遅れて来た同級生
「ジル、体調が悪いなら医務室でしばらく休むか?」
疲れた表情の相方にレイは心配になって声を掛けたが、彼は頭を振るばかりで埒があかない事に溜息をついていた。そんなレイの心配を他所に、ジルベールは意を決した様に重い口を開いた。
「レイ、君に少し相談があるんだが」
「何だよ藪から棒に、何でも聞くぜ」
何時になく真剣な彼の表情を察し、ゴクリと唾を呑込む。
「悪いな…… 実は昨日の城での夕食会の後に兄上から妙な提案をされたんだ」
「妙とは?」
「……ロザリア君を自分の妃候補にしたいと」
彼の言葉にレイはしばらく頭の整理が付かなく無言でジルベールを見つめていたが、次に発せられたレイの反応は至極当然の声だった。
「はぁぁあああ???何それ?意味がわからん!何でそんな事を、って言うかロイール殿下はアーカンソ侯爵家のプリメラ令嬢を妃に迎える予定じゃないのか?それを反故にすれば大問題だろ」
「実はアーカンソ侯爵から日頃の兄上の行動を問題視していて、ついこの間も別の女性を連れている所を令嬢に見られてひと悶着あったおかげで婚約破棄にまで発展しそうになったばかりなんだ」
「なるほどねえ、そいうえば陛下に呼ばれた際に廊下で会った時も取り巻きと一緒に他所の令嬢を連れていたな。そういう普段の行動を考えれば騒ぎも納得も行くが、それがロザリーちゃんに向いたって事は大方彼女が聖女能力を持ってる所に目を着けたのか……」
レイの推測が当たっていたのかジルは静かに頷いた。どちらにしろ、卒業までにメティス嬢とロザリア嬢のどちらかを正式な婚約者にする事を決めねばならないがその選定途中でその一人を兄に差し出すなど前例がない上、王家の恥じとも取られないこの行為を国王陛下が認める事は訳がない。
「なあ、これに関して陛下は何も言わないのかい?」
「いや、兄上から個人的に言われただけで父上は知らない……」
「じゃあ悩む必要はないんじゃないか?」
「レイは知っているだろ?兄上の性格を。それに前にも父上とも話した教団との繋がりも」
そう、レイは知っていた。ジルの兄上であるロイール殿下は病気で失った長男の次に生まれた王子であり、それは大切に育てられ未来の国王としての帝王学を学ぶはずだったが、正妃である母君は陛下の言葉に耳を貸さず甘やかして育ててしまい自尊心が高く我が儘になってしまった結果、気に入らない人間に対して攻撃性が高くなっていた。
目の前を横切っただけで暴行を受けた騎士や粗相をしてしまったメイドを蹴ったりする事が頻繁になり、事態を重く見た陛下によって、神殿での精神修行の結果大分落ち着いた感じになったが、逆にそのお陰で強い繋がりを持ってしまったのは誤算であった。
「とにかく、今は波風立たない様に断り続けるしかないだろ?プリメラ嬢との婚約破棄も決定しているわけもないし、この事が教団の差し金ならなおの事だ」
「ああ、そうだな。後は強硬手段に出て来ない様に警戒はすべきか…」
「まあ、学園に居る間はある程度は大丈夫だろ?もちろん手を打つけどね」
そう言いながらレイはジルの肩に手をポンポンとしながらニヤリとした。
◇◇◇
「と言うわけで、なんとかお願いできないかな?」
「ええっと、何がと言うわけなんです?」
翌日の昼食後、裏庭に呼び出されて訳も分からず来てみればレイと殿下が待っていた。どうやら話を聞いてみると確たる証拠は今のところはないが、第一王子が教団と結託してロザリーの事を妃にして良い様に操ろうと考えているらしいと考えているから自分達が見てられない時間は目を掛けてほしいとの要請だった。
正直ロイール殿下に関しては、この間のお城での件で初めて見かけたのが初めてだった。しかもこの国に来る前に人柄を見て来いと言われたのはジルベール殿下のみで、第一王子に関しては放蕩者と噂程度で聞いただけで人物像までは分かりかねていた。ただ、レイ達がこうも危険視しているなら結構曲者なのかもしれない。
「まあ、事情はわかりました。私としても友人を危険な目に会わす気はないので気を配るのはやぶさかではないですよ」
