襲撃と猫ぱんち
「ロザリーくん!大丈夫か」
「ロザリーちゃん!今のうちにそいつから離れて」
振り向くと、殿下とレイさんの二人が迎えに来てくれたのだ。素早くロザリアとグライドの間に立ち塞がり、彼女にランプを渡し背中側に回り込ませてから剣を構えて迎え撃つ準備を整えるが、目の前の包帯だらけの異様な大男に緊張の汗が二人の頬を流れていた。
「ハハ、どう見てもフォレストウルフじゃあないよな、こいつは」
レイが緊張を晴らす為か軽口を叩いていると、後ろのロザリアから注意を呼び掛けられる。
「二人共気を付けて下さい、大男に指示を送っているのは後ろのあの男です」
そう叫ぶと、黒フードの男はヤレヤレといった感じに肩を竦めた。
「……しょせん魔物は魔物か、足止めにもならんか」
「なに!?お前があの魔物共を誘導したのか!」
少し怒気を孕んでレイが声を上げるが、男は特に慌てる様子もなく飄々と答える。
「そうだよ、でもまあ作戦は破綻しちゃったけど、一応確かめたい事があるんで少し付き合ってもらうよ」
そう言い放つと、黒フードの男は先ほどの様に手でサインを送りグライドへ指示を出すと、それに応える様にレイ達に襲い掛かって来たのだ。
――ドゴーン!!
大振りのパンチを振り下ろす大男に対し、殿下とレイは息の合ったタイミングで左右に避けるとすぐさま剣を繰り出し切り付けた。しかし、手ごたえがあったものの痛みなど感じていない様にすぐさま上半身を上げ今度は殿下の方に向かってパンチを振り下ろして来た。
「ジル!避けろ!!」
「クッ!」
レイが叫ぶより早くバックステップで振り下ろされた拳を避けたが、地面を抉った石礫が飛び散り頬を掠ると赤い血が頬を伝う。
「ジル!」
「問題ない、こいつ動きはそれほど早くはないが如何せんこの馬鹿力は危険だ」
レイの心配を他所に、そう言いつつ軽く腕で頬の血を拭い剣を構え直すと大男も地面から拳を上げ、再び殿下の方へ歩みを進めて来た。その姿はまるでレイが居ない者として見ている様で、明らかに彼を狙っていた。
「貴様、教団の者が王族を害するのは何を意味する事か分かってやっていのか!!」
殿下の援護しながら、後方で指示をしている黒フードの男を睨みつけ大声で怒鳴ると男は特に気にした様子もなく、答えた。
「はて教団?何のことやら?俺はとあるクライアントの要望に応えてるだけで、それを邪魔する者を排除してるだ。変な言いがかりは教団の名誉を傷つけてしまうぞ?」
「くそが!」
例え運よくこの男を捕らえた所でこの手の事を生業にしている者がクライアントの正体を吐く訳もなく、教会側にも知らぬ存ぜぬを決め込まれたら物的証拠がない分、打つ手がない。とにかく今は目の前の化け物を倒す事が先決だろう。奏功しているうちに殿下がレイのそばに寄って来て小声で耳打ちをする。
「レイ、悪いが少し時間を稼いでくれ、こいつは剣が効いているのか効いてないのか分からんが最初の氷魔法は効果が合った様だ」
「なるほど、となれば……」
言うや否や素早く殿下の前に出て、グライドの正面に立つと振り回される腕を巧みによけながら相手の胸部へと斬撃を繰り返し遂には相手の腕が防御へと変わった。
――ザシュッ!ザシュッ!
「レイ!いいぞ!!」
「おう!」
殿下の声が響き、レイはそれを合図に地面を蹴り横っ飛びで退避し魔法の射線を通すと、殿下の声と共に魔法が放たれる。
「アイスジャベリン!!」
強い言葉と共に数個の氷で出来た粒が徐々に短槍の形になってグライドに向かって飛んで行く。
◇◇◇
《――お嬢様》
フニフニ
誰かが私の額を軟らかい何かで揺すってる。
《――お嬢様?起きてください》
ポムポム
《――お・嬢・様! お・き・て・く・だ・さ・い!!》
ベシベシベシ!
