戸惑い
正直な話、今回このフィールドワークに参加した薬学科の生徒達はこれと言った成果は上げられない感じに終わりそうだった。どうもこの国の冒険者とやらは後先考えないで薬草を根っこごとまとめて取って行ってしまう為、めぼしい薬草はほとんど見つからない。
回復ポーションで使われるアマイズの球根は成長すると十粒ほどの球根をつけるのだが、基本的に採集する場合は最低限一粒は土に残しておけば次の年には同じように増えるのだ。しかし、この辺りは乱獲されたようで、育ちの悪い若芽を僅かに見かける程度でこれもどこまで成長出来るか疑問でもあった。
渋い顔をしてメモを取っていると、私の顔が気になったのかメイザー会長が寄って来る。
「ペルちゃん眉間にシワ寄せてるけど、どんな感じかしら?」
「う~ん、ここまで薬草が適当に乱獲されていると将来的にポーションなどの薬品価格の上昇を招くんじゃないでしょうか。他国の者がとやかく言う問題ではないとは思うのですが、個人的にはもう少しギルドとやらが冒険者にレクチャーするべき案件だと思います」
「なるほどなるほど、それは耳の痛い話ね。大規模農園を持ってるメティス嬢の所はどう思う?」
近くに居たメティは突然話を振られて少し面を食らっていたが、すぐに取り繕い少し間を置いて答えた。
「そうですね、家の事業なので詳細はわかりませんが、最近では付き合いの無かった薬師協会の方々から取引を持ち掛けられる事が増えたとお父様から聞き及んでますね」
「日照りなどの天候不順での不作というわけでもなさそうな感じだから改善の余地はありそうね。薬草取りは初心者の冒険者や貧しい家の収入源になってるから国からもギルドに注意喚起して貰っておいた方が良いのかも知れないわね」
三人で薬草の扱いや生産の話をしていると、いつの間にか薬学科の全員が集まって来てあれやこれやと時間が経つのも忘れて意見交換が盛り上がっていた。しばらくしてキャンプの方から生徒会の役員が一人走って来て叫んで来る。
「会長並びに薬学科のみなさん~!! そろそろ戻って下さい~!!」
「あらあら?もうそんな時間なのね、 さて、みなさん!戻りますかね」
会長の声が響くと薬学科の面々は身支度をして集まり、会長を先頭に皆の居るキャンプ場へと移動を始めた。
レグナント先生の講義も面白いけど、環境が変わって実際森を散策してる方が皆の柔軟的な意見が聞けて結構有意義だったなと思いつつ列の一番後ろを歩きながら森を見渡すと、ふと何か妙な感覚に襲われる。
「ペルさんどうしたの?早く戻らないと……」
前を歩いていたメティス嬢が足を止めて遠くを見ている私に気が付き声を掛けて来た。
「ああ、ごめんなさい、今行きます」
慌てて足を速めて彼女達に付いて行くが、やはり気になる。一定の距離を取った感じでこちらをずっと監視されている気配が戻る準備をしている時からだったが湖から離れて行くと徐々にその気配は薄くなってきていた。
(攻撃的な雰囲気ではないようだし、何かの縄張りに近づいてしまったのかもしれない)
◇◇◇
ロザリー達の所へ戻ると既に立派なテントがあちこちに立ち並んでいて、感心しながら眺めているとロザリーが声を掛けて来た。
「ペル、おかえり~ どう?良い出来でしょ?」
得意げな彼女の顔を横目にテントの方に視線を移すと、仕上げだけとはいえ上手に仕上がっている。
「ええ、思っていた以上にいい感じに仕上がってるわね。最初の作りかけがこんな立派になるなんて意外だわ」
「ふふふ、結構がんばりましたよって、なにニヤニヤしてるのよ!」
「え?ああ、殿下と結構いい感じになれたのかなと思ってね」
「!? そんなのどうでもいいじゃない、それよりホラ!中も見てみて」
余程照れ臭かったのか、やや強引に背中を押されて中を見ると、四人は横になれそうな広さに二組の寝床が用意されていたのを見て感心する。
「思っていたのより広いんだねえ、てっきり地べたに寝袋敷いて寝るのかと思ってた」
「そんなわけないでしょ、兵士の陣屋じゃないんだから地べたに寝るなんてなったらあちこちの貴族からクレームが来ちゃうし、それ以前に参加者ゼロになっちゃうよ」
「まあ、それもそうだね」