「よかった、そう言ってくれると助かるよ。最も表向きにはないにしろ、裏では有名になりつつある彼女を露骨に襲って来る輩はいないと思いたいが、今回の件に関して兄上が何を考えているのか測りかねていてこんな事情に君を巻き込むのは申し訳ないと思っている」
真剣な眼差しの殿下をあまりこういう見方をしたくはないが、ロイール殿下が自分の立場を前面に押し出して無理難題を言って来た場合、弟であるジルベール殿下では止めようがない。私ならアルカンディアの後ろ盾を使って抵抗出来る可能性を期待されているのかも知れない。
「気にしないで下さい、静かな学園生活は私にとっても大事ですから」
私の返事を聞き、殿下はホッとした表情を見せてくれた。じゃあそろそろ戻ろうかと話を閉めて校舎へ歩みを進めると、レイが近づいて来て耳元に小声で謝罪をして来た。
「君の立場を利用していると様で申し訳ないな、ただロイール殿下の立場に対応出来るのは陛下かペルちゃんの様な外の者だけなんだ」
「わかってますよ、私だってロザリーを変な連中に渡すつもりはありませんからね。それにしても私って顔に出てました?」
「まあ、顔と言うか口に指を当ててる時は何か別の事を考えているな~と思っただけだから」
彼のニカっと笑う顔を見ると半年にも満たない時間で自分の考えを見透かされてる様な気がして何か癪に障るものがある。
「ま、まあとにかく彼女が帰って来たら私の目の届く時間は気を付けておきますので」
そう言いつつ彼らに今の顔を見られない様に背を向けて少し早歩きで教室へと続く廊下を歩いて行くと、正面から事務の人と並んで背の高い青年がこちらへと歩いて来てすれ違う際、強烈な視線と体を巡る悪寒を感じ思わず立ち止まって振り向くが彼は何事もない様に私の後ろを歩くレイや殿下の横を通り過ぎて教務員室へと消えて行った。
(見た事もない男だったけど、なんなの?……)
立ち止まって教務員室の扉を凝視している私にレイは驚いたように声を掛けて来た。
「どうした?さっきのやつに何か言われたのか?」
「あ、いえ、知り合いに似ていたものでちょっと気になっただけなんだけど、でも勘違いの様です」
「そ、そうか?珍しく目を見開いて怖い顔していたからびっくりしたよ」
「大丈夫、大丈夫、何もないですから」
レイに対しそう答えながらもやはり気になる男だった。殺意とかそういうものでもなく、ただ視線を受けた瞬間に何とも言えない不愉快さを感じたのは確かだ。あの部屋に入ったという事は学園関係者なのだろうか?ともあれ魔族嫌いな手合いだろうとその時は軽く考えていたのだが、翌日の教室で再びあの男と出会う事となるとは思いもよらなかった。
――翌日の教室
いつも通りクラフトール先生が教室のドアを開け現れると、少し騒めいていた教室が静まり返りいつも通りの出席確認が行われると思われたが、先生の後から一人の男子生徒が入って来て再び教室内が騒めき始めた。
「はい、みなさん静かに。本当は夏季休暇明けに合流予定だったんだが本人の希望により彼は今日から君達のクラスメイトとなるダフニス君だ。君、自己紹介を」
先生に促されて教壇の前に立つ男は間違いなくあの時すれ違った男だ。
「ダフニス・ローウェル、好きな物は金、嫌いなものは人に紛れて隠れてる魔族、よろしく」
彼のセリフで先ほどまでのざわめきがピタリとやんで、視線がわたしの方へと移された。その様子を見て先生は慌てて取り繕うようにフォローを入れて話を逸らせた。
「ま、まあ人は色々思いがあるからな…それでもクラスメイト同士仲良くしてほしい。えーとダフニス君の席はと……」
先生が言いきらない内にツカツカと階段状の教室内を上がり、私の隣の席に座るとこちらをニヤリと見つめ手を差し伸べて来る。
「ダフニスだ、よろしくな魔族のお嬢さん」
「ええ、ペルディータ・クロノスよ、よろしく」
そまま相手の手を取り、握手をすると彼は何事もなかったかの様に挨拶を終えるとさっさと視線を逸らし前を見つめていた。てっきり力を込めてきたり、手の平に何かを仕込んで来るのかと警戒していたが思いのほか普通のあいさつであったが、一体この男は何を考えているのか掴み切れない所が不気味に思えた。




