救援へ
「東側でウロウロしているフォレストウルフの事だよ!魔物ってのは魔族が支配してんだろ?だったらお前が命令すれば逃げ帰るんじゃないのか?」
相変わらずこの人は突然やって来ては訳の分からない理屈をこねながら私の前に現れて面倒ごとを増やしてくれる。
「じゃあ、あなたは野生動物が人家を荒らしてるって時は貴方が説得すると動物は退散するんですか?」
「はあ?何わけわからん事を、出来るわけないだろ」
「ではそう言う事です。貴方が出来ないなら私も出来ません。いい加減くだらない事言ってないでさっさと皆さんと一緒に避難してくださいね」
「んな!!」
苦虫を潰したような顔をして避難を始めてる生徒達の方にブツブツ文句を言いながら踵を返す彼の腰の得物を見て、思いつく。
「ガイラス公子、本当に避難しちゃうんですね?」
歩きかけていた公子に笑顔で近づいて行くと、戸惑うような顔をして目を逸らす。
「あ、当たり前だろ、何で俺があんなのと戦わないといけないんだよ、だいたいお前だって避難しろって言ったじゃないか」
「じゃあこれ、使わない様でしたらちょっとお借りしますね」
そう言いつつさらに体を寄せ胸が腕に当たると顔を赤らめる公子を尻目に、腰にぶら下げていた豪華な装飾の剣を素早く抜き取りピョンっと距離を取り刃先を眺めた。
「あ、てめ!俺の愛刀を!!高いんだぞ」
「へー、見た目の下品さの割に良い剣ですね。では悪いけれど借りて行くわね」
「お、おい、貸すなんて言ってないぞ!折ったら弁償だかんな!!」
後ろでワーワー騒ぐ公子を無視して剣を腰にぶら下げ、そのまま湖の方へと歩き出すと薬科の皆を避難誘導していたサージくんが声を掛けて来た。
「ペル様!殿下とレイ様、そしてロザリー様をよろしくお願いします」
「うん、状況は分からないけど、出来る限りのことをして来るよ」
頭を下げて来るサージくんの横で諦めた様子なメティも無言で頷くと私も頷き返し走り出した。
途中放置されたテーブルの上の肉切りナイフを数本攫って行き、羽の跳躍を使って木の枝に飛び移ると湖に向かって木々伝いに飛び跳ねて行く。その姿を見たサージくんとメティは驚いた様子で私の消えた暗い森の木々を見つめていた。
「何と言うか、改めてあれを目の当たりにすると魔族の人って凄いんですねえ」
「そうねえ、わたくしも凄いとしか感想は出ないわ。それにしても何で肩に猫が乗っていたのかしら?」
ペル達を心配しつつも、二人は荷物をまとめて生徒達が避難している森の入り口に向かうのであった。
◇◇◇
――ガキンッ、ガキン
「な!シールド魔法!?」
殿下の放ったアイスジャベリンはことごとく魔法の盾に弾かれ、大男にダメージらしいダメージを一つも与える事が出来なかった。
「初手は不意を突かれたが、今度はそうは行かないよ。やれ!グライド」
不意を突いたつもりが逆手に取られ、グライドはレイの開けてしまった道を真っ直ぐに走り込んで殿下に渾身の一撃をお見舞いするが如く、腕を大きく振り下ろした。
「避けろジル!!」
「!!」
咄嗟にロングソードの背を盾代わりにし、腕で押えて大男の攻撃を受け流そうとしたが、その威力は想像以上の衝撃で殿下の体を木の葉の様に吹き飛ばす。
「ぐっは!」
ゴロゴロと転がり木の幹にぶつかった所でようやく止まったが、盾代わりのロングソードは真ん中から圧し折れ押えていた左腕は骨折してしまった様で赤黒く腫れ上がっていた。
後ろに隠れていたロザリアは慌てて殿下に駆け寄り、体を支えるも殿下は痛みで苦悶の表情を浮かべながらも彼女の体を押し返す。
「ね、狙われてるのは君だ、俺は大丈夫だから早くここを離れるんだ……」
折れた腕の痛みで脂汗を浮かべる殿下にロザリアはゆっくり首を振る。