自分のベッドに座り、横でごろ寝しているロザリーを見ながら思う。剣魔科を専攻しているとはいえ、彼らは貴族の子女子息なのだから最低限の環境の要求をしてくると考えれば合点も行くが、ここまで至れり尽くせりとなればフィールドワークとは何処に行ったのやらと苦笑してしまう。
そんな私の感情を他所に、隣のベッドでゴロゴロしながら寝心地を確かめてる彼女のお腹の虫がぐぅ~っと鳴り響き、彼女は神妙な顔つきで私を見ると一言口にする。
「お腹がすいた…」と
丁度、日が暮れ始める頃には四方に篝火が燈され、テーブルの上にはいくつもの魔石ランプが置かれていくとこのキャンプ場だけは森の中に出来た小さなパーティ会場の様に明るくなっていた。
その場所には学園が用意したシェフ達による料理が大々的に振舞われ各人お喋りをしながら、立食を楽しみ始めている。
よほどお腹が空いていたのかロザリーは色々な料理を自分のお皿に載せてはパクパクと口に運んでいる。しかしその様子を不愉快そうに見ていた一部のお嬢様方はここぞとばかりに陰口を叩く。どうやら終始殿下と一緒に共同作業をしていた彼女の事が羨ましかったのだろう。
「いやだわ、余程ひもじかったのね」
「なんて卑しい令嬢なんでしょう、あれでジルベール様の婚約者候補だなんて」
しかし最近の彼女はそのような声に慣れて来たのか気にする事もなく食事を続け、さらにそんな声を尻目に殿下は彼女らの横を通り過ぎロザリーに近づくと、あれやこれやと料理を進められて照れ臭そうに一緒に食事をする姿を見せつけられた令嬢たちは悔しそうにロザリーを睨みつけていた。
私の出番はなさそうねと思いつつ、その様子を眺めながらサラダを口に運んでいると、レイがお皿に一杯のロースト肉を乗せたお皿を持って話しかけて来た。
「あれ?ペルちゃん遠慮してる?それとも草食系? もっとお肉食べなきゃ体力持たないよ」
そう言いつつ人のお皿に取り分けてくれそうになったのを手で止める。
「ありがとう、でも私はあまりお肉は沢山取らないので……気持ちだけ頂くわ」
「え?マジで?? 魔族の人はお肉が主食だと思ってたよ」
「まあ、朝から晩までお肉三昧の人(兄)や調理するより血が混じった生肉が良いって魔族もいるのは確かだけど、私は元々必要以上に食べないのよ」
「へえ、それでその体型維持ってすごいな、あ!イヤラシイ意味じゃないぞ」
「わかってるけど、口に出されると疑いたくなるわね」
ジト目で見ていると不意に頬に手を当てて来た。訳も分からず思わず体を引こうとすると、親指で口元を拭いその指をぺろりと舐めてニカっと笑う彼の姿を見て一瞬呆けてしまったが、すぐに顔の温度が上昇して来たのがわかった。
「な、何してるんです……」
「あれ?口元にサラダのソースが付いてたから取ったんだけど、だめだった?」
冷静になろうと努力した結果、低い声が出てしまいレイを見ると少し驚いた顔をしている。そんな彼にさらに文句を言ってやろうと口を開こうとするが自分でも驚くほど言葉が出て来なかった。
「あ……いえ大丈夫です」
「悪い、不用意だった。気分を害したなら謝るよ」
様子のおかしい私の姿を見て慌てたレイはそう言って来たが、彼に食べかけのお皿を押し付け”ちょっと小用です”と言い残し自分達のテントの中へと小走りで戻り、ベッドに潜り込むと毛布をかぶった。
予想以上に動揺している自分に驚いたがそんな主人を心配してか、キュローが髪の奥から出て来て心配そうに私を見つめて来ると、優しい使い魔の頭を指で撫でてあげながら小さな溜息を吐いた。
しばらくすると、テントに近づく足音が聞こえ中へとロザリーがやって来て毛布をかぶってジッとしている私の元へとやって来た。
「ちょっと、大丈夫? テントの中に入って行くのが見えたから付いて来たんだけど、こんな暗い所で猫みたいに瞳だけ光らせるのは怖いわよ。……まさかレイに何かHな事されたの?」
「違う違う、そんな事はないよ」
「でも急に戻って毛布被ってるなんて普通じゃないわよ?」
「…大丈夫、少し疲れただけだからしばらく休ませて」
「――わかった、でも何かあればちゃんと言ってね」
「うん、ありがとう」
私の返事を聞くと、まだ心配そうな顔をしたロザリーは外へ出て行く。再び暗くなったテント内で外の喧騒を聞きながら目を閉じた。
(まったく、なにしてるんだろ私は…)




