気になる事
「あ、ロザリーさん、彼女の様子どうでしたの?」
ロザリアが戻るとメティスが寄って来てペルディータの様子を聞いて来た。
「疲れが出たから少し休むと言ってました」
「そう…心配ねえ」
頬に手を置きながらジロリと目線をレイの方へ向けると彼はその視線を避ける様に背中を向ける。
「それよりレイさん、ペルに変な事してませんよね?」
少し怒った顔をしてこちらに背を向けて食事している彼に聞いてみると、あきらかに動揺した様子で目を泳がせながら口を開く。
「え?いやいや、少なくとも変な事はしていない。うん、女神に誓って」
女性陣の疑わしそうな目から逃げるように横を見て、隣で一緒に食事をしているサージに助けを求める目で合図すると、大きな溜息をつきながらテーブルにお皿を置きレイに向き直る。
「レイ様、また女性に対して失礼な態度を取ったのではないですか?」
「”また”とはなんだ、俺は口元にソースが付いていたから取ってあげただけだぞ」
「なるほど、その際に頬を撫でながら取ったりしたのではないですよね?」
「見てたのかよ!」
「見てはいませんが、なんとなく予想で言ったのですが当たりましたね」
長く専属執事をしていた彼からすれば主人の悪い癖はなんとなくわかるようで、言い当てられたレイは少々憮然とした表情でサージを睨んだ。
「…もしかして、馬車の中でロザリアくんに鼻をいじられた事に怒ったのを改めて考えてみると、魔国の方は他人に顔を触られるのがかなり非礼に当たるんじゃないか?もしそうなら、やはりレイはペルディータくんに対してなるべく早めに謝罪した方がいいだろう」
「いや、ちゃんと謝ろうとは思っているけど…」
しばらく横で皆の会話を聞いていたジルベール殿下が何か合点が行った様にそんな事を言って来るが、レイからすれば”絶対違うだろ”と思いつつ横にいるロザリアを見ると何故か納得した様にウンウンと頷いている。
「たしかに彼女ってお風呂で体洗ってあげたり、寝そべってるお尻を枕にしてもあそこまで怒ったりしないですからねえ…まあ、しつこいと尻尾で頬っぺた叩かれますがね」
照れ臭そうに頭を掻きながら苦笑する。
「ブッ! おいおい、ロザリーちゃんは普段彼女に何しちゃって……え?彼女尻尾あるの??」
さらっとトンデモない事を口にするロザリアに対してレイはツッコミを入れるが、後半の意外な情報に驚いた表情をした。
「え?ありますよ、普段は周りの人が驚くからって魔具で見えない様にしてるけど、お風呂では普通に角とか尻尾出して洗ってますね。まあ、そこでも気を使って浴場終了間近の時間を利用してるんで、合わせて入ってるあたしとかたまたま時間が被った人位しか見た事はないかも知れませんね」
「そうか、本来はこちらが配慮しなければならないのに気を使わせてしまっているなあ…所でロザリアくんはその事を我々に話して大丈夫なのかい?」
「ええ、彼女的にも特に気にしてないですし、徐々に見せて行けば慣れてくれるでしょうって話してました」
「なるほどな、皆がありのままの彼女の姿を受け入れられれば交流は大きな意味を持ちそうだ。そう思うだろ?レイも」
「え? ああ、そ、そうだな」
殿下から掛けられた声に慌てて返事をしたレイは別の事を考えていた。
三人のやり取りを呆れた顔で聞いていたメティスはそのおかしな話の流れに口を挟もうとしたが、サージが彼女を止めた首を左右に振る。
「メティス様。貴方様が思っている通り、多分ペル様はレイ様の不用意な行動に戸惑っているだけだと思うので、勘違いしているとはいえ今後彼女に対して気を使って接しようとするでしょうから今は様子を見ましょう」
「まあ、そうなるとは思いますが……」
サージの提案に多少疑問を持ちつつ納得した様子でメティスも頷くが、三人の鈍感さには二人して溜息を吐いたのだった。