「いたいなあ~」
何かに叩かれ、渋々目を開けると目の前には私の顔を覗き込むドアップの猫の顔があった。
《――お嬢様?》
頭に流れて来るネコマルさんの声に反応して、使い魔の猫アンテがさらに猫パンチを食らわそうと前足を上げた所で慌ててベッドから跳ね起きた。
「あー起きてます、起きてます」
余りにも起きない場合は猫パンチに爪が追加される事が実家に居る時、度々あったのを思い出していた。
《――やっと起きましたか、まったくこの大事に何時まで寝ているのですか》
《は?大事??何かあったの?》
《――まったく呑気ですね、今このキャンプ場は複数のフォレストウルフに囲まれています。さらに言えばお嬢様のご友人が湖に行ったきり、戻っておられません》
《何て事!なんで早く起こしてくれなかったの~》
そう嘆くと、シンクロしているのか呆れた様な顔つきでアンテがこちらを見ている。
《――何度も起こしました。それに男の子に触れられて照れた挙句に毛布に隠れる乙女な行動は見ているこっちが恥ずかしいですね》
《!? なんで見てるのよ!!!》
アンテを通してずっと行動を監視されていたなんて、私のプライバシーは何処へ行った。
《――ともかくロザリア様に関してはジルベール殿下とレイソード様が迎えに行ってます。それと魔物の方はメイザー令嬢が指揮を執って、膠着状態が続いてる様ですのでお嬢様は待機していた方がよろしいでしょう》
《それじゃあだめよ、私もロザリーの捜索をするわ》
《――まあ、そう言うだろうと思っていました。取り合えず、未熟なキュローでは心もとないのでアンテを付けます。》
その言葉に反応して髪の中からキュローが出て来ると抗議するように前足をブンブン振るがアンテに睨まれて慌てて奥へと逃げ隠れた。
《ありがとうネコマルさん》
《――ネクマールです。ともかく出来る限りサポートはしますが、無理をしないようお願いします》
「よし、行くかな」
そう声に出してベッドから降りると、丁度天幕の扉が開かれメティスが入って来た。
「あ、ペルさん!起きてらっしゃったんですね。今ちょっと大変な事態が起こってるんですよ!」
「魔物ですか」
そう呟くと、驚いたように私の顔を見る。
「寝ていたのに分かるんですか?そうなんです、今フォレストウルフの群れがキャンプ東側に現れて生徒会長が三年生と冒険者を連れて対策してくれています。それとロザリーさんが湖に水汲みに行って戻ってないので殿下達が迎えに行ったんですけど、入れ替わる様に同じく湖に行っていた他の子達が戻って来て彼女らが言うには黒ずくめの男と包帯だらけの大男が出て慌てて逃げて来たんだって!」
「…黒ずくめの男?」
私の脳裏に過ったのは、初めてロザリーと出会った時に部屋に入り込んで来たあの黒ずくめ男の姿だ。あの時は良く分からないまま取り逃がしてしまったが、まだ彼女の事を諦めてはいなかった様だ。
「いくらロザリーさんの事を嫌ってるからと言って置いて逃げるのはどうかと思……」
「うん、私も行って来るんでメティ、後よろしくね」
メティスの言葉に被せながらそう言うと、驚いたような顔で止めに入ってきた。
「ちょ、ちょっと待って、危険だわ!どちらにしても殿下とレイさんが迎えに行ってるから私達は私達で避難すべきだわ」
メティスの言う事も最もだが、大事な友人の危機と私的には前回取り逃がしてしまった事への落とし前は付けたかったので何と言われても行くつもりで渋い顔をしている彼女に口を開きかけたその時、聞き覚えのある嫌みな声が聞こえて来た。
「おい、ペルディータ!あの魔物を何とかして来いよ、お前の仲間だろ?」
「は?何言ってるんです?」
案の定、毎度の事ながら私に突っかかって来るガイラス公子だった。




