ、別に快く貸したわけじゃねえよ」
素直に感謝される事に慣れていないのか大柄な男が照れながらワタワタしている様子が見ていて面白い。もう少し揶揄ってやろうかと思ったが、夕食の時間を考えるとそろそろ寮へ戻った方がよさそうなのでゴチャゴチャ言い訳をしている彼を置いてさっさとその場を離れると後ろで公子が何か叫んでるのが聞こえた。
貸したハンカチを返してもらうのを忘れた事に気が付いたのは部屋に戻ってからだった。結構気に入ったデザインの物だったのが悔やまれる。