当の本人が不在のまま、おかしな結論が出た所で夕食会は宴もたけなわとなり今回のフィールドワークに参加した貴族の令嬢、子息のお腹も十分満たされた頃合いを見てメイザー会長がお立ち台に上がったのを見て皆が彼女に注目する。
「はい、皆さま夕食は十分楽しめましたでしょうか?時間も時間なのでそろそろ各班は事前にお伝えした通りの手順に従ってお片付けを始めて下さい。わからない事があったらわたくしか、他の三年生に聞くように」
そう宣言すると、各人がそれぞれ集まり不慣れながらお皿を集めたり、残飯の回収などの片づけをはじめたがやはり不満を持つ者や下位の家の者に押し付ける輩などが現れるわけで会長を始めとする上級生が監視や注意を始めた。
会長が見回りをしていると、三年生と一年が言い合いをしているのを見つけ近づいてみると、案の定見覚えのある生徒に面倒臭そうな表情を浮かべる。
「おい、なんで俺がそんな事までやらなきゃならないんだよ、そんなの男爵家のこいつが全部やればいいだろ」
「公子、これは魔剣科授業の一環なのですから指示通り動いてください」
一人の上級生男子がやんわりと公子を注意するも聞く耳持たぬという感じで突っかかっていた。その様子を見て、会長は”やれやれ”と思いながらもその騒ぎの輪に入って行く。
「ガイラス公子、何が問題でも起きましたか?」
「あ? ……ちっ! 別になんでもないよ、ただこいつが無礼な事を言ったんで自分の立場と言う物を教えてやってたんだ」
ガイラス公子はメイザー会長の姿を見た一瞬”まずい”という表情を浮かべた後に適当な言い訳を付けて来た。
「公子、わかっていると思いますがこれは一応授業の一環なのですからちゃんと上級生の指示に従ってください。これは家格を問わずなのでご了承をしてくださいね?」
そう無言の笑顔で圧を向けると、少したじろぎながらも了承したようだった。
「わ、わかったよ…やればいいんだろ」
憮然とした顔は変わらないが、渋々かたずけに参加し始めて少しほっとする。同じ公爵の家柄だが、長きに渡り現国王を支えて来た古参のメイザー家と先の戦争のお陰で繰り上げ昇格した新参のリマージ家とは実績と言う点で大きな差があり、いくら王家の親族の血筋を持っているガイラスもその事を重々承知で頭が上がらない。
「はい、ではよろしく」
軽く手を振り、口をへの字に曲げながら渋々片づけを始めたガイラス公子を横目で見ながら移動して各班の様子を一つ一つ見て的確に指示をして回っていると、ジルベール殿下の班が目に入って来た。
「あら?殿下の所は手際が良いですね」
「まあ、こちらはサージがいますから的確な指示で助かっていますよ」
「さすが執事をやってるだけあるわね。それよりペルちゃんとロザリアさんは?」
周りにはメティスや連れの二人の女子生徒がテーブルクロスを片付けているのは目に入ったが、彼女達はいないようだった。
「ああ、ペルくんは体調が悪い様でテントで休んでますよ。それとロザリーくんは今は湖の方で洗浄用の水を汲みに行ってますね。力仕事なんで自分かレイがやろうとしたけど、声を掛ける間もなく桶を持って行ってしまったんで任せてます」
「あら~それはちょっと心配ですね」
「彼女の他にも数人で水汲みに行っているんで大事はないと思うが、もう日が沈み始めているんでこちらの片づけが終わったらレイと迎えに行こうと思ってます」
「そうですね、その方がいいかも知れないわ。キャンプ施設は魔石灯や焚火があるから明るいけど、一歩出ると森は一気に暗くなってしまうから道中は少し危険かもしれないし」
会長の話しに同意するように殿下は頷き、レイの方を見るとすでにランタンや剣を二本掲げてこちらにやって来ていた。
「んじゃ、ロザリーちゃんを迎えに……」
――キャ―――――!!!
殿下に剣を一本渡しながらレイが言いかけた瞬間、キャンプの奥で女生徒の悲鳴が上がった。