「そうは行きません、狙われてるのは殿下も同じです。そのまま動かないで下さい」
そう言い、少し深呼吸をしてから何かを決意したかのような表情で殿下の腕に自分の手を掲げると青白い温かみのある光が周囲を包んでゆく。そしてそれがゆっくり収束していくと、骨折して腫れた腕が徐々に元通りになって行き先ほどの頬傷がゆっくりと消えて行く。隣で様子を見ていたレイも唖然とした顔で見つめていた。
「君は……」
驚いた様に、殿下はロザリアの顔を見つめるが彼女は照れ臭そうに顔を俯かせたその時、辺りに男の笑い声が響き渡る。
「ハハハハ、そう、それだよそれを確認したかったんだよ! グライド、ロザリア嬢を捕らえろ!多少傷がついても構わん、どうせ自分で治せるだろうからな」
「くっそ、冗談じゃないぞ!ジル、ロザリーちゃんを連れて逃げろ!!ここは俺が時間を稼ぐから会長達に知らせろ」
グライドの前に立ち塞がり渾身の力で剣を振り回し、大男の前身を阻んだ。
「無茶するなよレイ!」
「レイさん!」
半分に折れたロングソードを投げ捨て、ロザリアの肩を抱えると踵を返してキャンプ場への道を進もうとするが、見えない壁に阻まれて前に進めなくなってしまったのだ。
「!?」
「逃がさないよ」
何らかの見えない障壁を繰り出し二人の逃亡を阻害して来た黒フードの男の魔法を避ける為、森の中に入り迂回しようとする殿下をロザリアは止めた。
「だめです、周囲の森の中に幻惑魔法が仕掛けられていてここに戻されます」
「ならば、俺があいつを魔法で攻撃した隙に君だけでも…」
殿下がそう言いかけたその時、男がおかしな悲鳴を上げた。
「ギャー!なんだこいつは!痛い、痛い離れろ!!」
――フギャー!! バリバリバリッ!
驚いて二人振り向くと、猫が一匹男の顔に張り付いて顔を引っ搔いているではないか。一通り男を攻撃をした後スルリとこちらに走り抜けてロザリアの胸へと飛び乗って来た。
「え?え?アンテちゃん?って事は……」
驚く間もなく空からペルディータが降って来た。
「倒れろ!」
――ドガッ!!
掛け声と共に両膝がグライドの顔面を捕らえ痛烈な一撃を食らわすと巨体がふらつき、その反動を使って空中バク転でクルリと回りそのまま両足でもう一度蹴飛ばすと今度は立ってる事もままならず、そのままドーンとフードの男の前へと倒れ込んでしまった。その風圧でよろけた男は尻もちをつきながらペルディータを睨んで来た。
「き、貴様、あの時の魔族か!?」
「ああ、やっぱりこの間の入れ墨男ですか、容姿を聞いてそうじゃないかなって思ってたんですよねえ」
蔑むような冷たい金色の瞳で男を見下ろすと、いわれのない威圧感を感じ男の額を冷たい汗が流れ落ち右腕を押えた。
先ほどまでの有利な展開がこの魔族の小娘が加わっただけで、一気に形勢が向こう側に移ってしまった様な錯覚さえ覚えてしまう得体の知れなさを受けていた。
「タイミングはよかったのかな?」
「遅いよ!もっと早く来てくれるのかと思ってたのに…でもありがとう」
ロザリアは少し涙目になりながらふくれっ面でペルディータに抗議して来たが、手を握ると笑顔に変わり感謝を伝えた。
「うん、でも取り合えず、まずは目の前の問題を処理しましょう」
「ああ」「そうだな」
四人が見つめる先にはペルディータが足蹴にして倒したグライドが何事もなかった様に再び起き上がり、こちらへと歩みを進めて来ようとしていた。
「グライド!その身が砕けても命令を全うしろ!!」
黒フードの男がそう叫ぶと、呼応するように大男は咆哮を上げた。
――グオォォォォォォ!!!!
その咆哮は夜の森に大きく響き、寝ていた鳥が一斉に飛び立ち湖の上に黒い影を作っていた。




